いつだって願っていたのは

貴方の幸せ、ただそれだけでした







それでも貴方は今日を生きる















いつもと変わらない朝。変わらない目覚め。

当たり前の日常の始まりのはずなのに、やはりどこか違うとエドワードは感じた。



それは何の根拠もない、何故そう思うのかすら分からない感覚的なもの。

ここ数日感じていた違和感だった。



ザワザワと小さな波のような胸騒ぎがしていた。どうにも気分が悪い。

考え込んでいた所に、ドアを叩く音が響く。



「エド、起きてる?そろそろ朝ご飯食べるわよ。」

「分かった、今行く。」

返事をすると、ウィンリィの気配がドアから遠ざかっていった。

…今日こそは何とかハッキリさせたい。

エドワードは堅く決意していた。














「なぁ、お前いつまでこっちにいるつもりだ?」

「何よ、せっかくの休暇を北部で遊んじゃいけないっての?」

「そうじゃないけど。ばっちゃんの所にも戻れって言ってるんだよ。」

「リゼンブールにも戻るわよ?もうちょっとこっちを観光してからね。

 別にこの家だって部屋も余ってるんだし、私がいたって構わないでしょ。」

「そりゃ構わねーけどな…。」

豪快に朝食をぱくつきながら話す幼なじみに呆れた視線を投げつける。

それにもウィンリィは平然としたものだった。

まあ、ウィンリィがいる事自体は確かに構わないのだ。

むしろ今はいてくれた方が都合がいい。

何しろ自分の中のこの疑問に答えられるのは彼女しかいないはずだ。














朝食の片づけもすんでコーヒーを飲み始めた所で、エドワードは思いきって切り出した。



「ウィンリィ、聞きたい事がある。」

「何よ、改まって。」

常にない真剣なというより緊張したような表情のエドワードに、ウィンリィは嫌な予感がした。



「俺、何か変じゃないか?以前と違わないか?お前なら分かるんじゃないかと思って。」

「…変って、どういう事よ。抽象的すぎて分かんないわ。」

嘘だ、本当は分かっている。エドワードが言いたい事、感じている疑問。

でもそれを言う訳にはいかなかった。彼女の口からは。

脳内に今はこの場にいない、もう一人の幼なじみの声が響く。



『ウィンリィ、頼みがあるんだ。』

「俺にもよく分からない。だけどずっと変な感じがするんだよ。」

『こんな事頼めるのはウィンリィしかいないんだ。』

「俺はエドワード・エルリックで、国家錬金術師で、半年前にこの街に越してきた。」

『君にしか頼めない。ウィンリィにしか兄さんを任せられない。』

「それで間違いないよな?なのに何かが足りない気がするんだ。」

『泣かないでよ、ウィンリィ。ボクは大丈夫だから、一人でも耐えられるから。』

「なぁ、俺は何かを忘れているんじゃないか?凄く大切な何かを。」

『兄さんを頼むね。お願いだよ。』



馬鹿馬鹿馬鹿!アルフォンスの馬鹿!やっぱり無理だったのよ、こんな事は。

この馬鹿があんたを忘れられるはずが無いじゃない。例え記憶を失わされていても。



「ずっと苦しいんだ、もどかしくて仕方ない。俺は何を忘れてるんだ?

 知ってるなら教えてくれ、ウィンリィ!!」

「エド…。」

必死の形相でウィンリィの肩を揺さぶるエドワード。その姿にウィンリィは涙が溢れてくるのを感じた。

どうしたら良いの。私はもう、こんなエドに嘘を突き通すなんて出来ないよ。ねえ!



「アル…!」

「アル…?」

思わず助けを求めるかのように口をついて出た名前。それをエドワードは聞き逃さなかった。



「ア…ル、それは誰だ…?アル、ア…っつ!!」

その時急に襲ってきた激しい頭痛に、エドワードは頭を抱えて座り込んだ。

頭の中で鐘が鳴り響いているような痛みと音。反響してぐちゃぐちゃになりそうだ。だけど。

その名を叫んだ。



「…アルフォンス!!」



思い出した、アル、アルフォンス。それは俺の弟の名だ。この世にたった一人の、大事な弟の名前だ!

