永久の誓い〜U〜















病気を発症してから1年が過ぎた



繰り返される化学治療。抗ガン剤の投与。骨腫瘤に対しては放射線治療が行われた

最初の頃は自己造血幹細胞移植も試みたのだが、症状が進むうちに肝・腎機能が落ち込んだ為に中止になった

少しずつ確実に症状は進み、ステージはV、所謂末期と言われる状態になった



兄は僕の病気を知るとすぐ、僕を治療するスタッフの一員に入った

もともと人体の研究の為に医師免許は取っていたので、それは簡単に許された

それ以来、専門からは少し外れた僕の病気の事を必死に治療してくれていた

研究所の仕事を疎かにする訳にもいかないので、研究を続けながら病院にも毎日来ていた



僕の病気が悪化するにつれて、兄が思い詰めたような表情をする事が多くなった

何を考えているのかは容易く解る



兄は、もう一度、僕の体を錬成しようと考えているのだ



だが、一度持っていかれた体を取り戻した前回とは今の状況は違う。それに賢者の石はもう無いのだ

こんな状態で“まったく新しい体”を錬成すればどんな事になるか

それはイコール兄の死を意味していた



いや、例え賢者の石があったとしても。兄が死なないとしても

また禁忌を犯させる訳にはいかない



1年前、この選択肢を用意した時。あの時はまだ全てを諦めた訳ではなかった

万が一の可能性でも、病気が良くなる事だって有り得ない訳じゃない

そうなれば良いなと思っていた。自分の為にではなく、兄の為に。だからこそどんな治療にも耐えられた



でももうそろそろタイムリミットが近づいてきている

時期を外すと、僕がそれを決行する為の力すら無くなってしまうだろう



僕は覚悟を決めるように、ゆっくりと瞼を閉じた



目を閉じると浮かんでくるのは、いつだって兄の姿



子供の頃の姿、旅をしていた時の姿、体を取り戻した時の兄さんの涙

愛していると初めて言われた時の真剣な眼差し


その表情ひとつひとつの全てが愛しかった





あの時、手を取らなければ良かったのかも知れない

愛していると言われて歓喜に震える心を押さえつけて、本心とは逆の言葉で拒絶していれば

この最後の選択肢を選ばずにすんだのかも知れないけど



それを悔やむ事は1年前、この選択肢を用意した時に止めた

だって何度あの場面に戻っても、僕は兄を受け入れてしまうんだ、きっと




僕が選ぶ道は決まった。後は兄の番だった












その日は朝から気持ちいいくらいに澄み切った青空が広がっていた

ぼんやりと窓の外を眺めていると、当たり前の様にノック無しで入ってくる兄の気配

僕はゆっくりと振り向き、兄の姿を認めると微笑んでみせる

兄はそんな僕に近づくと、軽く額にキスをしてくれた



「今日は調子が良いみたいだな」

「うん、今日は痛みが無いからだいぶ楽だよ」

僕の返事に兄はそうか、とだけ答えた。そして優しく髪を梳いてくれる

僕はその手の感触に感覚を委ねた



心地よい兄の手の感触。他の誰とも違う温もり。どうしてこんなにも安らげるのだろう

それが貴方だというだけで、触れるだけで触れられるだけで、どうして


でもその優しい感触とは裏腹に、僕を見詰める兄の瞳は少しずつ曇ってゆく



「兄さん、何を考えてるの?」

声をかけると、兄は少し驚いたような顔をした



「んー?今日もアルは可愛いなーって思ってたとこ」

その答えに僕は少し可笑しくなって笑った。嘘、嘘つき。僕の為に嘘もはぐらかす事も上手くなった兄さん



そっと触れるだけのキス。額を合わせた姿勢で目を閉じる。触れる箇所から伝わる仄かな温もりが優しい

僕はそっと兄の頬に手を添えた。大好きだよ、兄さん





「…兄さんが何を考えているのか、知ってるよ」

そう言うと、兄が目を開けたのが気配で分かった。互いのおでこをつけた姿勢は相変わらず



「でも駄目だから。それだけは僕許さないよ」

ギリッと歯ぎしりする音が聞こえた。それは怒りだったのだろうか



「お前が言うのか」

体を離されて目を開けた。目の前の兄は紛れもなく怒っている。絞り出すような声



「お前がそれを言うのか。俺を置いていくお前が!」

それは久し振りに聞いた兄の怒鳴り声だった



「解ってるさ、お前がそれを望まない事くらいは!それを今度やったらどんな結果になるかも!!

 俺のエゴだって解ってるけど、それでも・・・!」

そこまで一気に言った後、何度も荒い息を吐き、兄は辛そうに僕から目を逸らして俯いた



「お前のいない世界なんて、俺には耐えられない…!」



それは悲痛な叫びだった。泣き出さないのが不思議なくらいに

兄さんの気持ち、解るよ。だって僕も一緒だから





「大丈夫だよ」

愛しさを込めて兄にそう言うと、少しだけ表情が動いた



「兄さんを置いていったりしないから」

俯いていた顔が、少しずつ僕を見る



「僕達はずっと一緒だよって誓ったよね」

それは遠い幼い頃、そして旅をしていた時、繰り返された約束



「だから」

僕は微笑みながら貴方を誘う










「一緒に逝こう?」














その言葉を聞いた兄の目から、涙が溢れた













ゆっくりと伸ばされた兄の手。それはまるで縋るように

流す涙をそのままに、僕の額に、こめかみに、頬に、そして唇に、掠めるような口付けが落ちる



兄が動く度にパタパタと僕の顔に涙が落ちてくる。温かい兄の涙が

最後に少しだけ深めの口付けをして、兄は離れていった



「…一緒に逝っても良いのか?」

それは問いかけというより確認だった。先程とは逆の穏やかな表情


「それを、俺に許してくれるのか」

僕は精一杯腕を伸ばして、兄に抱きついた。点滴に繋がれた細くなった腕で


「うん」

僕は兄の耳元で、囁くようにもう一度言った





「僕達はずっと一緒だよ」















その日、二人の兄弟の姿がセントラルから消えた























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