何かが違う。それは分かる。今まで会った誰とも違うんだ貴方は。

でも何が違うのかが分からない。その事がとてももどかしい。



ただひとつだけ今のボクに分かるのは。

会うたびに貴方がボクの中で大きな存在になっていく、ただそれだけだった。












偽りの幸せを幸福と呼べるならY


















大学の後待ち合わせて、お茶を飲んだりご飯を食べたりしながらお互いの事を話す。

もう今日で何日、何回目だろう。こうして会うのは。それはボクの大切な時間だった。



エドは研究の為旅を続けていると言っていた。

このセントラルに来たのは査定と仕事の為だとも言っていた。

その目的はもうとっくに済んでいる。なのにいつまでもセントラルに留まるのは何故なんだ。

用事が出来たなんて言ってるけど、彼はいつもボクの都合に合わせて待ち合わせの時間を決めてくれる。

多少は融通が利くかもしれないが、仕事関係で留まっているならこんなに時間が自由になるものだろうか。



大体数日前に会ったばかりのボクに、こんなに頻繁に会ってくれる理由が分からない。

確かに会ったばかりとは思えない程、一緒にいて楽しいし無理をしなくて良いから心底くつろげるけど。

それはあくまでボクの感じてる事であって、エドがどう思っているのかも分からないんだ。



そしてエドは時々、ボクを辛そうな目で見る。

それは今まで何度か向けられてきた同情の眼差しとは明らかに違った。



きっと知っている。この人はボクの過去を、ボクを知っている。

なのに何故その事を言わないのだろう。思い出して欲しいとは考えないの?

貴方にとって過去のボクの存在は、その程度のものだったの。



聞かなくてはいけない。でも聞くのが恐い。

聞いてしまったら、それがエドと会える最後の日になるかもしれない。それを考えるととても恐い。

会えなくなるのを恐がる程に、すでにエドはボクの中で特別な人になっていた。


















休日の日曜日、ボクはエドを郊外にある自然公園へ誘った。

ランチボックスにサンドイッチやフルーツを詰めて、ミネラルウォーターと葡萄酒も少々。

花盛りの時期ではないので、いつもなら見かける親子連れやカップルの姿も少ない。

だけど樫の木や椎の木に囲まれた草原は、いるだけで清々しい気分になれた。



「何だか故郷を思い出すな。」

「エドの故郷ってどこなの?」

「…東部のすんげー田舎町だよ。見事に何もない、だけど長閑で自然豊かで綺麗な所だ。」

「帰る事はあるの?」

「時々だけどな。俺の機械鎧は幼なじみが作ったんだ。点検も兼ねて帰ったりしてる。」

「故郷で暮らそうとは思わないの。その為に帰る事はないの?」

そう聞くと、エドワードは少し驚いたようにボクを見て、次の瞬間少し辛そうに笑った。



「帰らない。今は帰れない、ってのがほんとの所かな。故郷を出るときに誓った事、まだ果たしてないんだ。」

アルフォンスの体は取り戻せた。だけどアルとの約束「その時は兄さんの体もね」という誓いは果たしてない。

何よりアルフォンスの体は取り戻せても、その記憶はないまま、アルは苦しみ幸せになれないままだ。

それでは例え自分の手足が元に戻っても意味はない。



アルフォンスの体を取り戻す。それはアルフォンスに幸せになって欲しかったからだ。

その願いが果たされない限り、俺がリゼンブールに戻る日は来ない。





どこか遠い目をして草原を眺めているエドワードを、アルフォンスは横から見詰めていた。

エドワードの誓いとは何だろう。それにボクは関わっていたのだろうか。

今日こそはちゃんと聞くんだ。確かめるんだ。ボクはひとつだけ大きく深呼吸をする。

一瞬だけ目を閉じて、覚悟を決めた。



「ずっと聞きたかったんだけど、どうしてエドはボクの為に時間を空けてくれるの。」

唐突に聞かれて、エドワードの思考が止まった。



「元々査定とレポートの為にセントラルに来てたんだよね。それが終わってもここに留まるのはどうして?

