それなりにシンデレラ U
「つまらんな。」
隣からボソリと聞こえてきた台詞に、アルフォンスは苦笑した。
「お気持ちは分かりますが、この様な場であまり正直な事を申されるのは控えませんと。」
誰かに聞かれたら事ですから。表情を崩さずに自分の傍に付きっきりの青年に目を向ける。
城仕えするようになると同時に王子である自分付きの従者となったこの青年は、自分よりも10歳は年下なのだが。
どうにも物腰というか口調が落ち着いていて優しげで、尚かつ何やら逆らいがたいものを持っていた。
「だがつまらんものはつまらないと思わないか?どこを向いても似たような女性ばかりだ。」
「私の立場からは何とも申し上げられません。ですがロイ王子、貴方は女性好きだと思っていたのですが?」
今まで付き合ってきた女性は数知れず。結構手当たり次第の無節操だと思っていたアルフォンス。
こと女性関係に関して、配下としての信頼はない。
「単に付き合うだけならな。だが今回はそうでは無い以上、今まで付き合ってきた女性と同じように選ぶわけにもいくまいよ。」
大人の関係、その場限りの恋なら簡単だ。でも今回は違う。
これは自分の将来の伴侶、ゆくゆくはこの国の王妃となる女性を選ぶ為のパーティーだ。
その為に呼ばれた良家の子女達。容姿や学力もある程度吟味され、どの女性を選んだ所で問題はない。
問題はないのだが。
「主旨が伝わりすぎて妙な気合いを感じるぞ。おまけになんだ、厚塗りの化粧と香水の匂いがあちこちで籠もってる。」
いくら女性の着飾る姿、色気のある香水の香りが好きとはいっても、それも限度がある。
声だけはうんざりとしているのを隠そうともせず、表面上はにこやかに笑う主人の姿に、アルフォンスは少々同情する。
今までもそういう話はたくさんあったけど、こう急かされている理由は王子の父親である王だった。
それまで結構のんびりしていたのに、そろそろ自分も高齢だから世継ぎの王子に伴侶を早く、と急ぎ出したのだ。
ここ一ヶ月の間に届けられた近国の姫君のプロフィールは、それだけで本棚を一つ占領しそうな勢いだった。
そして締めのこの晩餐会。王としては、今までの見合い写真とこの晩餐会に来ている女性から伴侶を選べと言う事なのだろう。
確かに立場上、好いた惚れたで相手を選ぶわけにもいかない。
かといって、写真を見ただけ、とか一回顔を合わせただけで相手を選ばないといけないとは。
人から見たら羨ましがられるような立場の方なんだけど、色々と縛られる事が多い。
身分高く生まれるのも良いことばかりじゃないよなぁ。王子の傍仕えをしているとそれがよく分かる。
それでなくとも王族を守る近衛隊筆頭として名が売れているアルフォンス。
この所自身も望まない見合い話が多数舞い込んできていて辟易している所だった。
「…ちょっと変わったのが来たな。」
呟かれた言葉に隣の王子を見てみると、何やら楽しげに玄関ホールの方を見ている。
その視線の先を追ってみたアルフォンスの心臓が、トクンと軽く跳ねた。
細い体に真っ赤なチャイナドレスを身にまとった金髪の少女。左右に結い上げられた髪から見える細い首筋。
スカートには深めのスリットが入っているのに、その立ち振る舞いからかいやらしさは微塵もない。
やたらとフリルがヒラヒラした少女達や、露出がありすぎて少々下品になっているお姉さま方にはない凛とした色気もあって。
確かに少し、いやかなり目を引く存在ではあった。
その少女はというと、食事をする為のメインテーブルの方に行くわけでもなく、かといって連れがいるようでもなく。
この後どうしようかと悩んでいる様子。
それを見てアルフォンスは居ても立ってもいられなくなった。
「王子、少しだけ失礼しても宜しいでしょうか?」
「ん?まあ構わないが。」
王子からの許可が出ると、アルフォンスは真っ直ぐに先の少女の元へと向かった。それを見て、ロイは目を丸くする。
あの真面目で少々堅物のアルフォンスが、自ら進んで女性のエスコート?
