学園天国V
清々しいはずの朝の学校。いつものように登校した3人が下駄箱を開ける
その時、エドワードの足元にボタリと落ちてきた物は、ラブレターでも、プレゼントの箱でもなく、一体の人形だった
いや、人形なんて可愛らしく言うのは間違っているかも知れない
3人の視線が落ちた物体に集中する
エドワードの下駄箱に入っていたのは、とても上手に作られたー、藁人形
しかもご丁寧にも、股間には五寸釘が刺してあった
「これは釘の刺し所がポイントね」
恐いわー、女の執念って、と自分も女性であるはずのウィンリィがのんびりと言う
「…手紙とかでの罵詈雑言は今までもあったけど。これはちょっと酷いね」
眉を顰めながら言うアルフォンスに、エドワードは平然とした顔を見せる
「別に構わねーよ。鬱陶しいけど実害がある訳じゃなし。 よっぽど悔しかったんだろうな、アルと俺がくっついたのが」
「やけに寛大ね、エド。両想いになるとこうまで違うものなの?」
「おー、寛大にもなるさ。今の俺には恐いものなんてないね」
エドワードは落ちていた藁人形を拾うと、まじまじと観察しだした
「兄さん、そんなの見てないでよ。僕それ捨ててくるから」
「別に後で教室で捨てれば良いだろ。それよりか見てみろよアル。
結構よく出来てるぞ、これ。そういや今時藁なんかどっから手に入れたんだろうな?」
興味津々といった様子で鈍いの、いや呪いの藁人形を見ている兄の姿に頭痛がしてくる
「いい加減にして、兄さん。早く捨てようよ」
「ちょっと待て。この毛糸の髪の所どーなってんだか…」
「に・い・さ・ん!」
「は、はいっ!」
アルフォンスの冷たい声に、慌てて立ち上がり藁人形を渡すエドワード
それをアルフォンスは奪うように取り上げると、ズンズンと勢いよく歩いていった
その後を追うエドワード。そしてそれを見送るウィンリィの口からポツリと呆れた声が
「恐いもの、あるじゃないのよ」
この日のこれが、きっかけのひとつだったのかも知れない
アルフォンスは本当は怒っていた。そうは見えないかも知れないけれど静かに怒っていた
それは兄に対して卑怯な事をしてくる相手への怒りでもあり、同時に自分への怒りでもあった
あの時、兄に初めて気持ちを伝えたあの日
自分達の関係を全てばらしたのは、兄への暴言を止めさせたかったからだ
打ち明けてしまえば、女生徒達の自分達への興味も無くなると思ったのだ
だけどそれは浅はかな考えだった
結果として兄は、以前よりも酷い理不尽な恨みを買ってしまう羽目になってしまったのだ
正直、甘く見ていたのかも知れない。人の感情というものを
そんな事も分からなかった自分の傲慢さが許せなかった
幸い相手は女性で、暴力沙汰になるような自体はない。もしそうなっても兄なら問題にもならない
だけど日々繰り返される陰湿的な手紙や、今回の様な陰険な手口は許せない
兄を選んだのは自分なのだ。なら何故自分に文句を言って来ない?
