偽りの幸せを幸福と呼べるならX
















「アルフォンスに会ったよ。」

査定終了の書類を受け取りながら、エドワードがポツリと呟く。

「そうか。」

驚くかと思ったのに、ロイ准将は素っ気なく言った。



「言う事はそれだけか。」

拍子抜けしながら言うと、ロイはちらりとこちらを見てすぐ机の書類に目を戻した。

「先日、本屋で自分と同じ金色の目の青年に会ったという事はアルフォンスから聞いていたからね。

 きっと君だろうとは思っていた。」

「それとは別に、きのうも会っちまったんだよ。偶然だけどな。」

「成る程。ならきのう老人が絡まれていたのを助けたというのも君か?よく似た風貌の二人組だったと聞いたが。」

何も憲兵から逃げ出す事も無かっただろう。そう言うとエドワードが渋い顔をする。



「騒ぎを起こしたの何だの言われるのが面倒だったんだよ。悪い事はしてないし構わねーだろ。」

「まあいいがね。悪い事じゃないのだから尚更逃げなくても良いだろうに。」

「うるせー。それよりもアルフォンスだ。あいつの事で話がある。」



まったく、弟の事になると顔つきが違う。そういう所は相変わらずだな。

途端に真面目な顔になるエドワードを見て、ロイは内心苦笑した。



「アルは記憶を取り戻せない事で苦しんでるみたいだ。」

「…それはまあ当然だろうな。記憶が無いという事は不安なものだろうし。

 普段私達にはそんな素振りは見せないが、時々考え込んでいるようだよ。その事は君にも伝えていたと思うが?」

「聞いていたけど、多分俺はその姿を見ていないから実感出来てなかったんだな。

 だけどきのう会って話して分かった。平気そうにしてたけど、あれは必死に不安を押し殺して無理してる顔だ。」

そこまで言って、エドワードは横にあったソファにドサリと座り込んだ。

アルフォンスが周りに心配かけまいと平然とする裏の、真実の表情すら分かるただ一人の人間。

君には、君だけは分かるんだな。きっとアルフォンスは平然としていたはずなのに。



爪が食い込むんじゃないかと気になる程に握り締めた両手。俯いたエドワードの横顔は苦悶の表情だった。





「…なあ、俺は間違ってたのか。過去を忘れたままの方があいつは幸せになれると思った。

 だけど今のあいつは苦しんでる。もしかしたら旅をしていた頃よりもずっと。」

エドワードの言葉にロイは驚いていた。この青年がここまで弱音を吐いた所は初めて見た。

それ程アルフォンスの状態がショックだったのか。

多少の不便はあれ、幸せに暮らしてると思っていた、いや思いこもうとしていたのだろうから。



「そんなに自分だけを責めるな。君だって充分に苦しんだ。」

たった一人の家族、あれ程大切にしていた弟にその存在を忘れられてしまったエドワード。

これまでの二人を見てきた者なら、心を痛めずにいられなかった3年前の出来事。

傍を離れるという選択が、彼にとってどれほど辛いものだったのか。その衝撃と悲しみは私達には想像すら出来ない。



「あれ程悩んで決めた事だ。例え間違いだったにせよ、あの時はあれ以上どうしようもなかっただろう。」

私の言葉にエドワードがのろのろと頭を上げる。その顔が泣きそうに歪んでいた。

それでも決して彼は私達の前で泣いたりはしないのだろうけど。



「暫くアルフォンスの傍にいてやれ。彼が真実を望むようなら、君の口から教えてやるべきだと思うぞ。」

「だけど、この3年間あいつを守ってくれたのはあんただ。」

それで良いのか?と聞きたげな青年の顔に、こんな時だというのに笑みがもれる。



「今大事なのは私達の感情ではない。アルフォンスにとってどうする事が一番良いのか、それだけだ。」

そしてアルフォンスにとって一番良い道を考えるなら、適任なのはエドワードを置いて他にはいない。

3年間傍にいたのが私だろうと、例え彼の中でエドワードに関する記憶がなかろうと。

君達が過ごした時間に敵うものなどいやしないのだから。



