きらきらU
「うー、よく寝たぁ…。」
ベッドの上で思いっきり伸びをするエドワード。
眠ってくるというのはウィンリィとアルを話させる為の口実だったのだが、実際部屋に戻ると思わず眠ってしまった。
普段は暇だが、軍からの依頼は時々しかない代わりに面倒な物が多く、徹夜もしばしばだ。
きのうも寝たのは明け方近くだったし、睡眠不足ではあったんだろう。
実際眠ったのは1時間程度だったのに、熟睡したのか頭が妙にスッキリしていた。
もうウィンリィは帰ったかな。何か分かっただろうか。
といていた髪を括り直しながら階段を下りて居間に入る。そこにいたのはアルフォンスだけだった。
一人ソファに座って、ぼんやりと空を眺めている。
「アル?」
不思議に思って声をかけると、アルフォンスの体がビクリと跳ねた。
「に、兄さん!もう起きたの?」
「もうって、昼寝だし。1時間も寝れば充分だろ。」
慌てながらこちらを振り向いたその顔は心なしか赤い。その膝に置かれているのはー。
「それ、俺のカーディガン?」
部屋にないと思っていたら、ここに置き忘れてたのか。
「え…っと、そうだよ。兄さんったらまたそんな薄着して。この所寒いんだから風邪ひいちゃうよ。」
アルフォンスは手にしていたカーディガンを兄に突っ返した。顔を見られないように少し伏せる。
先程までそのカーディガンを抱き締めていたなんて、兄が気付くはずもないけれど。
その事を思い出すだけでむしょうに恥ずかしい。…兄さんに見られなくて良かった。
妹の様子に少々訝しげな顔をしながらも肌寒いのは確かだったので、エドワードは受け取ったカーディガンを着込んだ。
それがほんのりと温かい気がする。もしかして、アルの膝の上で温まったのだろうか。
思わずニヤニヤしてしまったエドワードを見て、アルフォンスが怪訝そうに兄を見る。
「兄さん、何をそんなにニヤニヤしてるのさ。はっきり言って、凄く不気味だよ?」
「不気味ってお前な。ただカーディガンが暖かいな〜って思ってただけだよ。」
そう言った途端、やっぱり寒かったんじゃない!と怒り出した妹を宥めつつ。
後でウィンリィに詳しい事を聞かないとな、と思うエドワードだった。
翌日ウィンリィにきのうの首尾を聞きに行くと、あっさりと分からなかったと言われた。
同じ女だし、ずっと俺と一緒にアルを見てきたウィンリィなら分かるかと思ってたんだけどな。
それともアルが変わったと思ったのが俺の気のせいなのか。
そう言ったらウィンリィのやつが俺の顔をじーーーっと見て、それから盛大な溜息をついた。
「なに人の顔見てでっけー溜息ついてんだよ。」
俺の不満そうな声に、ウィンリィが顔だけ上げる。その顔は見事に不機嫌そうだった。
訳が分からないエドワードを見ながら、ウィンリィがもう一度今度は小さな溜息をついて。何でもな〜い、と身を翻す。
その意味深な態度の意味に、女性の機微に疎いエドワードが気付く事はなかった。
それから数日後の話。
その日、エドワードとアルフォンスは久しぶりに二人揃ってセントラルに来ていた。
もうすぐ体を取り戻してリゼンブールで暮らすようになってから、初めての冬を迎える。
衣服やら何やら買い揃えないといけない物もあったので、二人は手っ取り早くセントラルに出てきたのだ。
いちいち取り寄せるより、この方がよっぽど手間が掛からない。何よりついでに本屋で新しい本を調達出来る。
だが実際、エドワードはそんな現実的な事よりもまったく別の事で喜んでいた。
アルフォンスと二人で、セントラルの町中を歩く。
冬用の毛布やシーツ、生地の厚いカーテン。柔らかな起毛の室内履。