何としてでも止めさせなくては。アルフォンスは密かに決意していた
その日、エドワードは自分の下駄箱の付近にいる数人の女生徒の姿を見た
あからさまに怪しい動き。この所の嫌がらせの犯人と見てまず間違いないだろう
「おい、お前ら」
突然後ろから、しかも嫌がらせをしようとしていた当の本人から声を掛けられて飛び退く女生徒達
思わず逃げだそうとする面々に、エドワードは冷静に告げた
「逃げても無駄だ。アルフォンスの周りを彷徨いてた顔は全部覚えてる。名前も解ってるぞ?」
その言葉に全員が振り返って、嫌そうな憎々しげな顔をエドワードに向ける
「ちょっとでいい。話に付き合え」
顔と名前を知られてしまった彼女達に、それを断る術はなかった
校舎の裏手に回り、人気が無い事を確認するとエドワードは切り出した
「お前ら、あんな事してそれで気が晴れるのか?」
エドワードの声は普段通りで、怒りや嫌悪といった感情は感じられなかった
それでも彼女達は謝ろうという気配すら見せない
エドワードを睨み付ける者。下を向いたままの者。誰も自分から話そうともしていない
そんな女生徒達を見渡して、エドワードは何でもない事のように話し始めた
「あのな、今回の事、俺は別にいいんだ。ちょっとだけお前らの気持ちも解るし」
「あ、貴方に何が解るって言うんですか!?」
エドワードの言葉にカッとしたのか、女生徒の一人が少し涙声になりながら叫んだ
「そーいう気持ちだよ。ちょっと前まで俺もお前らと同じだったから」
エドワードの言葉に、周りを取り囲んだ女生徒の間に戸惑いが起こる
「アルを誰にも渡したくない、誰かに奪われるのが恐い、そんな相手が現れるのが恐かった。
きっと祝福なんてしてやれない。そんな風にしか思えない自分が許せなかったよ」
そんな自分の言葉を少し恥じるように、エドワードは目を伏せ言葉を続けた
「だから、お前らが俺を憎むのは当然だ。俺が逆の立場でもきっと憎んでるだろうから」
静かに話すエドワードに、誰も何も言えずにいる
「だけどな、アルが凄く今回の事を気に病んでる。というよりも自分を責めてる。
自分が全部打ち明けたせいだって、口には出してないけど、ずっと責めてるんだよ」
顔を上げたエドワードは、彼女たちがこれまで見た事の無い程、真剣な表情だった
「アルフォンスの事が好きなら、あいつを苦しめるような事はもうやめて欲しい。
文句があるなら俺が直接聞くから。頼む」
エドワードは言葉と同時にゆっくりと頭を下げた。その姿を見て女生徒達がハッと息を呑む
「エドワードさん…!」
一人の女生徒が慌ててエドワードの元へ駆け寄ると、その腕を掴んだ
「頭を上げて下さい、エドワードさん!ごめんなさい、私達…!」
その言葉に続くように、周りからも泣き声と共に謝罪の声が洩れた
「ごめんなさい、私、凄く悔しくって我を忘れて。お二人に酷い事してました」
「そうだよね、あの優しいアルフォンス君なら、お兄さんが嫌な目に合って平気なはずがないのに…」
項垂れる者、ポロポロ涙を流す者とそれぞれだったが、心から反省しているようだった
「もう二度とこんな事はしません。…本当に申し訳ありませんでした!」
そう言いながら一斉に頭を下げる女生徒達を見て、エドワードも安心する
「俺の事なら気にすんな。解ってくれたなら良いんだ」
じゃあな。そう言ってその場を立ち去ったエドワードを、彼女たちは呆然と見送った
立ち去る寸前見せたエドワードの表情。本当にホッとしたのだろう、その安堵が滲み出たー
そう、それは彼女たちが初めて見たエドワードの柔らかな微笑みだった
「ねえ、今の見た…?」
「うん、何か凄かったね…。見たことないくらい綺麗な笑顔だった」
「こうして見ると、やっぱりエドワードさんも美形だったんだ」
「というかさ、冷静になって改めて見てみると…、二人ってすっごくお似合いかも?」
「あ、やっぱりそう思う!?やだっ、私なんだかドキドキしてきたー!!」
図らずも、きのうの敵を今日の友(?)にする事に成功したエドワード
これ以後彼に対する嫌がらせはピタリとおさまった
その時反対側の校舎の影から人影が動いた事に、気付いた者は誰もいなかった(盛り上がりすぎていて)
足早にその場を去ったその人物は、誰もいない所で歩みを止めると少し荒くなった息を整える
そして大きな溜め息のような息を吐くと、その顔を両手で覆った
ー兄さんが、あんな風に考えていたなんて知らなかった
この所アルフォンスは、何とか兄への嫌がらせを止めさせようと、兄の下駄箱やロッカー付近を注意していた
そうして今日、兄のロッカー周りでコソコソしていた女生徒達を見付けたのだ
駆け寄ろうとした時に、それよりも早く出てきた兄に気付いてそのまま隠れて着いて行ったのだがー
