きらきら
「何かこのところ、アルが変わってきた気がする。」
機械鎧のメンテナンス中、妙に真面目な顔で呟いた幼なじみを振り返る。
体を取り戻してリゼンプールに戻ってきた幼なじみ二人は、以前の殺伐とした旅が嘘のように穏やかに暮らしていた。
時々軍関係の仕事を頼まれたりはしているようだが、のんびりと田舎暮らしを満喫している。
そして時間を持て余し気味のエドワードの考える事といったら。
主に体を取り戻した時女性になってしまった、元弟であるアルフォンスのこととかアルフォンスのこととか。
まあ常にアルフォンスのことで占められていた。
「変わってきたって、私は特に気付かなかったけど。具体的にどんな感じに?」
「具体的にって言われてもなぁ、俺にも分かんないんだけど。えーと、可愛くなったっていうか…ってそれは元からだな。
綺麗になった…っていった方がいいのか?いやだからアルは元々綺麗だし。」
自分の台詞に自分で突っ込むエドワード。その姿は滑稽というよりもはや呆れる他ない。
「あんたねぇ…、いくら私の前だからって、そこまで堂々と妹可愛いとかって言ってんじゃないわよ。このシスコン男。」
ウィンリィの言葉にエドワードは憮然とする。
「今更お前の前で取り繕ってどうするよ。俺のアルへの気持ちだってばれてるのに。」
「変に正直なのも対応に困るわよね…。」
ちったー隠せ、妹を好きな事とか。こっちは敢えてズバリそのものは聞いてないし言ってないのに。
これもある意味信頼の証なんだろうけど、家族同然だからこそ話せる事なんだろうけど。
私ばっかりこいつのアル狂話聞かされるのもね、どうしたらいいんだか。
ああ、リザさん。ついでにロイさん、お元気ですか。今会えたら話したいことがいっぱいあるんです…。
一瞬脳内がセントラルへと向かってしまったウィンリィを、兄の声が引き戻した。
「話を戻すけどさ、とにかく最近アルの感じが変わった気がするんだよ。」
「感じねぇ。あ、そういえばこの所、買っても仕舞いっぱなしだったワンピースとかスカート着るようになったじゃない。
そのせいじゃないの?着るものでイメージなんてガラッと変わるものよ。」
「それもあるとは思うんだけど、違うんだよなあ。何て言うの、キラキラしてるっていうか、光ってるっていうか。」
「…あんた本当に天才?ボキャブラリー少なすぎ。もうちょっと女の子への褒め言葉勉強しなさい。」
「こんな事に天才とか関係あるか!とにかく、そういう感じなんだよ!」
叫く兄を横目にウィンリィは考える。光ってるねぇ…、確かにアルは女の私の目から見ても眩しいくらいに可愛いけど。
最近急に変わったというのがイマイチ分からない。
「だったらメンテも終わった事だし、あんたんちに行きましょ。世間話でもしてるうちに気付く事もあるかもだし。」
「お前そんな事言って、アルの煎れたお茶とかお菓子が食いたいだけだろ。」
「うるさいわね。アルの変化の理由知りたくないの?私は別に良いのよ、気にしてるのはあんたなんだし。」
「すみませんウィンリィさん。よろしくお願いします。」
まったく、こういう時だけ下手に出るんだから。分かり易いにも程がある、この兄貴。
そう思いながら手元の道具を手早く片付けるウィンリィだった。
「あれ、もうメンテナンス終わったの?」
ただいまー、と言いながら居間に入ってきた二人に気づき、アルフォンスがキッチンから顔を覗かせる。
「うん、もうこれ以上ないってくらいに完璧にね!」
ウィンクしてにっこり笑う幼馴染みに、アルフォンスも笑顔で答える。
「ちょうど良かった。お茶でもしようと思って仕度してた所だったんだよ。ちょっと待っててね。」
一言おいてキッチンに戻ったアルフォンスが、バスケットとお茶のセットを抱えて戻ってくる。
それを見てエドワードが立ち上がると重そうなティーセットを受け取った。
バスケットに入っていたのはほんわりと湯気のたつ、美味しそうなラズベリー入りのスコーン。
「うわぁ美味しそう!もしかして焼きたて?」
「ついさっきね。持っていこうと思ってバスケットに詰めてた所だったんだ。
ウィンリィ、兄さんのメンテナンスお疲れさま。いつもありがとう。」
微笑みながらそんな事を言う幼馴染みをウィンリィはじっと見詰め、次の瞬間ガバッと立ち上がって抱き締めた。
「ほんと、アルって何て可愛いのかしら!当の本人からはそんな言葉聞いた事もないってのに!」
「なんだよ、俺だって感謝ならしてるぞ。口には出さないだけで。」
