偽りの幸せを幸福と呼べるなら[
















兄弟がまた新たに旅立つ日。見送りに来たのは軍部の馴染みのメンバーとエレーナだった。

適当な挨拶だけでさっさとその場を立ち去りそうな兄のコートの裾を掴みながら、アルフォンスはロイに向き合う。



「それじゃあロイさん、3年間本当にお世話になりました。」

「お世話という程の世話はしてないがね。何しろ君は兄の方と違って手がかからなかった。」

「何言ってやがる、いつ俺が准将に手をかけさせた!」

「おや、今まで各地で起こした騒動、音便に収めてきたのは誰だと思っているんだ?」

「兄さん、そんなに騒動起こしてたの…?」

眉を顰める兄を見て、アルフォンスは小さく溜息をついた。何となく想像がついたのだろう。

そんなアルフォンスをロイが呼んだ。



「君の姓はエルリックに戻したが、君が私の息子である事は変わらない。時々は無事な顔を見せに来なさい。」

ロイの言葉にアルフォンスは一瞬大きな目をパチクリさせて、にっこり笑うとロイに抱き付いた。



「はい、ロイさんも元気で。あんまりリザさんに迷惑かけちゃ駄目ですよ。」

「…それはまあ、善処しよう。」

アルフォンスの頭を撫でながら苦笑する。その横で苦虫をかみつぶしたような顔をした青年に目を向けた。

まったく、別れの包容さえ気にくわないのか。怒鳴って殴りかかってこないだけ、少しは昔より大人になったようだが。



「そうそう鋼の。君もついでに顔を見せに来ると良い。ホットミルクを用意して待っているよ。」

「てめえなあ!アルがいるから俺が何もしないって思ってるなら大間違いだぞ!!」

「兄さん落ち着いて!ロイさんも兄さんをからかうのは止めて下さい!」


今にもロイに殴りかかりそうな兄を慌てて押さえるアルフォンス。それを見ていたハボックが、呆れたように呟いた。


「何か、記憶なんてなくても変わらないっすね。あの二人。」

それを聞いたリザが小さく微笑む。

「そうね。3年離れてても、それ以前の記憶をアルフォンス君が無くしていても変わらない。

 あの二人の絆には驚かされっぱなしだわ。」

そんな強い絆だからこそ、それを知る私達はお互い口には出さなくても、二人がまた一緒にいられる事を願っていたのだから。








列車の時間も迫ってきた二人は、一人一人に挨拶して旅立っていった。


何度も振り返りながら手を振るアルフォンス。後ろ手にヒラヒラと手を振るエドワード。

対照的な後ろ姿が完全に見えなくなった後も、暫くみんなその場を動けずにいる。


そんな中一番最初に動き出した女性をロイは呼び止めた。



「エレーナ、君はこれで良かったのか?」

アルフォンスの親友として何度か会った事のある女性。単に頭が良いというのとは違う知性を感じさせる眼差し。

その瞳がアルフォンスを見る時、他とは少し違っていたのをロイは気付いていた。



「…良いんです。私にはアルを支えるだけの力はない。それは最初の頃からわかっていました。

 だから親友にしてもらえただけで充分だったんです。これ以上を望んだら罰が当たるわ。

 それに…、恋人は別れてしまったらそれで終わりだけど、親友なら離れても親友でしょ?こっちの方が断然素敵だと思いません?」

そう言う彼女の顔は少し寂しげではあったがとても綺麗だったから、それが無理をして言っている台詞ではない事はわかった。

きっとエレーナはずっと前から覚悟していたんだろう。強い女性だな、と思う。



「確かにね。君みたいな女性を親友に持てるなんて、アルフォンスが羨ましいよ。」

ロイの言葉にエレーナが嬉しそうに笑った。





ようやく帰る気になった面々がそれぞれの帰路につく。それは家だったり軍司令部だったり様々だが。

リザは車の後部座席に座って、目を伏せているロイの姿をバックミラー越しに見た。





「准将。」

「ん、何だね。」

ほんの少しの間を置いて、リザがぽつりと言った。


「寂しいですか。」


それは他人が聞いたら素っ気なく聞こえたかもしれない。だけどロイにはそうではない事が充分すぎる程に分かっていた。



「そうだな、正直に言うと寂しいよ。これから帰る家にもうあの子はいない。」


帰宅するといつも出迎えてくれた明るい笑顔。この手からは飛び立ってしまった。



「一人で家にいたら泣いてしまうかもしれない。だから君、傷心の上司と夕食でもどうかな?」

傷心してるとはとても見えないロイの言葉に、リザは一瞬動きを止めてふっと微笑んだ。


「奇遇ですね。私も一人っきりの官舎には戻る気がしなかった所です。」

「…決まりだな。さて何を食べようか。」

店はどこにしようかと、ロイは頭の中で店をピックアップしていった。












「兄さん、取りあえずリゼンブールに行くんだよね。ボク、みんなの事分からないけど大丈夫かなぁ。」

「大丈夫だって、ばっちゃんやウィンリィも電話で話した時会いたいって言ってたろ?

 あいつら体を取り戻したアルに会いたいってずっと言ってたんだ。お前の元気な姿見たら大喜びだよ。」

記憶はなくても、こうして笑っているアルフォンスを見るだけで。きっと充分なはずだから。



「その後は俺たちが前旅してた所を一から回るぞ。研究も続けながらだから順序よくとはいかねえけどな。

 急ぐ旅でもないし、ゆっくり行こう。」

「うん、ボクも早く錬金術覚えるから。兄さんの手足はボクが取り戻してみせるからね!」

「楽しみにしてるぞ、弟よ!」



笑いながら二人は旅に出る。空白の時間すらなかったかのように、楽しそうに笑っている。

彼らの旅は長い道のりなのかもしれないけど。それでも。



二人一緒なら、何も恐くはないから。







駅舎に向かって二人の影が消えていく。それを遮るものは何もなかった。
























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