辛い日々だったけど、お前がいた、ただそれだけでよかったんだ
輪廻〜序章〜
「兄さん、ごめん…」
「アルフォンスっ!?」
体を襲った衝撃に霞む目を必死に開けると、自分を抱きしめるアルがいた
その直前、自分は背後からきた砲撃を避けられないと悟り、とっさに死を覚悟したはずだった
なのに何故アルがいる?何故お前が謝ってるんだ
その時大きな音と共に、アルフォンスの体が崩れ落ちた。地面に手をつき低くなった背中
そこに見えるのはー
背中一面に広がった、…亀裂?
「おい、アルっ!?しっかりしろっ!!」
「兄さん…」
アルの割合しっかりした声に少し安堵する
「兄さん、ごめんね」
「お前、何を…。何でお前が謝るんだ?それは俺の台詞だろう?」
お前は俺を守ってくれたんじゃないか
「うん、だけどごめん」
謝罪の台詞を繰り返す弟に、嫌な汗が背筋を伝う。頭の中に警鐘が鳴り響く
「お前いいからちょっと黙ってろ。今背中のキズ直してやっから」
「無駄だよ」
あっさりと返された言葉に凍り付く。今こいつは何を言った?
「どういう事だよ」
湧き上がる予感を振り払うように怒気を込めて問うとアルが静かな声で答えた
「兄さんも気付いてるんじゃない?…背中、ね。血印にもキズが及んでる。
もう兄さんの顔も殆ど見えないんだ」
そんな絶望的な事を淡々と話す弟が信じられなかった。そんな事って…
「そんな…、だからキズを直すって言ってるだろ!?」
パンッ!と手を合わせてアルの背中に手を当てる
大きく細かく走った亀裂があっという間に消えていった
「兄さん、鎧のキズは消えても血印は直らないよ…。本当は解ってるんでしょう?」
その言葉に体中の血液が凍ったような気がした。嘘だ、そんな事が…
「兄さん、ごめんね。それとありがとう。兄さんと旅が出来て僕楽しかったんだ。後悔もない。
ずっと側にいてくれて嬉しかったよ…」
「アル…」
「でも、もう今度は僕を錬成しちゃ駄目だよ?そんな事したら僕は兄さんを恨むからね?」
少しだけ戯けたように言うアルに涙が溢れた。ポタポタとアルの鉄の鎧に落ちて濃い模様が出来る
「アル、駄目だ、いかないでくれ!俺はお前がいないと駄目なんだ!!」
必死にアルの体を抱きしめながら声を嗄らさんばかりに叫んだ
「…うん、僕も兄さんを残していくの心配。だけど兄さんは大丈夫だよ」
そんな事はない。そんな事はないんだ、アル。お前がいなければ世界に意味は無い
生きていく事に意味は無い
そんな俺の気持ちを察したのかアルは駄目だよ、と言った
「生きてね。兄さんを愛している人達の為に。兄さんを愛している僕の為に。お願いだよ」
涙が溢れて霞む視界の中で、アルの目の赤い光が薄れていく
それを呆然としながら見ているしかなかった
アル、アルフォンスと狂ったかのように弟の名を繰り返す俺の頬を撫でアルが囁く
「…兄さん、大好きだよ。世界中で一番兄さんを愛してる…」
その言葉を最後に、人の魂を宿していた鎧は
ただの、鉄の塊へと戻り
二度と動くことは無くー
駆けつけた軍人達が見たものは、
鉄の鎧を抱き締めたまま涙を流し続けるエドワードの姿だった