「あんたね。私はエスパーじゃないんだから、エドの心の中なんて読めないのよ。感謝ってのはたまには口に出さなきゃ。」
「口には出してないけど形にはしてるだろ。誰だよ、つい最近人に電動グラインダー強請って買わせたのは。」
「そんなこともあったわねぇ。またあのグラインダーが高いだけあって、削り具合が最高なのよねー。」
「あ、あのウィンリィ…。どうでもいいけどそろそろ離して…。」
真っ赤な顔でウィンリィの胸の辺りから訴えるアルフォンスを、渋々離す。
やっと解放されたアルフォンスは、赤いというより熱くなってしまった顔をパタパタと手で扇いだ。
いくら体が女の子になってしまったとはいえ、意識はそうはいかない。
柔らかくて良い匂いのする体に抱き締められるのは、ちょっと嬉しいような気もするけど。複雑だ。
深く考えると落ち込みそうになる考えを無理矢理はね飛ばして、そろそろ良い頃合いの紅茶をカップに注いだ。
「俺、部屋に戻るから。」
スコーンと紅茶を食べ尽くしたエドワードがソファから立ち上がる。
「兄さん?どうかしたの?」
不思議そうに見上げてくるアルフォンス。エドワードは妹の顔を首だけで振り返った。
「ちょっと眠くってさ。夕飯まで一眠りしてくる。」
スコーン旨かった、明日の朝の分もある?と聞いて来る兄に、アルフォンスは顔を僅かに顰めながら答えた。
「朝食用のはセサミ入りだよ。それよりもしかしてきのう遅かったの?」
「そんなには遅くなってない。眠りが浅かったのかもな。」
「嘘ばっかり!仕事が大変な時はボクも起こしてって言っただろ!」
「あー、分かった分かった、次からな。」
じゃあ、おやすみーとヒラヒラと手を振りながら、二階へと行ってしまうエドワード。
部屋から出る瞬間、チラッと目配せされた意味をウィンリィは気付いていた。
どうやらアルと女同士二人っきりにさせて、アルが変わってきた訳を調べろという事らしい。
こういう時は気が回るのね、と呆れる他ない。アルが関わる時だけというか。
そして改めてアルフォンスを見てみると、彼女が小さく溜息をついた所だった。
「アル?どうしたの、溜息なんてついちゃって。」
するとアルフォンスはちょっと苦笑いしながら、どうしようもないよね、と呟いた。
「前から軍関係の仕事は、最後の纏め以外はボクも手伝ってたんだよ。だけど本当に大変な事は手伝わせてくれないんだ。
いつも自分でやるって夜更かししてさ。ここ最近の仕事も、ボク、ほんの少ししか手伝ってない。」
きっと大変なはずなのに、もっとボクも手伝いたいのに。ボク、そんなに頼りないかな。
少しションボリしてしまったアルフォンスに、ウィンリィは慌てた。
「仕方ないわよ、アルが頼りになるならないじゃなくて、それがエドの性分なんだからさ。
今はアルだって体取り戻してそんなに経ってないんだし。無茶はさせたくないんでしょ。
それにアルも以前とは違う女の子の体、まだ馴染んでないんだから。男の体とは体力だって違うのよ。」
「ウィンリィ…。それはわかってるんだけど。」
「ううん、アルは理屈は分かってても理解して納得はしてないと思う。それが当然だわ。」
そういう事は、きっといつか自然と理解出来る日がくる。それまでは。
「エドがアルの事心配して気遣うのは当然なんだから。アルのこと、ほんとに大切にしてるしさ。甘えとけば良いのよ。」
そこまで言ってしまってから、自分の言葉にハッとした。
う、しまった。兄妹なんだから大切とか当たり前だけど、ちょっと言い過ぎたか。
「ほ、ほら!エドって長男気質だからさ!俺様に任せとけ、みたいな所があるから!何でも抱えないと気が済まないのよ。」
何故か慌てているウィンリィを少し不思議そうに見て、アルフォンスはそうなんだよね、と相づちを打った。
「昔から、旅をしてた頃なんてもっとだったよ。背負い込み過ぎって言うかさ。」
「そうそう、溜め込みすぎっていうか。まあ、人任せにしないって所は長所といえなくもないかもね。」
「裏返せば長所かぁ。」
ふう、とアルフォンスが小さく息を吐き出してウィンリィを見ると微笑んだ。
「結局、兄さんって凄く懐の大きい人なんだと思うよ。自分よりも弱い者とか放っておけないし。
何だかんだ言っても面倒見良いし。ほんとはボクよりも動物とか子供とか好きだしさ。」
ふふっとアルフォンスが笑う。その笑顔は本当に嬉しそうだった。
「強くて強くて、それが心配になっちゃうけどね。もっと弱い所だって見せてくれて良いのにって思う。
だけどこの頃は時々、情けないなって言いながら本音も言ってくれるんだよ。少しずつこうやって変わっていくのかもね。」