そんな生活に必要な物を二人で見て買い求める姿は、端から見ればカップルか新婚さんにしか見えなかったのだろう。
先程立ち寄った店で荷物を受け取る時、「あの可愛いお連れさんは奥さんかい?羨ましいねぇ、この色男!」と背中を叩かれた。
その時アルは代金を払う為に奥にいたのでどうやら聞こえなかったようだが、聞こえていたら一騒動だったろう。
遠慮なしに叩かれた背中は痛かったけど、言われた事が物凄く嬉しかったので思わずへらっと笑ってしまった。
俺とアルが並んで歩いても兄妹にしか見えないと思ってたんだけど。髪とか目の色同じだし。
でもそうかー、新婚さんに見えたりするんだな。アルが奥さんだって。なんだそれ、嬉しすぎる。
それがその後の事件の原因のひとつでもあったのだろう。
そんな風にご機嫌でなければ、エドワードの「彼女」への態度も、もっと違ったものになったのだろうから。
「あら、エドじゃないの。」
声をかけられて、エドワードは振り向いた。そこにいた女性に気付いて目を丸くする。
「アネット、何であんたがここにいるんだ?」
長い黒髪と、きりりと引き締まった口元が印象的な女性。彼女の事をエドワードは知っていた。
だがこのセントラルで会うなんて。彼女は東方司令部近くに住んでいるはずなのに。
「ちょっと野暮用があったのよ。夕方の列車で帰る所。それよりあんたは?軍属は辞めたって聞いたわよ。」
「一応国家錬金術師の資格は返したよ。まだ軍の仕事は手伝ってるけど。」
「ああ、マスタング大佐…じゃなくて今は准将だったわね。彼と仲良かったもんね、あんた。」
だから個人的に手伝ってるんでしょ。と言われてエドワードが情けない程顔を歪ませる。
「止めてくれ。冗談にしても笑えねー…。」
心底嫌そうな顔をするエドワード。それを見てアネットが声をたてて笑った。
「相変わらずあんた達って面白いわねぇ!お互い凄く気にかけてるくせに、何かと反発するんだから。」
これじゃ、相性が良いんだか悪いんだか全然分からないわ。と楽しそうに笑う女性に、エドワードは憮然とした。
「相性なんて気味悪ぃもん、最悪に決まってるだろ。水と油、っていうか炎か?所謂相剋ってやつだな。
なあ、お前だってそう思うだろア…ル…?」
同意が欲しくて振り向くと、見た事のない表情でアネットを見ているアルフォンスの姿。
「…ボクは准将と兄さんが仲が悪いとは思わないよ。むしろ仲が良すぎて反発してるのかと思ってた。
それよりこちらの…、アネットさんを紹介してくれない?ボク、お会いするの初めてなんだけど。」
アルフォンスはにっこりと微笑んだ。だけどその笑顔の後ろに冷気が漂っている気がするのは…。
なんだ?なんでこいつ急に機嫌が悪くなったんだ?初対面の相手の前で、こんな態度するやつじゃないのに。
女心というか恋心というか。自分だってアルフォンスに恋しているくせに、その辺の理解がまったくない駄目兄貴。
内心訝しげに、それでもアルフォンスの言葉に従う。
「そっか、アネットの店に行くときは仕事絡みだけだったし、アルは行った事なかったかもな。
アネットは軍御用達の高級会員制クラブのママなんだよ。アネット、こいつは俺の妹のアルフォンスだ。」
「初めましてアルフォンスさん。でも妹?私、エドには弟がいるって聞いてたような気がするわ。」
「聞き違いだろ。俺の兄妹はこいつだけだ。」
鎧の弟の存在が「鋼の錬金術師」の名と共に広く知れ渡ったのは失敗だった。内心冷や冷やしながらエドワードは誤魔化す。
「初めましてアネットさん。兄がお世話になったみたいですみません。」
子供が高級クラブにだなんて、ご迷惑だったでしょう?
