目隠しの森 三







「どうして…?どうして今頃なの?なんで今さら現れるのよ?あなた達彼を本気で捜してたの!?」
「な…っ、探したに決まってるだろっ!何でそんな事言うんだ!!」

あまりの言葉に、良守は敬語も忘れて怒鳴り返す。それにも怯まず清香は更に良守を詰った。

「嘘よ、彼が保護された時、警察にだって届けたのよ。だけど該当するような捜索願は出てなかった。だから身元も分からなかったのよ。本気で探してたなら、まず警察に届けるでしょう?そんな事もしてないなんて、彼の事なんてどうでも良かったんじゃないの!?」
「どうでも良いはずないだろう!?俺達がどれだけ兄貴を捜したか、どんな思いでこの4年を過ごしたか、あんたに解って堪るかっ!!」
「じゃあどうして捜索願を出してないのよ!」
「…っ、それは…!」

確かに警察には届けていない。だがそれは、兄が消えたのが烏森の力の消失と共にだったからだ。あの特殊な土地の事など一般人には説明出来るはずもない。
言い淀む良守に、清香は言い募った。その目から涙が一筋流れていく。

「記憶を失った彼が、この4年をどんな風に過ごしたと思う?どれだけ苦労してきたと思う?院長先生が後見人になってくれたとはいえ、大検を取って奨学金を受けながら専門学校に通って資格を取って…、それが記憶のない彼にとってどれだけ大変な事だったか。思い出せない事に悩んで苦しんで、でも今の自分を受け入れて、ようやく落ち着いて暮らせるようになったのよ。それなのにどうして今なの?どうしてもっと早く彼を見つけてくれなかったの?」

涙を零しながら訴える清香に、良守は何も言えず言葉を詰まらせた。自分の事を知る者が誰もいない土地で記憶を失った人間が生きていく。それがどれほど大変かだなんて、想像してもしきれない。
途方に暮れる良守を苦しげに見ながら、清香はぐっと拳を握り締めた。

「…私達、もうすぐ結婚するの。」

ドクリ、と良守の心臓が大きく波打った。言われた言葉を脳が理解できない。いや、だた理解したくなかったのかもしれない。
結婚って誰が。この人と…、あにき、が?

「今ごろになって彼の心を乱さないで。幸せに暮らしてるんだから、そっとしておいて欲しいのよ。」
「そんな…。」

知らず唾を飲み込み、震えそうになる体を手で押さえる。心を乱すって、そっとしておけって、俺が兄貴の幸せを邪魔するって事か?

ああでも、と良守は心の何処かで納得していた。確かに俺はいつだって兄の幸せを壊し続けてきた。優秀な兄を差し置いて方印を持って生まれ、生まれた家から居場所を奪って。その事で恨まれてはいなかったけど、でも兄を傷付けただろう事実は変わらない。挙げ句の果てに兄は自分を庇ってあんな事になった。ようやく見つけたと思ったら更に記憶喪失だって?

どこまで兄貴を不幸にするんだ、自分という存在はー。

ならば今、兄が幸せだというならば。術者とか、間流とかそんなのも何も知らない、極普通の生活を送る方が。
ーもう俺なんかと関わらない方が幸せなのかもしれない。



愕然と項垂れる良守から清香は目を逸らした。重苦しい沈黙が二人の間に流れる。
やがてとっぷりと日も暮れた頃、玄関がガチャリと音を立てた。

「ただいま。遅くなってごめん。」

慌ただしく靴を脱ぎ部屋に入ってきた善信は、その場に流れる微妙な空気に気付き眉を顰めた。

「何かあった?二人とも様子が変だけど。」

その言葉に、目に見えて良守がビクリと肩を震わせる。一度だけ目を閉じると、意を決したように顔を上げた。

「すみません。俺の勘違いでした。」

良守のいきなりの言葉にえ、と驚く善信を辛そうに見上げ、それから良守はキュッと唇を噛み締め目線を逸らした。

「…あなたが兄によく似てたから、咄嗟に思いこんだんです。落ち着いてみたら違ってました。お騒がせして本当にすみません。失礼します!」

一気にそう言うと良守は荷物を掴んで立ち上がり、二人に向かってお辞儀をすると玄関を飛び出して行ってしまった。

「清香さん…。一体どういう事なのかな?」

あまりの事に呆然とする善信に、清香は息を吸い込み呼吸を整えてから答える。

「さっき彼が言った通りよ。二人で話してる内に、あなたはお兄さんじゃないって気付いたみたい。」

僅かに目線を逸らしながら言う清香の複雑そうな表情に、混乱していた善信は気付かない。

「そ、うだったんだ…。違ったのか…。」

良守の消えた玄関を見ながら残念そうに呟く善信を、清香は痛ましげな目で見ていた。







2008.5.9



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