にこにこと話すアルフォンスを思わずじっと見てしまう。
「アル…。あんた気付いてないの?」
「気付いてって、何を?」
くりくりと大きな目、キョトンと首を傾げるその姿。
元が男の子だったとはとても思わないほど可愛らしい。もういっそ罪作りなほどに。
こんなに可愛いのに、兄しか目に入ってないんだから。世の男共の嘆き悲しむ姿が目に浮かぶようだわ。
ハアと一度、これ見よがしに大きな溜息をついてみる。それにもアルは不思議そうにするばかりだ。
ああ、この子ったら。ほんとに自覚がないのよねぇ…。
「…さっきのあんたの台詞。端から聞いてると惚気以外の何物でもないわよ。」
惚気って…、とぽつりと呟くアルフォンス。やがてじわじわと言われた言葉の意味が分かったのか、少しずつ首筋から赤くなる。
「惚気って、ウィンリィ別にボクは…!」
最後に顔まで真っ赤になって叫ぶアルフォンスに、ウィンリィはヒラヒラと手を振った。
「そうよねー。アルにはそれが惚気だなんて気はなかったのよねー。それくらい本音なんだもんねー。」
真っ赤になるアルフォンスが可愛くて、ついからかうように言ってしまう。
案の定アルフォンスはこれ以上ないというくらいに真っ赤になって、口をパクパクしている。
何か言い返したいけど、何を言っていいのか分からないという感じだ。
そんなアルフォンスを見ていて分かった。エドワードが言っていた「アルが変わった」ってのはアレだ。
恋する女は綺麗だって、誰が言ったんだっけ?
何だ要するに私ったら、バカップルの惚気に一日付き合っただけだったりして。いやだ、自覚したくないそんなの。
まあ、この際アルは良い。こんなに可愛い姿を見れたわけだし。
むかつくのはあの馬鹿だわね。アルにこんなに想われちゃってさ。
大体なんでアルはあんな妹馬鹿が良いんだか。…あ、妹馬鹿だから良いのか。
それにしたって世の中良い男はたくさんいるってのに。
あんまり腹が立つから、アルに誰か男の子紹介しちゃおうかなー。たまにはあの兄をヤキモキさせるのもいいわよね。
どうせアルがエド以外に目がいくこともないんだろうし。
二人の惚気に付き合わされたんだから、それくらいの嫌がらせは許されると思う。
ウィンリィがそんな決意を密かにした事を、兄はまだ知らない。
ウィンリィに散々からかわれたアルフォンスは、彼女が帰った後もソファでぼんやり考えていた。
「惚気だなんて、そんなつもりなかったのにな…。」
でも自分の言った言葉を思い返してみると…、うん、確かに惚気と取られても仕方なかったかもしれない。
それを思うとまた顔が赤くなっていくような気がして、アルフォンスは顔を手で仰いだ。
ウィンリィはどう思っただろう。ボクがブラコンってのはばれてると思うけど。
感の鋭い彼女の事だ。もしかしたらボクの兄さんへの気持ちにも気付いてしまったかもしれない。
まあそれでもウィンリィなら良いけれど。
ふと目をやると、ソファの上に置かれたままになっていたエドワードのカーディガンが目に入る。
それを手に取りそっと抱き締めた。仄かに兄の匂いがする気がして、安心出来る。
自分の気持ちに気付いたのはつい最近だ。慣れてないから隠し方も下手なんだろう。
今まで表情のない鎧の体で長い時間を過ごしてきたから。心に付随しての体の反応なんてコントロール出来ない。
きっとさっきのボクは、どうしようもないくらいに真っ赤だったのだろう。
今日ウィンリィが気付かなかったとしても、こんな調子ではいつかは知れてしまう。
だったら兄に気付かれてしまうのも時間の問題なのか。
どうしよう、これからどう接したら良いのかな。
彼女と、そして兄さんと。
そろそろ取りかからなくてはいけない夕食の仕度よりも、アルフォンスの頭はその事ばかりに囚われていた。
8万打のキリバンリクエスト作品です。ご申告は由紀野梨杏さん。
リク内容は
兄妹でアルが急に可愛くなって焦る兄さん
兄さんが大好きで誰かに自慢してるアル
やっぱり最後はラブラブ
でした。
アルの自慢は=惚気だと思うので、被害者にはウィンリィになってもらいました。(笑)
兄妹が惚気る相手って、ウィンか大佐くらいだと思うので。
「最後はラブラブ」というリクが書けてません;潜在的にはラブラブだけど;;
これ、そのうちリベンジというか続き書きたいです。
由紀野さん、せっかくキリバン踏んで下さったのに、リク通りじゃなくて申し訳ありません;
それでもよろしければ、どうぞお受け取り下さいませ!!
※11/14 続きアップしました