これは…、どうやら面白い事になりそうだな。
后選びに飽き飽きしていただけに、舞い込んできたこの珍事にロイ王子はニヤリと笑った。
「失礼、レディ。誰かお探しですか?」
突然声をかけられて、エドワードは慌てて振り向いた。そこにいたのは長身の青い服を着た男。
この国には王族直属の近衛隊と国民を守る警備隊があったが、目の前にいる男が着ている隊服は前者だった。
近衛隊は選ばれたエリート集団だ。貴族の子息がなる事が多い。
だがいかつい格好とは裏腹に、その顔立ちは優しげで声も柔らかい。
所在ないところだったので、エドワードは何となくホッとした。
「連れはいない、のです。お城に来るのは初めて なので、ど ちらにいけば良い、のか迷ってしまって…。」
いつもの乱暴な言葉使いを隠すため、所々途切れがちになる。それを相手は緊張と捉えたようだ。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。あちらで食事も出来ます。何か飲み物でもお持ちしましょうか。」
「あ、いいえ!それよりも折角お城に来たので図書館を拝見したいのですが。」
こちらの蔵書は素晴らしいとお聞きしたので…、と躊躇いがちに話す少女にアルフォンスは驚いた。
今日は王子の花嫁探しの晩餐会だ。当然来ている女性達は皆その事を知っている。
此程の玉の輿のチャンスはなかなかない。だからこそ気合いの入り方だって違うというのに。
王子と話す機会を逃して図書館に行きたいというのだろうか。
「許可は取れると思います。ですがよろしいのですか。」
暗に匂わせた事を感じ取ったのだろう。少女はコクリと頷いた。
「私は錬金術を少々囓っております。こちらには術書も数多く揃っていると聞いて、以前から拝見したいと思っていたのです。」
その言葉を聞いて合点がいく。錬金術師ならここの蔵書に興味を持って当たり前だ。
「分かりました、それではこちらへどうぞ。許可を頂きましょう。」
その瞬間少女の浮かべた嬉しそうな笑顔が、何とも眩しく感じた。
「王子。」
少女を伴ってロイ王子の元へ戻る。面倒な閲覧許可を取るよりも王子に許可をもらった方が早くて確実だ。
連れて来られたのが王子の所だったのに気付き、エドワードは慌てて会釈をした。
「そう言えばお名前を聞いていませんでしたね。こちらが皇太子のロイ王子。ボクはアルフォンスです。」
「不作法を致しました。私は、あの。エディ・ホークアイと申します。」
冷や汗を書きつつ、引き攣った笑顔を浮かべるエドワード。
本名を隠すためとっさに出たのは、幼い頃の愛称と義母の旧姓だった。義母さん、ごめん。
「彼女がここの図書館を拝見したいそうです、許可を頂けますか。」
「ほう、珍しいな。城に来て本が見たいと?」
「彼女も錬金術師だそうです。」
「成る程、それならパーティよりここの図書館を見たくなるのも分かる。王立図書館にもない蔵書の山だからな。」
「彼女もって、あの…。」
その言葉に引っかかりを覚えて、隣の青年を見上げる。気付いた青年がエドワードを見て微笑んだ。
それに何故かドキリとしてしまい、内心慌てるエドワード。
「ボクも錬金術師なんですよ。」
「ついでに言うなら国家錬金術師だ。しかも国でもトップクラスの。」
「それをいうなら王子もでしょう。」
「私の肩書きはこの国の王子で後継者だ。錬金術はあくまで帝王学のひとつとして覚えただけだぞ。」
「それに一時期のめり込んで、国家資格まで取ったのはどなたですか。」
続いていく二人の会話をぼんやりと聞くエドワード。アルフォンスと名乗った青年が国家錬金術師だったなんて。
国家錬金術師は相当にハイレベルの知識と錬成が必要とされる。そのための筆記試験と実技試験はかなり厳しいらしい。
合格者は数年に一人程度しかいないと聞いている。
エドワードも受けたいと思っていたのだが、それは家族に反対されていた。
国家錬金術師になると、その身は軍属となる。
この平和な国では軍属といっても戦争に駆り出される恐れもないし、近衛隊や警備隊にも女性はたくさんいるのだが。
それでも家族は揃って受験に反対していた。試験を受ければ合格間違いなしと言われているエドワードだけに。
それを押し切ってまで受けようとはエドワードも思っていなかった。別にどうしても資格が欲しいわけではないのだし。