 会ったばかりのボクに、こんなに会ってくれるのはどうしてなの。」

ゆっくりとアルフォンスを見ると、そこには真っ直ぐな眼差しで自分を見ている弟がいた。

誤魔化しなんて聞きそうにない、どんな事すら聞き逃さないと真剣に見詰められて、エドワードは体が震えそうになる。



「教えて。ボクの失った記憶の中に、貴方はいたの…?」



そう言ったアルフォンスの顔は、少しだけ泣きそうに見えた。



やっぱり不安なんだ、こいつは。だからこそ少しでも可能性があるならと必死になっている。

話す事でアルの不安が取り除けるなら話してやりたい。でもそれがアルの幸せになるのだろうか。

真実を知る事でアルフォンスがこれ以上苦しむ事になりはしないか、それだけが心配だった。

その時、先日のロイとの会話を思い出す。



『彼が真実を望むようなら、君の口から伝えてやるべきだと思うぞ』



ロイはああ言ったが、本当に伝えて良いのか。だけどアルフォンスはそれを望んでいる。

それに真実を隠すためとはいえ、アルフォンスにこれ以上嘘は言いたくない。

躊躇いはあったが、アルフォンスの言葉を否定する気にはなれなかった。



「…いたよ。アルが記憶をなくす前、俺はずっとお前の傍にいた。」

俺の言葉に、アルは大きく目を見開いた。でもすぐにまた泣きそうな顔になる。



「だったらどうして言ってくれなかったんだよ。ボクはエドにとって、記憶がなくてもいい程度の存在だったの。」

「違う、記憶がなくてもアルはアルだ。俺の事を覚えてなくても、お前が生きていればそれで良い。そう思ってた。」

「生きていれば、ってどういう事?」

ここまできて話さないわけにはいかない、それは分かっているけどー。



「アルフォンス。お前、無くした記憶が忘れてた方が良かったと思うような、そんな記憶だったらどうする?」

往生際が悪いとは自分でも分かっていた。それでも聞かずにはいられなかった。

「思い出さない方が良かったと後悔するような。それでも記憶を取り戻したいと思うか…?」

エドワードの言葉を、アルフォンスは呆然と聞いていた。



「そんな風に言うなんて、いったい何があったんだよ…。」

思い掛けない言葉だったんだろう。アルフォンスは少し青ざめて俯いていた。

暫く考え込んだ後、アルフォンスは顔を上げてエドワードを真っ直ぐ見据えた。



「例えどんなに苦しくて辛い過去でも、ボクは知っていなくちゃいけないんだ。」

だから教えて欲しい。はっきりと言われて、エドワードは覚悟を決めた。もう後戻りは出来ない。



「最初に教えて欲しい。エドはボクのなんなの。」

「…俺は。お前の兄貴だよ。お前の本当の名前はアルフォンス・エルリック。俺のたった一人の弟だ。」

「兄って…。ボクがエドの弟…?」

アルフォンス・エルリック。それがボクの本当の名前。エドがボクの…。



「ボクはエドを何て呼んでいたの?」

「…お前は、いつも俺を「兄さん」って呼んでたよ。」

「兄さん…。」

小さく呼んだ時、エドワードがくしゃりと笑った。それは嬉しそうにも悲しそうにも見える、少し寂しげな笑みだった。

その表情に鼓動が早くなるのを感じる。息苦しいくらいに胸が締め付けられている。


『兄さん』、その言葉は初めてエドワードに向けて言った言葉だというのに、まったく違和感がなくて。

ああ、そうなのかと酷くすんなりと納得出来た。

間違いないんだ。エドはボクの兄さん。ボクはエドの弟。



でもそれなら、あんなにも特別だと思えたのもエドが兄さんだったからなの?

あれは家族だから、たった一人の兄弟だから抱いた感情だったのか。



そう考えるのが一番自然なはずだ。会って間もない人にこんなにも惹かれたのもそれなら納得出来る。

なのに何かが違うと思ってしまうのはどうしてだろう。





「これからする話は、お前にとって辛い話になるかもしれない。」

「…それでも、全て教えて。どんな過去でもそれも全部、ボクが生きてきた大切な証だから。」





エドは、兄は記憶を無くす前のボクの傍にずっといたと言った。

それなら無くした記憶は、兄との大事な思い出だったはずだ。


例えその中に辛い事実が入っていたとしてもボクは知りたいし、出来れば取り戻したい。



だってきっと過去のボクにとっても、兄さんの存在は大切だったはずなんだ。

それなのに、それを知らないままで良いはずはない。そんな気がしていた。




















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