輪廻ーVー



















二人だけの新しい生活は穏やかに過ぎていった







アルとしては今からでも兄の手足を取り戻したいという気持ちがあったが、
エドは折角戻ってきたアルフォンスと静かに暮らしたいと思っているようだった

確かにあの旅は、二人いつも一緒で楽しいこともあったけど、それ以上に辛く苦しい目にもあった
今こうして話す兄は、あの頃と同一人物とは思えない程落ち着いていて安定している
それを思うと、今はこのままでも良いのかなとも思えた

兄の体も大切だけど、いつも神経が擦り切れそうな思いをしてきた兄の精神の安定を大事にしたかった
それでもいつかは、と思う気持ちは胸にしまっておく事にした



手足を錬成することは諦めても、二人でいると話題は自然と錬金術のことばかりになる
エドは、ここ数年錬金術の「れ」の字も聞かなかったのに、と笑っていた

でも一度話し出すと、どんどんのめり込んでいって
これも錬金術師としての性なのかと、二人で顔を見合わせて笑う

こうしてエドとアルは、錬金術と共に明けて暮れるという生活を過ごした
それは幸せな過去の再現のようでもあった





心の内に打ち明けられない想いを抱えたままー










「もうっ、兄さんったらまたこんな所で寝て!」

呆れたように仁王立ちするアルの目の前には、ソファの上で窮屈そうに眠っている兄の姿。

しかもお腹を出している。寒くはないのだろうか。

仕方なしにブランケットを持ってくると、そっと体にかける。


「ほんと、こーいうとこ変わんないね、兄さん…。」

あの頃より背が伸びた。顔立ちだって精悍というか凛々しくなってる。

完璧に大人の男性になった兄。

だけど表情や仕草は変わらない。自分のよく知っている兄だった。


…自分がいなかった間の兄はまた違ったのだろうけど



アルはウィンリィから少しだけ聞いていた。自分が死んだ後、1年ほどは精神を病んでいた兄。

軍に入りそして退役した後、リゼンブールに帰ってきてからの事。

『あいつ、周りに凄く優しくなったのよ。滅多に怒ったりしなくなって…。

 それは全てを諦めていたからだと思う。生きていても生きてなかった』


兄をそんな風にしたのは自分だった。あの最後の時言った言葉を兄は守ったのだ。

生きて欲しいと、兄を一人残して逝く自分が言うのは卑怯だと感じながらそれでも願わずにはいられなかった。

それを、兄は。苦しみながらも守ってくれた。


眠る兄の姿をじっと見詰める。その表情はいっそあどけないと言っても良いようなもので。

もう離れたくないと心の底から思った。誰が何と言おうとこの人から離れたりなんかしない。

泣きたくなるくらいにこの人が好きだ。愛しさが募る。




ふと気がつくと      眠る兄に口付けていた





エドは気持ちの良い微睡みの中にいた。

半分覚醒したような、だけどともすると深い眠りに入りそうな心地よい浮遊感。

そんな中、どこか遠くでアルの声が聞こえたような気がした。

そして暖かな感触が体を包む。


あー、暖かいな。何だ俺寒かったのかな


毛布か何かの心地よさにつられ、また眠りに引き込まれそうになった時。

ふいに唇に触れた柔らかな感触とふわりと漂った甘い香りに意識が引き戻される。

長いような短い時間の後、その柔らかなものが離れていくのを感じてエドは焦った。

離れていくな、と慌てて目を開けるとー。


すぐそこに驚愕で目を見開いたアルの姿があった。








混乱していた。無意識だったとはいえ、兄に口付けてしまうなんて。

そしてー、兄が目覚めてしまうなんて。


いきなり真っ暗な闇の中に放り出された様な気がした。

いくらその手の事に鈍い兄だって、今のキスの意味に気付かないはずがない。


「ごめ・・ん。ごめんなさい。兄さん・・僕・・・。」

呆然としながら口に出たのは謝罪の言葉。

幸せだったのに。前のように傍に居られるだけで、充分過ぎるほど。

なのにそれを自ら壊してしまった自分の行為が悔やまれた。


小さく首を振りながら謝罪の言葉を繰り替えす。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙にアルは気付かない。


もう、傍には居られないのだろうか。兄は自分をどう思ったのだろうか。

この人に嫌われたら、軽蔑されたら。

きっと自分は生きていけない。


「嫌いにだけはならないで・・・!!」

そう叫ぶと身を翻した。この場にいるのが辛すぎた。


逃げ出したかったのに、それは兄に阻まれた。腕を掴まれ強引に体を反転させられる。

顔を見られたくなくて、顔を見れなくて俯くと、「アル」と兄が自分を呼ぶ。

その固い声にビクリと身体が揺れた。


「忘れて、兄さん…。お願いだから。さっきの事を忘れてよ…。」


絞り出すようなアルの言葉。俯きながらまだこぼれる涙。

ここで分かったと言えば、アルは楽になるのだろうか。だけど。

「…忘れない。」

そう言った途端にアルが全身の力を込めて俺の腕を振り払おうと藻掻いた。

「や・・、離してっ・・・!!」

そのまま揉み合いになった時、バランスが崩れてアルが真後ろに倒れ込む。

咄嗟にその頭を抱え込みアルを庇うとそのまま床に叩き付けられた。

「にっ兄さんっ!!」

俺の腕の中にいるアルが、慌てたように起きあがろうとするのを、更に腕の中に抱き込む事で阻む。

そうして少しだけ身を起こして、右肘を床に着いた状態でアルの顔を見下ろした。


「アル、俺は忘れないよ。」

そう言うとアルの顔が悲しそうに歪んだ。違うんだ、アル。


「…嬉しかったから。俺は忘れないよ。忘れたくないんだ。」

「え…?」

呆然とした表情のアルに小さく笑う。


「一生言うつもりはなかったんだけどな。」

まだ今起こった事が理解出来ていないらしい。アルは瞬きも忘れたかのように目を見開いて俺を見ていた。


「ずっとお前が好きだったよ。お前が俺の弟だった時から。」

「うそ…。」

どこかぼんやりとしたその言葉に苦笑する。

「俺、こんな事で嘘が言えるほど器用じゃないぜ。」

そう言って、涙の跡の残るアルの頬を左手で撫でた。触れると温もりが伝わる。

それが今更ながらに嬉しいと思った。


「言えなかった…。たった一人の家族が、…実の兄がお前にそんな感情を持っているなんて知ったら。

 お前を傷つけるとしか思えない気持ちを伝える訳にはいかなかった。

 だから兄でも良い。傍に居られればと思っていたよ。

 でもいつも恐かった。お前の身体を取り戻して、お前が成長して、いつか誰かを好きになって…。

 その時に自分はそれを笑って祝福出来るのか。それとも全てを打ち明けてお前を無くしてしまうのかっていつも怯えてた。」

少し寂しそうな、苦しげとも取れる表情で全てを告白する兄を、アルはまだ信じられないといった顔で見上げていた。


「いつだって、アルだけが大切だった。アルが俺の全てだったんだ。」

そっと前髪を掻き上げて額にキスをした。そのままアルを見詰めると、その瞳からひとすじの涙がこぼれた。


「兄さん…。本当なの?信じても良いの…?」

「信じて良いよ。だから…アルの気持ちも聞かせて欲しい。」

その言葉に少しだけ頬を染めて、でも真っ直ぐにエドを見ながらアルは想いを口にした。


「ずっと…兄さんが好きだよ。昔も今も、兄さんが好き。貴方しかいらないんだ。」

そう言ってはにかんだように微笑むアルの涙の跡を唇で辿る。

そのまま小さく兄さんと呼ぶアルの声ごと自らのそれで塞いだ。














 「俺達、同じだったんだな。想いも苦しみも全部。」

 「本当だね。お互いに相手に嫌われるのが恐くて伝えられずに苦しんで。」

 
 「俺、アルがアルなら鎧だろうが何だろうがどんな姿でも構わないと思ってたけど…。
 
 今はこうしてアルが生まれ変わってきてくれて、本当に良かったと思ってるよ。」

 「?生身の僕だから嬉しいって事?」

 「いや、それもあるけどさー。」



 





 「血の繋がってない今のアルとだったら
    
  結婚出来るだろ?」



















辛かった日々も悲しかった日々も楽しかった日々も





ずっと二人だったから

今度は二人で          















幸せになろう
























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