偽りの幸せを幸福と呼べるならU
まだ時間も早いからと、食事の前に立ち寄ったセントラルで一番大きな書店。
お互い見たい本を見てから出入り口で待ち合わせする事にした二人だったが、先に店を出て来たのはエレーナだった。
「次の試験まで間があるし、ちょっとくらいは本を読み耽っても良いわよね〜vえ、きゃっ!!」
気になっていた本を手に入れてウキウキしていた彼女は、店に入ろうとした男性と思いっきりぶつかってしまった。
抱えていた本がバサバサと音を立てて落ちる。それを相手の男性が屈んで拾おうとする姿にエレーナは慌てた。
「す、すみません!大丈夫です、拾えますから!あの、お怪我はなかったですか?」
「俺の方は何ともない。そっちこそ顔打ったんじゃないのか?」
本を手渡しながら顔を上げたその男性を見て、エレーナは目を見開いた。
この人…。
店から出てきたアルフォンスは、出入り口近くでしゃがみ込んでいるエレーナを見つけて驚いた。
「エレーナ?どうしたの?」
「アル!」
その時エレーナの隣にいた男性の肩がピクリと動いた事に、二人は気付かなかった。
「今ね、余所見してたらこの方とぶつかっちゃって。本を拾って下さったのよ。あの、ありがとうございました。」
「いや、俺は何も。大丈夫だったんなら良いんだ。」
「あ、ちょっと待って下さい!」
素早く身を翻す青年の腕を、エレーナは慌てて掴んだ。
「いきなりすみません。貴方には同じ年くらいのよく似た親戚の男の子とかいませんか?兄弟でも従兄弟でも。」
「エレーナ、何を言ってるの。」
その時、戸惑ったように困ったように顔を上げた青年と視線が絡み合い、アルフォンスの呼吸が止まりクラリと眩暈がした。
でもそれも一瞬の内で、次の瞬間には何事もなかったように治まっていたが。
「だって金色の目よ、アルと一緒よ。それに顔もとっても似てるもの、他人だなんて思えないわ!」
興奮したように話す彼女の声にハッと二人を見ると、青年はやんわりとエレーナの腕を解いた所だった。
「悪いけど、俺には家族はいない。親戚らしい親類もいないから、同じ年くらいの従兄弟なんていないよ。」
ハッキリと告げられた言葉に、エレーナが顔を残念そうに顰めた。
「そうでしたか…。ごめんなさい、私ったら。気を悪くなさらないで下さいね?」
「ボクからも謝ります。本当に失礼しました。」
「気を悪くなんてしてないから謝らないでくれ。…そっちも何か事情があるみたいだしな。」
頭を下げる二人に青年が困ったように言う。顔を上げたアルフォンスは、改めて目の前の青年を見た。
さっきはビックリしたけど、エレーナの気持ちも解らなくはない。
金色の髪に金色の目の青年。年も同じくらいで。顔立ちは…自分ではあまり分からないけど、確かに似ている気がする。
金色の目というのは珍しい。それに近い茶や、他の色に金が混じる事はあっても、金色そのものというのはあまり見ない。
目の前の青年の目の色は、ハッキリとした金色だった。その色は自分と同じだ。
だからなのか。その色を、その目を懐かしいと感じるだなんて。
懐かしいと思えるような記憶なんて、持っていないくせに。
「それじゃ、俺はこれで。」
スッと立ち上がった青年に二人は慌てた。
「あの、本当にすみませんでした!」
「気にしてないよ。じゃあな。」
軽く手を振って本屋に入っていく後ろ姿を見送って、二人も本屋を後にした。
次の目的のパスタのお店へ向かう途中も、エレーナは納得いかない様子で首を傾げている。
「それにしてもおかしいなぁ。絶対血縁だと思ったのに。」
「エレーナったらまだそんな事言ってるの。確かに金眼の人って自分以外は初めて会ったけど、それだけじゃ…。」
「違うわ、それだけじゃないわよ。顔を見た瞬間、なんかピーンときたのよ。女の直感ってやつ?」
「うーん、外れたんだからその直感も当てにならないね。」
「そこなのよね、変だわ。私この手の感って凄く当たるのに。」
不満げな顔で尚も続けるエレーナに生返事をして、アルフォンスは先程の青年の事を思い出していた。
同じ色の髪と目の青年。何処かしら懐かしい気持ちにさせてくれた人。
エレーナの言う通り、本当に血縁者だったらどんなに良かったのにー。
アルフォンスは少しだけ寂しく思う気持ちを自覚していた。
まさかこんな所であいつにー、アルフォンスに会うだなんて。
査定の為と、マスタング准将に依頼されていたレポート提出の為にセントラルに来ていたエドワード。
弟と離れてからもセントラルには来ていた。准将からは会うたびにアルフォンスの近況を聞いていた。
でもその声を、姿を見たのは3年振りで。
本当はもっと話したかったけど、あのままあの場にいたらみっともなく泣いていたかもしれない。
本を探す気になんてなれなくて、エドワードは本屋に入るとすぐ反対側にある出入り口へと向かった。
そのままフラリと外に出る。近くにあったカフェに入ると、コーヒーを注文して柔らかめのソファに沈み込んだ。
最後に見たアルフォンスの顔は、取り戻したばかりで痩せていて顔色も悪くて。
見る事が出来た表情と言えば、眠っている姿と錯乱して泣き叫ぶ姿。
『貴方は誰?』俺を見る目は他人を見るそれで。
でも今日会ったアルフォンスは、あの頃よりも背が伸びて健康そうだった。
声変わりしていても、耳に柔らかな声は相変わらずだし、人好きしそうな優しげな顔もそのままだ。
変わったけど、変わってないアルフォンス。その事にホッとする。
思いがけず会えて良かった。准将から話を聞くだけよりも何倍も安心出来た。
それと同時に。
一緒にいたのは彼女なんだろうな…。
当然だ。アルフォンスだって年頃の男だ。大体アルならモテるだろうし。
あいつ、前から言ってたしな。可愛い彼女が欲しいって。
学校行って彼女作って。そんな当たり前の事を出来てるんだ。喜んでやらなくては。
小さく疼く胸の痛みを無理矢理押し殺して、エドワードは運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。