それなりにシンデレラ V
ゴーーーーーーーーン
城中に鳴り響いた鐘の音に、エドワードはハッと顔を上げた。
「うお、やべ!もしかして今のって12時の鐘!?」
「そうだよ、あれが12回全部鳴り終えたら日付が変わる。」
もうそんな時間だったんだ。集中していたので気付かなかった。
「俺帰らなきゃ!ごめん、片付け出来ねぇ!」
「え、帰るの?だったら送っていくよ!」
「いや急ぐから!迎えも来てるはずだし、来た道は覚えてるから一人で帰れる。
それよりも、ここ読み散らかしてごめん。それと…、凄く楽しかった。ありがとう。」
少し照れくさそうに、はにかむように微笑むエドワード。
その瞬間、アルフォンスはこの少女を帰したくない、と思った。
突き上げた衝動のままに、立ち上がりかけた少女の細い手首を掴む。
ゴーーーーーーーーン
「アルフォンス…?」
鐘の音と共に小さな声で名を呼ばれて、アルフォンスはハッと我に返った。
女性の手を掴むなんて、ボクはなんて失礼な事をしているんだ。
「ご、ごめん!あの、ボクも楽しかったよ。出来ればまたこうして会って話がしたい。」
掴んでいた手を放す事が、とても名残惜しかった。それでも内心の葛藤を抑えてその手を放す。
立ち上がったエドワードはそんなアルフォンスをびっくりしたように見て、それから嬉しそうに笑った。
「俺もアルフォンスにまた会いたい。会いにくるよ!」
じゃあな!!そう言いながら身軽に身を翻して、エドワードは走り去ってしまった。
一陣の風が吹き抜けたような図書館に座り込んで、アルフォンスは掴んだ手に残った少女の柔らかな細い腕の感触を思い出していた。
『12時の鐘の音が終わるまでに帰ってくるのよ。じゃないと魔法が解けちゃうからね。』
ウィンリィからそれを聞いた時には何で時間制限つきなんだと文句を言ったエドワード。
今にして思うと、もっと文句を言って、無制限の魔法にしてもらえば良かった。
そうしたら、もっともっとアルフォンスと話が出来たかもしれなかったのにー。
「はーーーーーっ。」
本日何度目か分からないくらいの溜息を吐いて、エドワードはソファに沈み込んだ。
あの時アルフォンスに「出来ればまたこうして会って話がしたい」と言われた事が嬉しくて。
自分もそう思っていたから、「会いにくるよ」なんて言ってしまったが。
よく考えたら相手は城仕えの身だ。しかも王子付きという事は、近衛隊の中でも地位は高いのだろう。
そうそう自分が会いに行ける相手ではない。
「俺も国家錬金術師になれば会える…。」
それは家族にずっと反対されていた事だけれど。
アルフォンスは国家錬金術師だった。しかも国でもトップクラスだと。
ならば自分も資格を取れば城に出入りも出来るようになるし、あの図書館を管轄している彼に会える確率は高い。
もはやエドワードの気持ちは決まっていた。後はどうやって家族を説得するかだ。
一番の難関の義母の顔を思いだし、また大きな溜息をつくエドワードだった。
「…ここにある写真、燃やしたくなってきたぞ。」
謎の失火により見合い写真全滅だ。そしたら選ばなくてすむ、不可抗力だから仕方ない。
そう言いながらヤケクソのように笑う主に、アルフォンスが突っ込む。
「この部屋で謎の失火ってありえないでしょう。どこからどう見たって王子の仕業だと分かります。」
何しろこの王子の一番得意な錬成が炎に関する事なのは有名な事実なのだから。
崩れそうになる見合い写真をさり気なく直しているアルフォンスに、ロイ王子が憮然とする。
「最近随分素っ気ないな。さては私を捨てる気か。」
「誤解を招くような発言はお止め下さい。そもそも拾ってませんから。」
「冷たい、冷たいぞ!昔はあんなに素直で可愛らしかったのに!」
「これも愛情表現のひとつですよ、王子。」
大体、いい年の男がいつまでも可愛かったら不気味でしょう。とにっこり話すアルフォンス。