ちょっとだけ小首を傾げる愛らしい姿に、アネットが微笑んだ。
「そんな事ないわよ。むしろみんなに可愛がられてたし、うちの子達もおっさん相手より楽しそうだったわ。」
「…そうですか。」
その時、すっと変わったアルフォンスの表情にアネットはあら、と思った。
でもそれも一瞬の事で、アルフォンスは再びにっこりと笑う。
「兄さん、せっかくだからアネットさんとお茶でもしてゆっくりお話したら?ボク、その間に済ませときたい用事もあるし。」
「え、何言ってんだ。用事だったら俺も行くし。」
突然のアルフォンスの言葉に慌てるエドワード。折角のデート(?)なのに、なんでアルと離れなきゃいけないんだ。
「兄さんには付いてきて欲しくないんだけど。あそこのオープンカフェなんて良いんじゃない?」
「勝手に話を進めるな。なんで俺に付いてきて欲しくないんだよ。どこに一人で行く気だ、俺も行くぞ。」
「どうしてもって言うなら止めないけど、ランジェリーショップだよ。本当に付いてくる気?」
「…待たせて頂きます。」
がっくりと頭垂れながらエドワードは答えた。いくら何でも一緒に入るのは躊躇われる。入り口で待つのも辛い場所だ。
「それじゃアネットさん、よろしければ兄をお願いします。」
「私は構わないけど。」
「アル、すぐに済ませて来いよ。俺待ってるからな。」
「あー、はいはい。じゃあちゃんとカフェにいてね。」
軽く手を振って駆けだしていく妹の後ろ姿を、未練がましく見送るエドワード。
そんな明らかに落胆した様子のエドワードと、先程のアルフォンスの表情を思い返してアネットは頬に手を当てた。
「あんた達、本当に兄妹?」
どうにもそれだけではない雰囲気を漂わせてるように思うのは、私の気のせいではないはずだ。
そんなニュアンスを滲ませながら尋ねると、エドワードが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「兄妹だよ、何疑ってるんだ。」
「疑ってるっていうか。少なくともあんたにとっては、妹ってだけじゃないんじゃないの。」
アネットの言葉はすでに確信した者の台詞だった。どうして女ってこう感が鋭いんだ。
否定も肯定も出来ずに小さな溜息をついたエドワードを見て、アネットは苦笑いした。
この青年は変に素直な所がある。嘘が下手なだけともいうが。これでよくあの聡明そうな妹に、気持ちを気付かせずにいられたものだ。
だからこそ気持ちが擦れ違っているのだろうが。
「あんたがあの娘を好きなら、私とのんびりお茶してる場合じゃないかもよ?」
「何だよそれ、どーいう意味だ。」
「どういう意味ってねぇ。もしかしたら彼女、今頃泣いてるかもって事よ。」
「なっ!どうしてアルが泣くんだ!」
「んー、多分大事な兄が自分の知らない内に知らない女と知り合いになってたから?」
あの時、一瞬だけ見せたアルフォンスの顔。あれはまさしく「女」の顔だった。
エドワードに親しげに近づく女に対する警戒。そして嫉妬。
それが単に「大好きなお兄ちゃん」へ向けた想いかどうかくらいは分かる。伊達に場数を踏んじゃいない。
アネットの台詞に、エドワードがポカンとした顔になった。
「…それだとまるで、アルがヤキモチ妬いてるみたいじゃないか。」
「と、私は思ったんだけどね。」
まあ推測だし。余計なお世話かもしれないんだけど。
でもねぇ、あんな可愛い子が泣いてたり落ち込んでるかも、なんて思うのは気分が悪い。
「そういう訳だし、今日はお茶はやめときましょう、エド。」
今度会ったら一杯奢って頂戴、そう言うとエドワードは無言で大きく頷いて走り去ってしまった。
それにしてもあの小さかった子があんなに大きく成長した事だけでもビックリだったのに。
今度は恋愛沙汰とくるんだから。月日の経つのも早いものだ。
次に会えたら、今日の続きをたくさん聞かせてもらいましょ。
アネットは上機嫌になって、一人でゆっくりするべくカフェへと向かった。