あいつは見極めろと言った。相手の思いを受け入れられるのかどうかを。

あれからずっとその事を考えている。







云えない言葉V

















知ってしまったアルフォンスの気持ち。それまで考えた事もなかった二人の関係。

兄弟で、大切な家族で、どんな辛い事もアルが一緒だったから乗り越えてこれた。

傍にいるのが当たり前の、かけがえのない存在。

その弟が苦しんでいる事に、俺はまったく気付かなかった。



アルの望みなら何でも叶えてやりたい。だけど俺の中でアルは弟のままだった。

そんな気持ちであいつの思いに答えるわけにはいかない。かえって傷つけるだけだ。

だけどこのまま知らない振りをしていて、本当に自ずと解る日がくるのだろうか。



ぼんやりとしていたら、アルが心配そうに声を掛けてきた。



「ねえ兄さん。最近なんだか元気がないね。体調でも悪いの。」

「んあ?あー、別に体はなんともないから心配すんな。」

アルは本当に?と念を押しながらも一応ホッとしたような顔になった。



「喉乾いてない?何か飲もうか。」

「喉もだけど、なんか小腹が空いた気がする。」

「あ、そうだね、お昼ご飯軽かったもんね。マフィンがあるよ、それでいい?」

その言葉に頷くと、アルフォンスは嬉しそうに待っててね、と笑いながらキッチンへと向かっていった。



こんな風に穏やかに暮らす日々。取り戻したアルフォンスの体。

全てが満ち足りていて幸せで、それも全てアルが一緒だからだ。

アルフォンスを愛している、それは間違いない。

誰よりも幸せになって欲しい、その気持ちは今も昔も変わらないのに。



自分で自分がどうしたらいいのか、まったく判らない。






考えてると、お茶の支度を整えたアルフォンスが戻ってきた。

ティーカップになみなみと注がれる紅茶。温められたマフィンはフワリと甘い香りを漂わせている。

そんな事すら楽しそうに嬉しそうに、アルフォンスは笑っていた。



日常の全ての事が、アルにとっては喜びなのだ。

あの頃無くしていた感覚を味わえる全ての事が。


そうやって笑う姿が、愛しいと心から思う。






例えば、アルが気持ちを打ち明けてきたとして、それに俺が答えられなかった場合。

二人はどうなってしまうのだろう。

このまま一緒に暮らすというのは無理がある。

なら俺かアルがこの家を出て行く、という事になるのだろうか。

その考えが浮かんだ途端、鉛を飲み込んだみたいに胸が重苦しくなった。



どちらかが家を出る。それは二人が離れて暮らすという事だ。

もう今までのように一緒にいられないという事だ。



アルフォンスが傍からいなくなる。それは今まで考えた事のない事態だった。

そしてそれは、自分で思うよりも俺にとってショックな事だった。

その事に俺自身も驚いていた。



弟と離れて暮らすという事に、これほど嫌な気持ちになるものなのか。

実際そうなると決まったわけではない。今はまだ想像の段階だ。

それなのに、俺の中でその事に対する激しい拒絶が起こっている。

離れるなんて嫌なんだと、心が訴えているのが解る。



いくら今までずっと一緒だったからって、離れて暮らしたことがないからって。

これからもそうだとは限らないのは当たり前のことなのに。

何故、俺はここまで嫌だと感じているんだ。



これはー、本当に弟としてのアルフォンスに向けた感情なのか?





ごく普通に育ってきた兄弟じゃない。アルに対して、並じゃない執着があるのは分かっていた。

でも本当にそれだけだったのか。その執着は本当に弟として、家族としてだけだったのか?

愛している、その思いは家族愛だけだったのだろうか。

この思いはー。





「兄さん、どうしたの。」

「え、うわっ!」

考え込んでいた所に、いきなり当のアルフォンスの顔が目の前にあるものだから。

俺は見っとも無く慌ててしまった。



「何だかぼんやり考え込んじゃって、やっぱり変だよ。体の調子でも悪い?」

俺の顔を覗き込んで、心配そうに話すアルフォンス。

いつもよりも間近にある優しげな顔と、柔らかく甘い声。少しだけ顔にかかる息。

それらを意識した途端、体の熱が急上昇するのが分かった。



「・・・・・っ!!」

居ても立ってもいられなくて、俺は徐に立ち上がる。

その唐突な行動にアルが呆然としている間に、バスルームへと駆け込んだ。



冷たい水で顔を洗って顔の火照りはひいてきた。同時に頭も冷えて、少しずつ落ち着いてくる。

鏡に映った自分の情けない顔を、思わず殴りつけた。軽くだったはずなのに、鏡の表面に皹が入る。



俺、馬鹿だ。どうして今まで気付かなかった。



好きなのが当然すぎて、愛しているのが当たり前すぎて、自分の感情の変化も分からないなんて。

それともそもそも変化などなく、最初から変わっていなかっただけなのか。

最初から、アルを弟として家族としてだけではなく、一人の人間として愛していたのだろうか。

それすらもう分からない。





ただひとつだけ分かった事。もっと早くに気付いていれば、アルをあんなに苦しめずにすんだ事。



俺はアルフォンスをー。


























U Novel Next