その笑みは彼という人物を知る人間が見ると、表面上通りには受け取れない表情だったが。
端から見れば、優しげな微笑みだった。
昔はな、ロイ様!なんて後を着いてきて、まるで私を兄の様に慕ってくれたものだったが。
その当時のアルフォンスを思い出して、少々感慨に耽るロイ王子。
今じゃすっかり逞しくなったというか、扱いに慣れきってるというか。
そこに愛はあるのかも知れないが、見えなきゃ寂しいのはかわりない。
何だかアルフォンスの澄ましたポーカーフェイスを崩してやりたくなってきた。
どうにも大人げない発想をするロイ王子。これも一種の甘えなのか。
何か良いネタは無かったか。考え込んでいた王子の脳裏に、先日の晩餐会の様子が浮かぶ。
「そういえば、晩餐会にちょっと変わったのが来ていたな。」
ロイの言葉に、後ろ姿のアルフォンスの肩がピクリと揺れた。
「容姿は問題なし、錬金術を囓っているという事は頭も悪くなさそうだ。身なり立ち振る舞いも合格点。
よく考えたら候補の筆頭に挙げても良さそうだな。名前はー、エディ・ホークアイとか言っていたか。」
「王子、彼女は…!」
その時叫びそうになった言葉に驚き、アルフォンスは慌てて自分の口を塞いだ。今ボクは何を言おうとした。
王子はそりゃ軽い所もあるし、女ったらしだけど。妻として娶った女性はきっと大事にするだろう。
言われているよりも真面目な性格をしている事は、誰よりも知っているはずだ。なのに。
彼女は、彼女だけは駄目だ、だなんて。どうしてボクはそんな風に思ったんだ。
口元を押さえたまま黙り込んでしまったアルフォンスを、ロイ王子がニヤニヤしながら見ている。
アルフォンスはそれすらまったく気付かずに呆然としていた。
そう言えば、アルフォンスが城づとめをするようになったのは、まだ彼がほんの子供の頃だ。
それからずっと傍にいるが、浮いた話は一度も聞いた事がない。
容姿も良く、頭脳明晰。国家錬金術師というこれ以上ない肩書きもある。加えて性格も良い。
そんなアルフォンスだから当然のようにモテていたし、見合い話だって腐る程来ているのに。
もしかして、今度のこれが初恋なのか?奥手にもほどがあるけど、ある意味アルフォンスらしいとも言える。
「…アルフォンス。君は確か明日は休みだったな。」
「え?あ、はい。休みですが、それが…?」
名前を呼ばれて我にかえったアルフォンスに、ロイ王子がにっこりと微笑みかける。
「では命令だ。明日彼女の所へ行って来い。」
「行って来いって…、どうしてですか!?」
「どうしてもこうしてもない。じゃなきゃ彼女を皇太子妃候補に挙げるぞ。それでも良いのか?」
「それは…!」
「嫌だと思うんだろう。他の男に渡したくないと思うのなら、さっさと行動するべきだと思うぞ。」
他の男に渡したくない…?
ああ、そうか。
ボクは彼女を誰にも渡したくないと思っているんだ。だからこそさっき駄目だと思ったのか。
馬鹿みたいだ、彼女はボクのものじゃないのに。会ったばかりで、知り合いの域すら出ていないのに。
それでも気付いた想いを否定する気はなかった。
ボクは、彼女が。エドワードが好きなんだ。
その想いはすとんと胸に落ちて、そのまま体に馴染んでいった。まるで最初からあったかのように。
「どうやら自覚したようだな。」
「王子…。」
まだ少しだけ戸惑った様子のアルフォンスの姿に、自然と笑みが湧いてくる。
いつもは大人びた様子の彼だったが、まだ20歳そこらの青年だ。こうしていると年相応に見えてなかなか可愛い。
たまにはこういう姿も良いものだ。内心そんな事を考えながら、ロイ王子はアルフォンスに微笑んだ。
「自分の気持ちに気付いたなら会いに行くことだ。そうすれば自分がどうしたいのか、自ずと分かる。」
だから会ってこい。そう言うロイ王子の言葉に、アルフォンスは頷いた。