兄さんと想いをかわして一ヶ月

それまでの兄妹としての関係から、恋人としてのそれも加わった

家族としてではないキスもたくさんした



触れ合うだけのキス、優しいキス

それから熱い、熱いキス



でも、兄さんはそれ以上触れて来ない














揺れる世界






















夕ご飯も食べ終えお風呂に入り、後はくつろぐだけの穏やかな時間

兄はソファにドッカリと坐りながら、書類に目を通している

僕はそんな兄の目の前に、湯気の立つマグカップを置いてその横に座る

甘さを控えたココアは兄の好物だった



「サンキュ、アル」

兄は嬉しそうに笑って、僕の頬にキスをしてくれる

くすぐったくて嬉しくて、僕は声に出して笑った



自分の分だけ少し甘くしたココアをゆっくりと飲む

ホコホコと体の中から温まって、それだけで幸せ気分だ

隣で兄も書類を置いて、ココアを口につけていた

その肩にもたれ掛かると、ガッシリとした固くて温かい感触に安心する

自分とは違う。子供の頃とも違う。大人の男性になった兄



大事にされているのは知っている。柔らかく温かく、包み込むように

それは今までも、想いを交わし確かめ合い恋人同士になった今も変わらずに

だからこそ兄はきっと、キス以上は触れてこない



肩に凭れていた僕の頭に、コツンとした感触

兄の頭が軽くぶつかって離れていった

ちょっとだけ斜めに視線を動かすと、そこには優しく僕を見詰める兄の瞳があった

視線が絡んだ後自然に顔が近づいて、当たり前のようにキスをする

ココア味のキスは甘くて甘くて、少しだけほろ苦かった



上がった息を整えながら、兄の胸元に倒れかかると抱き締められた

いつものように力が抜ける。心の底から安堵出来る場所

その大切な人に本当の事を教えて欲しくて、僕は勇気を振り絞って声を出した



「…キスだけでいいの…?」

「アル…?」

戸惑ったように僕の名を呼ぶ兄に、今度はちゃんと聞いてみる


「兄さんとこうなって一ヶ月だよ。ずっと兄さんは優しくしてくれたけど。
 キス以上は僕に触れて来ないし、兄さん我慢してるんじゃないの…?」

「お前、そんな事気にしてたのか…?」

胸元でコクリと頷く僕の頭を、兄は苦笑しながら軽く叩いた



「まだアルは自分の体の事、全ては受け止めきってないだろう?
 アルの魂はずっと男として生きてきたんだから。
 そんな状態のアルを抱くつもりはないよ。体だけが欲しい訳じゃないしな」

思わず顔を上げた僕と正面から向き合って、僕の目を見ながら兄は言った

真摯な表情、真剣な眼差し。無理している訳ではなく、本心からの言葉



「無理しなくていい。アルが自然に受け止めれるようになるまで、俺は待てるから」

何だったらちゃんと弟に戻れてからでも良い、と言う兄を思わず凝視し、小さく息を吐いた

「…兄さんは僕に甘すぎるよ。もっと自分の願いとか我が儘とか僕に言ってよ」

「言ってるさ。アルを甘やかしたいってのが俺の我が儘だよ。
 大体アルだって、俺には充分甘いと思うぞ」

お互い様だ、と言って兄は背を撫でてくれる。その優しい感触に目頭が熱くなった

兄さんの優しさが嬉しかった。それでも、今の僕の望みは…ひとつなんだ



「僕なら…いいんだよ」

言葉が足りなかったかもしれない。でも兄は正確にその言葉の意味を理解したらしい



「だから無理するなって。…恐いんだろう?」

兄は気付いていた。僕の中にある僅かな怯え

女性の体で兄を受け入れる事への、未知なる経験への恐怖

だからこそ、キス以上は触れて来なかった。僕はそれを知っていた

だけどもういいんだ



「少しだけ、まだ恐いよ。恐いのを我慢してるんだ」

「だったら・・・」

躊躇う兄に首を振ってみせる



恐い気持ちはあるよ。女としての自分を全て受け止めきれない部分もある

それでも、そういう気持ちを無理矢理押し込めてでも

貴方に触れて欲しいと思うから



「だから、…焦らさないで」

言葉と共に、兄の首筋に抱き付く

これが今の僕の精一杯の誘い

兄は少しだけ体を強張らせたけど、すぐに強く抱き締めてくれた



目と目が合う。言葉にはせずに最後の確認

兄の眼差しだけの問い掛けに、僕は無言で頷く事で答えた



「アルフォンス…」

額に温かい口付けが落ちる

その優しい温もりに、何だか胸が切なくなって目を閉じた

そんな僕に兄はキスの雨を降らせる

目元、頬、最後に唇



唇を啄むように軽く触れた後、今度は深く口付けされた

答えるように唇を開けると、兄の舌が入り込んで、僕のそれと絡み合う



兄さんはいつも熱い。熱くて熱くてどうにかなってしまいそう



絡み合う舌は熱くて甘くて、体の芯が溶けてしまいそうになる

ここ一月で僕の弱い所を知った兄さんは、時々上顎を舐めたり下唇を噛んだりする

そうされる度に僕は、自然と震える体を押さえる事が出来ない



どうしてキスだけでこんなに気持ち良いんだろう

どうして触れているだけで、こんなに安らげるんだろう

それが兄さんだと感じるだけで、どうしてこんなに幸せになれるの

どうして貴方はこんなにも、僕の中で特別なの?


幸せすぎて目眩がする。世界がクラクラと揺れて廻転している


恐いという気持ちはあるよ。それを全て受け止めきれずに戸惑う僕もいるよ


だって今でさえこんなに貴方に夢中で、キスだけでこんな風になるのに

体を繋げてしまったら、僕はどうなってしまうんだろう


きっとトロトロに溶けてしまう

僕が兄さんでいっぱいになって、破裂してしまうかもしれない

僕が僕でなくなりそうで恐い



それでもいい。貴方が触れてくれるだけで感じる、これ以上ない幸せを

僕も貴方に感じて欲しい

僕も貴方と一緒に感じたい







兄の滑らかな唇の感触が首筋に伝わる

思わず吐息を零しながら、僕はその熱を受け止めた



二人で一緒に幸せになる為に


















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変化