無機質な鎧の姿をしていた頃
ボクはいつも願っていた。兄さんに触れたい、自分の手でその体温を感じたいと
渇望していたはずのその温もりを、恐いと感じる日がくるなんて
あの頃のボクは考えもしなかった
大切な温もり
「アル、ちょっといいか。」
言葉と共に兄の手がボクの肩に触れた。
その温もりにビクリと震えてしまう。兄はそれを見逃さなかった。
肩に触れた兄の手が、そのままそっと離れていく。
「…アル。」
兄の声がいつもより固く響いた。
ボクは返事をする事すらできない。
「最近アルがオレを避けてるような気がしてたけど…、気のせいじゃなかったんだな。」
そう言う兄は悲しげで。違うと言いたいのに、言う事ができない。
確かにボクは兄を避けていたから。
「訳を聞かせてくれないか。…オレと一緒に居るのが嫌になったのか?」
兄のその言葉にボクは静かに首を振った。
一緒にいる事が嫌にだなんて、そんな事はありえない。
兄さんの傍にいたい。離れたくない。
いつだってそう願っているのに。
「なら、どうして。」
…気付かれてしまった以上、訳を話さなければ兄は納得しないだろう。
でも上手く説明出来るのだろうか。ボク自身さえ掴めていないこの感情を。
「兄さんが嫌とか、そういうんじゃないんだ。…恐いんだよ。」
そう言った瞬間、兄の表情がサッと強張った。
「恐いって、…オレが?」
「違う!そうじゃなくて。」
言い方が悪かった。兄を傷つけてしまったかもしれない。
だけどどう言ったらいいんだろう。
「…多分、恐いのは慣れてしまうこと。」
「慣れる?何に慣れることが恐いんだ?」
ボクは数瞬躊躇ったのち、重い口を開いた。
「兄さんの温もりとか、存在とか。そういった全てのことに。」
子供の頃は一緒にいるのが当たり前だった。
兄弟が一緒だなんて別に不思議な事ではなく。
ひとつ違いのボク達は、何をするにも常に一緒で。
興味を持つものも熱中するものも、同じだったから。
禁忌を犯して旅に出たボクらが、一緒にいるのも当然で。
そんな状態が長すぎたから。
その体温が一番身近にある事に、なんの疑問もなかった。
鎧の体を持っていた時は、傍にいるけどその温もりを感じる事は出来なくて。
いつも兄さんの体温を感じられる体に、元の体に戻りたいって思っていた。
だから考えもしなかったんだ。兄弟はいつまでも一緒にいる存在じゃないなんて。
その温もりは、いつかは離れていくものだなんて。
そう思ったら、急に恐くなった。
兄さんの温もりに慣れてしまっていく事に。
だって自分からは手放せそうにないから。
ーもうボクには兄さんがいない状態なんて考えられなくなってしまっている。
「…そんな事、オレ、考えたことなかった。」
兄は呆けたような顔で言った。
「分かってるんだよ、兄弟がいつまでも一緒だなんて思ってたのが変だって。」
ボクって多少ブラコンかも、という自覚はあったけどここまでとは思わなかった。
たった二人だけの家族だし、今までの事を考えると、多少思い入れが強くても不思議ではないと思うのだけど。
「いや、そうじゃなくてさ。」
兄は何だか眉を寄せて、考え込むように口を手で覆った。
何がそうじゃないんだろう。
不思議に思っていると、兄は何だか頷き始めた。
「一人で納得してないでよ、兄さん。」
「納得というかだな…。少なくとも、オレはアルから離れる気はないんだけど。」
「でも今はそう思ってても、いつかは離れる事になるんだよ。」
例えば兄さんに彼女が出来たりとか。その場合やっぱりウィンリィなのかな。
「なんでウィンリィなんだよ!絶対ありえねぇから!」
「そうなの?一番ありえそうだと思うけど。」
「お前な、それあいつにも言ってみろ。大笑いされるか呆れられるかどっちかだぞ。」
兄の顔は大真面目だ。
そこまで否定するんだ。意外だったな。
そうか、ボクずっと二人は何だかんだ言って両想いだと思ってたけど違うんだ。
…心なしか、少しだけ気分が楽になったような気がする。
「とにかく。今はお互いが離れようなんて考えてないんだから、それでいいだろ?」
「そう…なのかな?」
「そうなの!心配しなくても、兄ちゃんアルから離れませんって!」
「もうっ!兄さん、茶化さないでよね!ボク真面目に話してるんだからっ!」
「茶化してないぞ。兄ちゃんだって真面目に言ってます。この真剣な顔を見ろ弟よ。」
「それが茶化してるって言うんだよ…。」
溜め息を吐きながら言うと、兄はえー本気なのになーなんて口を尖らせた。
多分本気で言ってくれてるのは分かるんだけど。それは嬉しいんだけどさ。
からかわれてる感がどうしてもあって。それがちょっと悔しい。
だって今日の事で、ボクが相当なブラコンだって兄さん自身にばれてしまった訳だし。
複雑な気分でもう一度溜め息をつくボクを見ながら、兄さんがぽつりと呟く。
「まぁ、早く自覚してくれ。」
「え?何を自覚しろって?」
呟かれた言葉の意味が分からなくて聞き返すと、兄が苦笑しながらボクの頭を撫でた。
答えは返ってこなかったけど、不思議とはぐらかされたとは思わなくて。
ボクはその乱暴だけど、優しくて温かい手の感触に身を委ねた。