「すき、だよ。」

「兄さんがすき。」

「すきなだけなんだ。」

「…傍にいたいだけなんだ。」




俺は動くことが出来なかった。





云えない言葉U
















「なあ、思い掛けない人に告られた事ってある?」

「…何だね、唐突に。」

依頼していた仕事を珍しく期日に数日の余裕を持って仕上げてきたエドワードの、

あまりに脈絡のない言葉に、ロイ・マスタング将軍は呆れた。

だが思わず相手の表情を見て訝しげな顔になる。



真剣な、でもどこか不安げな顔。

…どうやらふざけている訳でもなさそうだ。だとすると…。



「思い掛けないとは、友人とか近しい相手とか、まさか男にでも告白されたのか?」

んなわけねーだろ!とでも怒鳴り返してくるかと思ったが、

エドワードは一瞬目を見開いて、それから低い声で「そんなとこ。」と呟いた。



「告白されたわけじゃねーけどな。そういう好意を持たれてたって知ったというか。」

「それでどうしたらいいのか困ってるってわけか。」

しかし何の天変地異の前触れだ。鋼のが私に相談じみた事を言い出すなんて。

よっぽど戸惑っているらしい。

とすると相手は誰だ。関心のないどうでもいいような人間なら、こんな風にはならないだろう。

そこまで考えてふと思いついた。鋼のがここまで不安になり悩む相手。

単に振り払うだけでは済まない相手。それは一人しか思い当たらない。





「…それで。君はどう思ったんだ。」

「何がだよ。」

「いやだからだな。同性から思われてると気付いて、君自身はどう思ったんだと聞いてるんだ。」

「どうって…。ただビックリしちまって、どうしたらいいのか分からなくて…。」

「ビックリしただけか。気持ち悪いとか嫌だとか、そういう感情は湧かなかったのか?」

私のその言葉に、鋼のは驚いたように目を見開いた。



「気持ち悪いって、どうして。」

「どうしても何も、普通男が男に恋愛感情を持ってるなんて知ったらそう思うだろう。
 
 同性愛は侮蔑がつきものだしな。君はその相手に対して嫌悪感はなかったのか。」



ロイの言葉をエドワードは唖然と聞いていた。

俺が、アルに対して侮蔑?嫌悪だって?そんなの。


「ありえねぇ・・・。」





あの時、熱があるかもしれないアルの様子が気になって、部屋の前までいった。

ノックをしようとした時、泣いてるような気配に気付いた。

そして聞こえてきた呟き。それは消え入りそうな小ささだったが、鮮明に俺の耳に届いた。

初めて聞く、苦しいくらい切なげな弟の声だった。



今までアルがそんな想いを抱えていたなんて、全然気付かなかった。

いつからかだったのだろうか。一人で苦しんでいたのだろうか。

それを考えると何とも言えない気持ちになる。



でもだからって、どうすれば良いのだろう。

アルは大切な弟で、たった一人の家族で。

愛しているのは確かだけど、それはアルが俺に向けるものとは違うのだろう。


目の前のロイの事も頭に無い様子で悩むエドワードの姿に、将軍は口の端を微かに上げた。



「ありえない、ね。成る程。ならば鋼の、どうしたら良いかは自ずと分かるさ。」

「…本当かよ。」

胡散臭そうに見下してくる青年に、ニヤリと笑ってみせる。



「まだ直接告白された訳ではないんだろう?ならば今まで通りに相手と接していればいい。

 相手の気持ちに答えられるのか、それとも受け入れられないのか、傍にいて見極めるんだな。」


こいつは変に鈍いから、多少は時間が掛かるかも知れないが。

それでも弟の気持ちに気付いて、意識して傍に居れば、自分の気持ちにも気付きやすいだろう。



この兄は解ってない、まったく解ってない。

いくら大事にしていた弟だろうが、たった一人の家族だろうが。

そういう意味で見られていたと知れば、普通は拒絶しかないはずだ。

親しければ親しい程、逆に裏切られた気分にだってなりかねないというのに、

嫌悪や侮蔑、そんな感情をありえないと言い切った。

それ自体が普通の家族愛を飛び越えてしまっている事を、まったく自覚していない。



まあ何だな。特別なのが当たり前すぎて、他の感情と比べる事すら必要なかったのだろう。

きっとそれは弟も同じだったのだろうけど。先に気付いたのが弟だったというだけで。


気付いた時の鋼のの反応が見物だな。



その時、小さな声で「変な事聞いて悪かったな」と兄が呟いた。

余りにも素直というからしくない台詞に驚愕するが、それだけ悩んでたんだろう。

たまにはこんな殊勝な姿も悪くない。ちょっと不気味だが。



心持、ドアに向かういつもえらそうな背中に覇気がない。

その後姿を見送りながら、これからの二人の事を考えた。

きっと私の想像は、近い未来に現実のものになるはずだ。


そうなった時、私達くらいは祝福してもいいだろう。

あの二人には、それくらいの幸せがあってもいいはずなのだから。

























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