何故俺は忘れていたんだ。いや、それよりもアルフォンスはどうしたんだ!?



「ウィンリィ、どういう事なんだ!アルフォンスはどこにいる!?」

「エド…。全部思い出しちゃったの?」

「思い出した、俺の記憶を操作したのはアルだな?それでアルはどこへ行ったんだ?あいつ、体が…。」

自分の言葉にハッとした。そうだアルフォンスはー。



「もしかして、それが理由なのか。」

俺の言葉にウィンリィが小さく頷く。俺は呆然とするしかなかった。

俺の記憶を錬成してまでアルが姿を消した理由。それがあいつを蝕んでいた病魔のせいだっていうのか。



「アルは凄く怖がってた。このまま自分が死んだら、エドがまた禁忌を犯すんじゃないかって。

 せっかく取り戻した体をまた失う自分を見せたくない、弱っていく所を見せたくないって。」

だから記憶を操作して、初めから俺に弟などいなかった事にしたのか。



「記憶を操作してもそれがずっと維持出来るとは思えないけど、自分が死ぬまで保てば良いからって。

 だから時々エドを見て欲しいって頼まれたの。どこに行くかは教えてもらえなかった。」

「なんでお前はそれを承知したんだ!アルが一人になるのを許したのか!?」

「…あんたがっ!!」

ウィンリィを責めてしまったエドワードだったが、その目に浮かんだ涙に気付いて押し黙った。

そんなエドワードにウィンリィは必死に怒鳴った。アルの気持ちを解らせる為に。



「あんたがいつまでもそんなだから!アルはずっと不安だったのよ!

 アルだってあんな病気を抱えて一人になることが恐くなかったはずがない!

 だけどその恐怖よりも、あんたが自分の為にまた禁忌を犯すことの方が恐かったのよ!

 あんたから自分の記憶を消す事をどんな思いでやったのか…、どれほどの決意だったのか。

 アルがどんな思いであんたから記憶を消したと思ってるの。それなのに私に断れるわけないじゃない!!」

ついにボロボロと泣き出してしまったウィンリィに、エドワードは情けない気持ちになる。

ウィンリィを責める資格なんてないのに。アルを、そしてウィンリィをここまで追いつめたのは俺だ。



「ウィンリィ、俺が悪かったよ。だから泣かないでくれ。お前に泣かれると弱いんだ。」

俺たちは昔から、ウィンリィに泣かれるとどうしていいか分からなくなる。

ウィンリィも泣き顔を見せたくなかったのだろう、必死に涙を拭っていた。

ようやく涙が止まり始めたころ、ウィンリィが真っ赤な目でエドワードを見上げる。

少しだけ躊躇った後、意を決したように話し出した。



「多分、アルはセントラルだと思う。」

ウィンリィの言葉にエドワードは目を見開いた。教えてもらえなかったと言っていたのにどうして。



「あんたの記憶を消した日、アルはどこかに電話をかけてた。その電話をリダイヤルしてみたのよ。

 いけないとは思ったけど、アルがどこに行く気なのか手掛かりを知っておきたかったから。

 かかったのはセントラル公立病院だったわ。」

「サンキュー、ウィンリィ!!」

それだけの手掛かりがあれば十分だった。俺は適当に荷物を纏めるとそのまま家を飛び出した。





アルの気持ちを考えると、会いに行ってはいけないのかも知れない。

だけどこのままというのはどうしても納得出来なかった。

どんなに俺の事を考えてくれていたにしても、二人で生きてきた大切な記憶を消した事は許せない。

俺からアルの記憶を奪った事は許せなかった。例えそれがアル本人だとしても。

そして一人で死んでいくなんて、そんな事は絶対に認められなかった。





もっと話さなくてはいけなかったんだ、俺たちは。




全てはそれからなのだから。























裏倉庫 後編