いくら同じセントラルにいるからといって、もう会う事はないだろうと思っていた。

査定はもうすぐ終わる。用事が済んだら俺はまた旅に出る。

でも今回は思い掛けずアルに会えて、元気な姿を見る事が出来た。

…それだけで充分なんだと、そう思おうとしていたのにー。












偽りの幸せを幸福と呼べるならW













絡まれていた爺さんを助けて、そのまま当たり前のように喧嘩になった。

相手は人数はいるけど連まなきゃ何にも出来ないような連中だ。錬金術を使うまでもない。

鈍っていた体を解す気持ちで素手で倒していく。その時倒した一人がナイフを手にするのが目の端で見えた。

予想の範囲内だったので、まずそちらから倒すか。と振り返った時。男と自分の間に入り込む影。

短く切られた蜂蜜色の髪。鍛えられているだろう体は長身だが弱々しさが一切ない。

見間違えるはずのないその姿。きっと髪の一筋、シルエットだけでも自分には分かる。

そこにいたのは弟、アルフォンスだった。





最後の一人を倒した後、アルの手を取って逃げ出した。

ここで捕まると事情説明が面倒くさい。何より准将の耳に入るとやっかいだ。また嫌みの嵐だ。



一息ついて気が付いた。何もアルフォンスまで連れ出す事はなかったかもしれない。

こいつは准将の養子になっている。身元は確かだから事情を話せば大して面倒な事にはならなかっただろう。

以前の調子でつい手を差し出してしまったが。



どうしたものかと思っていたら、アルフォンスが話をしたいと言ってきた。



本当なら断るべきだった。それは分かっていたけど、俺に断れるはずなんてなかったんだ。

だって話をしたいだなんて。もっと一緒にいたいって、そう思っていたのは自分の方だから。

それを望んじゃいけないって事は充分分かっていたはずなのに。

今のアルフォンスは過去の事全てを忘れて、新しい人生をやり直しているのだから。

それに俺は関わっちゃいけない。そう覚悟して離れたんじゃなかったのか。



だけど、少しだけ。今だけだから。

ほんの少しだけなら大丈夫なんじゃないだろうか。


そう言い訳しながら受諾の言葉を口にする自身に、自己嫌悪していた。













アルフォンスが連れて行ってくれた店は、セントラルの学生街として賑わう地区にあった。

その中心筋から少し外れた裏道、明るく木の温もりを感じさせる佇まいが印象的な店。



「ここ、甘い物を置いてないのであまり女性客は来ないけど、コーヒーも紅茶も美味しいんだ。」

アルフォンスの勧めで頼んだブレンドコーヒーは、モカをベースにしているのか口当たりが優しく飲みやすい。

ここだったら他のコーヒーも美味しいだろうと思わせる、丁寧な煎れ方をしていた。



「良い店だな。」

そう言うと、アルフォンスは少しホッとしたようだ。

「良かった、気に入ってもらえて。ボクはここでは紅茶を飲む事が多いから、どうかなって心配だったんだけど。」

嬉しそうに笑うアルフォンス。それを見ているだけで気持ちが弛むのを感じた。



それから沢山の話をした。お互いの年から始まって、今回は査定でセントラルに来ていた事や俺の旅の事。

そしてー、アルフォンスの事情。



「…この間会った時、何か事情はあるんだろうと思ってたけど。記憶喪失だったのか。」

「あの時は本当にごめんなさい。彼女はボクの事情を知ってるから、何とか力になろうと思ってくれてるみたいで。」

「それはいいってあの時も言っただろう?…優しい彼女じゃないか。」

ちくりと刺す胸の痛みを無視して言うと、アルフォンスが笑いながらそれを否定した。

「エレーナは恋人じゃないよ、いつも一緒にいるから周りにはそう見られてるけど。親友って言葉がピッタリかな。」

恋人じゃない…。アルフォンスの言葉に拍子抜けする。そんな事で喜んじまうなんて単純すぎだ。

だけどその後のアルフォンスの言葉で、俺は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。



「今は自分自身の事すら分からないのに、恋人を作る余裕はないよ。」

何でもない事のように、平然とアルフォンスは言った。だけど俺にとっては重い言葉だった。



考えてみればそうだ。罪を忘れれば幸せになれるだろうと考えるのは、その罪を知っているからだ。

今のアルフォンスは過去の罪を知らない、知らないからその事で苦しむ事はない。

その代わりに自分に過去が無い事で悩み苦しんでいる。



全てを忘れて一からやり直せているはずの弟は。それでも幸せになりきれていない。





俺の取った道は、またしても間違っていたのだろうか。

記憶は戻らなくても全部を話して、過去の傷ごと生きていく道を選んだ方が良かったのか。

わからない、どうすれば良かったのか俺にはわからない。

でも間違っていたとしても、もう過去には戻れないのだから。

今のアルフォンスにとってどうする事が一番良いのか。考えなくちゃいけない。

一度准将にも相談してみるか。



そんな事を考えていると、アルフォンスがこちらを覗き込むように伺ってきた。



「エドは査定が終わったらセントラルを離れるの?また旅に出る?」

「あー、えっとそうだな。」

査定自体はもう明日にでも終わるだろう。頼まれていた書類もロイに渡した。

だけど今回はアルフォンスの事がある。今ここを離れるわけにはいかなくなってしまった。



「もうちょっと用事も残ってるし、まだ暫くはセントラルにいる事になると思う。」

俺の言葉に、アルフォンスがパッと表情を変えた。



「じゃあ、また会えるかな?ボク、エドの話をもっと聞きたい。」

その顔は凄く嬉しそうで少し戸惑う。

どうしてそんなに嬉しそうにする。俺がここに残ると言った事を何故喜ぶんだ。





その笑顔にクラクラしそうになりながら、俺は次の約束を口にしていた。






















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