私にとっては、君達が3年も離れて暮らしたという事実以上に驚くべき事なんてないんだよ。

どんな形でもいい。君達は一緒にいるべき二人だと、片方の記憶がない今でもそう思っている。

だからこそまた二人が一緒にいる姿を見られるなら、どんな協力だってするさ。 



それは私だけではなく、君達を知る人間ならみんな同じ思いのはずなのだから。














「エド!!」

大通りの人並みの中に、待ち合わせた人物を見つけてアルフォンスは大きく手を振った。

気付いたエドワードが小さく笑って手を振り返してくれる。じっとしていられなくて駆け寄った。



「悪い、待たせちまったか?」

「ううん、ボクの方が早く来すぎてたんだよ。エドは今日の用事は済んだの?」

「ああ。…今日はな、マスタング准将に会ってきた。」

「え、ロイさんに?エドはロイさんを知ってるの?」

「知ってるよ、同じ国家錬金術師だし、それに俺の上司でもあるんだ。養子の事は聞いてたけど、アルの事だったんだな。

 アルの名前聞いてもしかしてって思ってさ、今日聞いてみて分かったよ。」

「なんだ、びっくりした。でもそうだよね、国家錬金術師って少ないし、知り合いでもおかしくないか。

 でも上司って、今までロイさんからエドの話って聞いた事ないよ。」

「部下って言っても、俺は軍属でちゃんと入隊した他の部下連中達とは違うから。会う事だって滅多にないし。」

「旅ばかりだって言ってたもんね。普段の連絡とかはどうしてるの?」

「大体は電話と手紙だな。後は他の司令部宛の伝言だったりもするけど。」

こんな他愛もない会話でも、アルフォンスは楽しそうだった。

その姿に安堵しながら、この先どうするべきか考える。



今日のアルフォンスは錬金術について聞きたがった。俺の研究手帳を見せると、アルフォンスは不思議そうな顔をした。



「これが研究手帳?どう見たって旅日記って感じだけど。」

「錬金術の研究書ってのは、大体他人が見ても分からないように工夫されてるもんなんだよ。

 錬金術は便利だけど悪用されたら厄介な術だ。だから簡単には分からないように暗号化してる。

 俺のは旅行記風だけど、人によっては料理レシピだったり詩だったりするし、スケジュール表みたいなのもあったな。」

「へえ…、それじゃボクが見たって分かるはずないね。」

感心したように手帳を見詰めるアルフォンスに、エドワードは複雑な気分になった。



お前は以前それを見た事があるんだ。

『兄さんの研究手帳は解読し難いよね。ボクが見てもサッパリだよ。』

そう言って笑っていたアルフォンス。その時泊まった部屋も、お前が買ってきてくれた昼食のパンだって覚えてる。

なのに目の前のアルフォンスは覚えていない。一緒に過ごした15年間を覚えていないアルフォンス。

錬金術だってずっと一緒にやってきた。国家錬金術師試験だって、受ける事さえ出来ていればアルフォンスも受かっていただろう。

錬金術に関して俺とアルに差は殆ど無かったんだから。



俺よりも真理の奥深くまで見たアルフォンス。あの時の記憶も失われたのだろうか。

いやそもそも、記憶は単に思い出せないだけなのか、それとも完全に失われたのかすら分からない。

錬成の代償のひとつとして記憶を失ったのなら、真理の記憶もなくしたのだろうか。



錬成のショックで思い出せないのなら、もしかして思い出す事もあるかも知れない。

いずれ思い出すのならその前に全てを話してもいいのかもしれない。


だけど代償として持っていかれたのならー、アルフォンスが記憶を取り戻すことは一生ない。

それならやはり知らずにいて欲しいとも思う。





どうすればいいんだ、お前にとって本当の幸せって何なんだ…?

楽しそうに手帳を見ているアルフォンスを、エドワードはじっと見詰めていた。























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