兄とボクの長年の願い。長い旅の末取り戻す事が出来たボク達の体。

それから半年が過ぎて、嫌でも気付かざるを得なかったボクの変化。

未だ誰にも、兄さんにも言えずにいるその秘密。本当はボク一人で抱えるには重すぎて。

時々苦しくて泣き叫んでしまいたくなるけれど。



ねえ、それでもボクは今幸せなんだ。

半年前、この体を取り戻して。泣きながら抱き締めてくれたあなたの体温を感じる事が出来た。

あの瞬間の為だけに、あの一瞬の為だけに。還ってきたのだと思えるくらいに幸せだったから。

今過ごすこの時間は、その幸せが少しだけ延びたのだと思っても、それで納得出来る程に幸せだったから。

だからきっとこの後の時間を。…気が遠くなる程長い年月を、一人で過ごす事になるのだとしても。

ボクに悔いはないのだと。あなたが取り戻してくれたこの体を、疎ましく思う日だけは来ないと、胸を張って言えるよ。









悠久の流れ 永遠の孤独 U
















認めたくなかった事実を受け入れた時、ボクはこの村を離れる決意をした。

正確に言うと兄から離れる決意だろう。

ボクの身に起こった事を知れば、兄は自分を責める。苦しめて悲しませる。それだけは嫌だった。

それを知られてしまう前に何とかしなくてはいけない。

本当は誰もボクを知らない土地に行きたいのだけど。きっとそれは難しい。

突然一人で暮らすなんて言っても、兄さんが納得するとは思えない。

今のボクが一番不自然じゃなく兄さんから離れる口実。それは年齢から言っても進学だろう。

ただ単純に大学に行きたいと言っても、兄さんも一緒に暮らすと言い出すかもしれない。

それなら最初から全寮制の大学に入りたいと言えば良いんだ。

兄さんは大学進学には興味がないから、堅苦しい寮生活なんて望まないはずだ。

兄さんが心配しないように、ある程度知り合いもいてそれなりの設備を整えた大学がある所。それはセントラルを除いてはない。

進むべき道が決まったあと、ボクは早速実行する為に行動を開始した。













「アル、これは何だ。」

問われて振り向いた先にいたのは、見たことがないくらいに強張った表情をした兄の姿。

その手に握られていた一通の封書が目に入り、アルフォンスは目を見開いた。

封の開けられたその手紙は、紛れもなく自分宛の物だったはずだ。下の方に名前が印刷された茶封筒。

「兄さん!ボク宛の封書を勝手に開けたの!?」

焦りと怒りで頭の中がパニック状態だ。知らず兄に怒鳴っていた。

怒鳴られた兄はと言うと、一瞬だけ気まずそうに、だがすぐに憮然とした顔になる。

「最近お前の様子が変なのは気付いてた。何かあると思って、問い質そうとしていた矢先にこの手紙だ。」

厳しい目をした兄の顔を見れなくて、ボクは少し俯いた。

こうならないように、合否通知が届く予定のここ1週間は、ボク宛の郵便は配達されないようにしてもらっていたはずなのに。

何の手違いなのか、よりによってこの手紙が届けられてしまうなんて。


「セントラルの大学だって?しかも特待生扱いで学費や寮費の免除?お前、いつの間に試験を受けたんだ。」

特待生になるには、大学の入学試験とは別にそれなりの試験・審査がある。

「…兄さんが査定を受けに行った日。ボクも後からセントラル入りして、受けた。」

兄の査定は通常なら数日かかる。予め分かっていたその日程で試験を受けられる大学を探すのは簡単だった。

兄には合格してからちゃんと話すつもりでいたのに。

…いや、それは言い訳だ。どうせ兄は簡単には納得しない。それなら受ける段階で説得を始めた方が良かったはず。

そうしなかったのは兄を説得する自信がなかったからだ。


自分の身に起こっている変化には気付かれないように。その上で兄から離れようとしている事をー。

うまく誤魔化しながら話す自信が、ボクにはなかった。



「…オレに黙ってそんな事してたのか。」

長い沈黙の後、重い溜息をついて兄が呟いたそれは、先程とは違った声色になっていた。怒りではなく、悲しみの滲んだ声。

「大学に行きたいなら行けばいい。だけど全寮制の大学を選んだのはどうしてだ。」

兄の問いに答える事ができない。こんなに急に知られてしまうなんて想定外で、動揺を隠せないで立ち尽くすしかない。

俯いたままのボクに、兄が静かに問いかける。

「オレと、暮らすのは嫌だったか?」

その言葉に、ボクは弾かれたように顔を上げた。

「ち…がう、そんな風に思った事なんて一度もない…。」

呆然としながら小さく首を振るアルフォンス。

兄と暮らす事。一緒にいる事。それを誰よりも渇望していたのはボクなのに。

嫌だなんてどうしてそんな事。一瞬たりとも思えるだろうか。

「なら、どうしてわざわざ全寮制の学校を選んだ。」

兄の視線は真っ直ぐボクを射抜く。その鋭さに息さえ詰まってしまう。ボクは重くなる口をやっとの思いで開いた。

「ボクの体もだいぶ丈夫になってきたし、将来の事も考えないといけないだろ。

 そろそろボクも独り立ちしないといけないかなって思って。…そんなに深い意味はないんだ。」

「それならちゃんと相談するなり話してくれても良かっただろ。こんな急にオレに隠れて試験を受けるなんて。

 それで他意はなかったって、お前本当にそう言えるのか?」


兄の台詞にボクはグッと言葉を詰まらせた。それは正論で当たり前の疑問だ。

頭のまわる兄相手に誤魔化すのは至難の業だろう。

それともいっそ、さっきの兄の台詞に頷いていれば良かったのだろうか。

もう兄さんとは暮らしたくないと、一緒にいるのは嫌だと言っていれば…。

…そんな心にも無い事、言えそうにはない。いくら誤魔化す為だと言ってもボクには無理だ。

どうすればいいんだろう。どう言えば兄を傷つけず、納得してもらえるんだろう。





悲しませたくなくて離れる決意をしたのに。逆にこんなに悲しい顔をさせてしまうなんて。

ーどの道を選んでもボクらは結局、当たり前の幸せなんて掴めないのかもしれない。

























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