伝わってはいけない想いがある。

伝えるわけにはいかない言葉がある。





云えない言葉














ずっと気づかない振りをしていた。

気づくわけにはいかなかったというのが正しいけど。

…実の兄を愛しているなんてこと。



自分の気持ちに気付いてからは、とにかく必死だった。

なにしろ相手は一緒の家に住む家族で。

今までずっと何をするにも一緒だった兄さんだったのだから。

抱えた葛藤と想いを悟られないように、気付かれないように。

それだけを願っていた。


こんなに傍にいる事はとても嬉しいのだけど。

同時に、限界が近いこともうすうす感じていた。










いつものように、向かい合わせに座って食事をとる。

他愛もない会話の合間、気取られないように兄を見ていた。



時々伏せられる涼やかな目元、さらりと綺麗な金の髪。

身長も伸び、相変わらず鍛錬している兄の体は引き締まっている。

暫くジッと凝視していたらしい。兄がふとこちらを見た。

その真っ直ぐな視線に、思わず頬が熱くなるのを感じた。



「アル?どうしたんだ、顔が赤いけど。熱でもあるのか?」

(うわ…!)


心配そうに僕の額に触れた兄の、温かな手の感触。

それに心臓が大きな音を立てて跳ねた。

思わずギュッと目を閉じる。きっと頬も赤くなってるはず。



「アル…?」

不思議そうな心配そうな兄の声に、気持ちは焦るばかりだ。

僕はパッと身を退くと、そのまま椅子から立ち上がった。



「ごめん兄さん。確かに僕ちょっと熱っぽいかも。
 今日はもう先に休むから。食器だけ洗っといて。」

兄の顔を見ることも出来ずに、僕は足早にその場を後にした。





壊れそうな勢いで自室のドアを閉める。

そのまま着替えもせずに、ベッドに倒れこんだ。



駄目だ駄目だ駄目だ。このままでは駄目だ。

気づかれるのは時間の問題だ。きっとその日はもうすぐそこにきている。



いっそ、そうなる前に離れてしまえばいいのに。

自分からはそう出来ない不甲斐なさに涙が出てくる。



だって傍にいたいんだ。いつだってその姿を見ていたい。

貴方の声が聞きたい。傍にいることがどれだけ苦しくても。



鎧の体を持っていた頃から、ずっと兄に触れたかった。

飢えていたのは人の肌のぬくもり。でも一番に願ったのは兄に触れたいということ。

あの頃はそれがどんな感情から起因するのかなんて、考えもしなかったけど。

思えば子供の頃から、兄は自分にとって特別な存在だったのだろう。



そして長い旅の末にやっと体を取り戻し、ようやくそのぬくもりを感じられるようになったのに。

そのことが本当に、本当に幸せだったのに。


その幸せを、自分から手放す?

…そんなことは出来そうにない。


だけど今日のような態度を取り続ければ、いつかは兄の不審を招くだろう。



どれだけ理性が警告を鳴らしても、心と体は正直で。

切望していた兄の体温に、必要以上に反応する。


いつまでも誤魔化しきれるはずがない。






「すき、だよ。」

自然と零れ落ちた言葉に、涙が伴って溢れた。


「兄さんがすき。」

(ごめんなさい)


「すきなだけなんだ。」

(許して)


「…傍にいたいだけなんだ。」

(それだけでいいから)












この想いを忘れてしまえば、楽になれるのだろうか。

だけど忘れてしまった僕は、僕のままなんだろうか。



こんなにも兄さんで一杯の僕が、その想いを失くした時。

それはもう僕ではないような気がする。



このままではいけない。それは解っているのに。

貴方の幸せを誰よりも願っている。それは本当なのにー。






どうすればいいのか。まだ道は見えない。






















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