もし、僕が彼女たちを激情のまま注意していたら、あんな風に考え直してはくれなかったかも知れない
兄のあの態度が、言葉が、我を忘れていた彼女たちの心をおさめてくれた
気にしていないはずがないと思っていた。明るく振る舞っていたって、きっと嫌な思いをしているだろうと
でも違ったんだ。兄さんが気にしていたのは自分の事じゃなくて、それを気に病んでいた僕の事
兄さんは自分の為にだったら、きっとあんな風に言わない。頭なんて絶対に下げたりしない
その兄さんが僕の為に、頭を下げるなんて
覆った手から涙が一筋零れる
兄さん、兄さん、…兄さん
どうしよう、好きだよ。本当に大好きだ
あんな風に格好いい所を見せられると、男としてはちょっとだけ悔しいと思う気持ちもある
だけどそれ以上に温かい何かが胸を満たしていた
あの人が僕のたった一人の兄で、たった一人の好きな人だ。愛している人だ
そして僕を誰よりも愛してくれている人だ
その事が今、とても誇らしい
アルフォンスは窓枠にもたれ掛かったまま、静かに涙を流し続けた
やっと涙が止まったアルフォンスが、顔を洗って何とか体裁を整えて教室に戻ると
何故か教室内は戦場になっていた
その中心にいるのは、何というかまあ、当たり前のようにエドワードだった
「兄さんっ!?」
驚いて自分を呼ぶアルフォンスに、ピタリとエドワードの動きが止まる
「これ、いったいどうしたのさ?」
男子生徒を二人程捕まえて、絞め技に入っている兄に聞いてみる
するとエドワードは二人を放り投げて勢いよく近づいてきた
「聞いてくれよ、アル!こいつらなーーー……」
だがそこまで言ったきり、エドワードは次の句が告げずにいるようだ
心なしか、兄の顔が少し赤いような気もするし
「…何かあったの?」
固まってしまった兄から事情を聞くのを早々に諦め、教室の隅に避難していたウィンリィに声をかける
「あるにはあったけどね、一騒動。大した事じゃないわよ?
あんた達がどこまで進んだのか、みんなが賭けをしようとしてて、それがエドにばれただけ」
「…どこまで進んだのか…?」
二人の会話に固まっていたエドワードが反応する
「ばれただけってな!ばれなきゃそんな賭けしていいのかよ!?」
「だからさすがに今回のはヤバイと思って、みんなあんた達にばれないように気を付けてたんでしょ。
良いじゃないの、二人がみんなに愛されてる証拠よ」
「俺はこんな愛はいらねー!!」
「兄さん、落ち着いて。今回のは賭けが終わる前に兄さんが見付けて不成立なんだろ? それで良いじゃない」
アルフォンスが宥めながらにっこりと笑いかけると、エドワードは渋々ながらも頷いた
その様子を見てクラスメイト達から安堵の息が洩れる
そんな級友を振り返って、アルフォンスは穏やかに微笑みながら忠告した
「今回はもう良いけど、次こんな賭けをしたら、その時は僕、兄さんを止めないから」
その氷の微笑に凍り付いた面々が、高速の勢いで首を縦に振る姿にアルフォンスはよしと頷く
「それにしても、賭けの内容ってどんなだったの?」
「見てみる?」
ウィンリィが見せてくれた紙に書かれたその内容は…
本命:すでにやってる
対抗:意外にキスまで
大穴:実はエドが受け
「…成る程」
「おい、納得するなよアルフォンス。言うべき言葉は他にあるだろう」
「兄さんが受けって面白いね。今度試してみる?」
「だから問題はそこじゃないだろ、アル」
まあ、俺はアルとだったらどっちでも良いけど、なんて兄はブツクサ言っている
そんな姿に苦笑しながら、アルフォンスはふと気になった事をウィンリィに聞いてみた
「そう言えば、ウィンリィは今回どっちに賭けてたのさ?」
「今回は賭けてないわ。だって本命の配当安すぎてつまんないんだもの」
「お前…。俺達がやってるって決めつけてたのか」
「あら、その通りでしょ?両想いになったのに手を出さないなんて、エドにそんな我慢が出来るはずないもの」
「さすがウィンリィ、兄さんをよく解ってるよね」
「人を獣みたいに言ってるんじゃねー!お前ら2人共俺を誤解してるぞ!」
頷き合うアルフォンスとウィンリィ、吠えるエドワード
そんな3人を見守りながら、やっぱり本命だったかと残念そうな声がクラスメイトから洩れていた
その後、密かに結成されていた「アルフォンス君の操を守る会」は「エルリック兄弟を見守る会」に変更
二人の生写真が売買される怪しい集団と化したとの噂
大好きな夜羽さんのサイト「ヨルノオウコク〜蒼月夜王国〜」1周年記念に
無理矢理捧げました(というか押しつけました(笑))
こころよく受け取って下さった夜羽さんに感謝v
前回で兄さんがヘタレ気味だったので、ちょっと名誉挽回編
格好いい兄さんを書きたかったのですが、どうでしょ?
好きな人の為なら頭も下げられるって格好いいと思います
今回もめっちゃ短いおまけ付き