ただ国家錬金術師になると、この城の蔵書を見るのも自由だと聞いている。それが羨ましかったけれど。
目の前の二人はその国家錬金術師なのだという。では錬金術の腕前は相当なのだろう。
色々と話もして見たかったけど、今は時間もないし。何より今日の目的は図書館なのだから。
「まあ、閲覧許可は構わんが。大体あそこは君の管轄だろう。私に許可など願わなくとも連れて行けば良いだろうに。」
「普段管轄しているのはボクですが、最終的な許可の裁断は王子の役目です。私に勝手に閲覧させるような権限はありません。」
「まったく、そういう真面目な所も君の魅力ではあるが、度を過ぎるとモテなくなるぞ。」
「それこそ望む所ですね。」
「その態度は可愛くないな。」
「王子に可愛いと思って頂かなくても結構ですから。」
面白くなさそうに頬杖をつく王子に会釈をして、近くにいた同僚に後を頼むとアルフォンスはエドワードに向き直った。
「それではエディさん。ご案内致します。」
「う、わぁー…。」
連れて来られた大きな扉を開けると、そこにあったのは高い天井のギリギリまでびっしりと詰められた本の棚。
見たこともないような沢山の本に、エドワードは感激した。凄い、これは噂以上だ。
「錬金術に関する本はその左側の一角全てです。どうぞ好きに読んで下さって構いませんよ。」
「これ全部が錬金術書!?なあ、ここに禁書もあるのか!?」
思わずアルフォンスの胸元を掴んで言ってしまってから、エドワードはハッと気付いて口元を抑えた。
しまった、興奮して普段の言葉使いが出てしまった。
アルフォンスはそんな彼女を見て一瞬きょとんとしたが、次の瞬間噴き出してしまった。
「な、何だよ、笑うなよっ!」
「アハハ、ごめんなさい。もしかしてそっちが地なんですか?今まで必死に隠していたとか?」
「悪かったな、どうせ俺は女らしい言葉使いなんて出来ねえし似合わねえよ!」
「似合ってたとは思いますが…、でもそうですね。今の方が貴女らしい気がしますよ。」
まだ少し笑いながら優しい目で見られて、エドワードはドキッとした。
嫌みとかではなく、彼が本心からそう言ってくれているのが分かったから。
「どうせだからボクも地で話そうかな。良い?」
「お、おう。もちろんだ。」
にっこりと微笑むアルフォンスにエドワードはホッとした。
何だかこいつ、話も分かるし良いヤツだな。
初めて会ったとは思えない程、傍にいて違和感がない。こんな感じは今までなかった。
「エディさんは禁書が読みたいの?それならこの一番奥だけど。」
「…読んでも良いのか?」
禁書というからには、簡単には読ませてはもらえないと思っていたんだけど。
「禁書の殆どは権力者や王族批判をしている書物だよ。でもその時代の風俗を良く知る為には有効な書物だから保管されている。
錬金術に関する事なら、ここの棚から見るのが一番良い。」
「ここの管轄はアルフォンスさんがやってるんだよな?もしかして全部読んでるのか?」
「一通りは目を通してるよ。ああ、良かったらボクの事はアルフォンスと呼んでくれる?」
「アルフォンス、か。じゃあ俺の事もエドワードって呼んでくれよ。エディってのは子供の頃の愛称でさ。」
「エドワードね。分かった、そうさせてもらうよ。」
それから暫くの間、二人は本を読みつつ意見を交換しあった。
エドワードはアルフォンスの持つ知識に驚いていた。流石国家錬金術、というより彼が特別なのか。
ここの書物は全て目を通していると言うだけあって、エドワードの疑問に淀みなく答える。
打てば響くような会話が楽しい。こんなに話が通じるなんて、いっそ小気味よくて心地良い。
一方のアルフォンスもエドワードのレベルの高さに驚いていた。
本を読んでいる時の集中力。質問される内容は鋭く、それを理解し吸収する能力の高さ。
はっきりいって、ここまでのレベルの術師には今まで会った事がない。交友のある他の国家錬金術師達よりずば抜けている。
彼女と一緒に研究が出来たら。きっと日々が楽しいだろう。
初対面の女性を相手に、そう思ってしまった自分に驚いた。
今までどんな人と話しても、一緒に研究が出来たら、何て思った事はない。それなのに…。
誰にも抱いた事のない感情に、アルフォンスは少し戸惑いながらも。
それでもこの楽しい時間に集中したくて、目の前の少女と向き合った。