それがどんな出会いでも 後編













思い掛けない少女との再会の翌日。約束の日の同じ場所にエドワードはいた。

青い空をボンヤリと眺めながら草の上に寝そべっている。

きのうあれから、一人の少女を気にかけているらしい王に、側近達は聞きもしない内に挙って色々話しだした。

少女は裕福な商家の生まれで、子供の頃からその飛び抜けた頭脳で周りに名を知られていた。

まだ17歳になったばかりだが、すでに国にひとつしかない大学を飛び級して卒業したばかりだという。

その才女ぶりと同じくらい評判の容姿。それゆえの後宮入りだったようだ。

…きっと彼女にとって、後宮入りの話は不本意だったに違いない。


初めて会った時、彼女の博識ぶりに驚いた。それは彼女が色んな事に興味を持ち、学んでいたからに他ならない。

そんな人間がこの狭い閉ざされた後宮に、自ら来たいなどと思うはずがないのだ。

それはエドワードの意思ではなかったにせよ、側近達をちゃんと止めなかった自分にも責のある事だった。

命令してでも止めさせていたら、彼らはそれに逆らう術はないのだから。


面倒とばかりに放って置いたのだから、彼女を無理に連れてきたのは自分だと言ってもいい。

そして後宮にはそんな女性が他にもたくさんいるはずだ。



目を瞑り風の流れを全身で感じる。いつもは安らげるはずのこの場所にいるのに、今は少し緊張している。

その時、空気の流れが変わるのを感じた。微かに聞こえる草を踏む足音と人の気配。

エドワードは目を閉じたまま動かなかった。近づく人物も何も声をかける事もなく、彼の横に座り込む。

「…ボクが来ないとは思わなかったの?」

王に対する敬語ではなく、1週間前に別れた時のままの口調だった事に、エドワードは少し安心した。

「約束破るタイプには見えなかったし。きっと来てくれると思った。」

エドワードの言葉に、少女は苦笑した。視線は彼を向くことなく前を見たままだ。

「まさか貴方がエドワード王だとは思わなかったよ。」

「王様らしくないもんな。こんな若いし威厳もないだろ。」

エドワードの言葉に、少女は首を振って否定する。


「あの時、傍仕えの人達を引き連れてやってきた貴方は紛れもなく王だったよ。周りを圧倒する力に満ちてた。」

でも、と彼女は続ける。

「初めて会った日の貴方は、身なりを除けばあまりにもらしくなかったから。」

知識が豊富で話していて楽しくて。初対面の人間と気さくに話す姿は、この国の王とは思えない姿だった。

それはどちらも、偽ることのない彼の真実の姿なんだろう。


「ボクの事も聞いたんでしょ。」

「大体の事はな。ここに来るの、嫌だったんじゃないか?」

その言葉が意外だったのか、少女は少し驚いたように青年を見た。

エドワードが静かに起き上がり彼女を見る。二人の視線が今日初めて合った。


「…嫌だったよ。ボクはまだ錬金術の勉強をしたかった。大学を卒業したら、本格的にやろうと思ってたんだ。

 だけどボクの両親がお世話になっていた人からの話でね。断り切れなかった。」

「後宮の事は、周りの行動を止めずに放って置いたオレの責任だ。悪かった。」

頭を下げながら謝るエドワードに少女は慌てた。

「謝らないで!貴方が望んだ事ではないことくらいは、分かっているつもりだから。」

後宮に来て周りから話も聞いていた。エドワード王は執務と研究以外になかなか興味を持つ様子がない。

それ故に周りが心配して、早く妻を娶らそうと躍起になっているのだと。


「納得しないまま無理矢理に近い形でここに来たから、最初の内は与えられた部屋から出ずにいたんだ。

 それでもこのままじゃ駄目だと思って、初めて外に出た日に貴方に会った。」

気取った所のない、まるで昔から知っていたかのような気安さと会話の楽しさ。そして心地よさ。

「あの日、貴方と話せて随分気が楽になったよ。この城で暮らしていく覚悟も出来た。」

その覚悟をさせてくれた相手が、仕えるべきエドワード王だったのは彼女にとって幸運だったのか。

「どこに居たって、やろうと思えば勉強は出来る。場合によってはお務めがなくなる事もあるみたいだし。」

后候補の彼女たちのお務めが免除される。それは1年経っても王の目にとまらなかった時だ。

その時は希望する者は家に帰る事も許される。


「…家に帰りたいか?」

「え?」

真剣な表情で自分を見詰める王の真っ直ぐな眼差し。少女は小さく首を傾げた。

きっと帰りたいはずだ、と彼は思った。いくら覚悟したとはいえ、無理矢理に連れて来られた場所になど居たいはずがない。

「お前が望むなら、オレにはそれを叶える事が出来る。今すぐにでも帰る事が出来るだろう。」

だけど、もし。ほんの少しでも良いから。一度は覚悟したというのなら。

「ここに居て欲しい。出来ればオレの傍に。」

無理強いはしたくない。王という立場のエドワードが望みを口にすれば、それは強制力を持ってしまう。

それでも言わずにはいられなかった。少女が望むなら家に帰してやりたいと思う気持ちも本当なのに。

そんなエドワードの内心の葛藤が伝わったのだろうか。少女はゆっくりと微笑んだ。


「貴方がエドワード王で良かったって。今、心からそう思うよ。」

それは1週間前、初めて会った時に見せたあの優しい笑顔よりももっと柔らかな微笑みだった。

少女の言葉にエドワードの表情に歓喜の色が浮かぶ。少女は彼の願いを受け入れここに残る事を選んだ。

誰に強制されたでもなく、自らの意志で。


「そう言えば、お互いちゃんと名乗ってもいなかったんだな。」

エドワードは側近から彼女の名前を聞いてはいた。だけど呼ぶ前に彼女の口からその名を聞きたかった。

「オレはエドワード・エルリックだ。」

名乗りながら差し出された手を取りながら、少女は自分の名を初めて彼に告げる。

「ボクの名前はー。」






それから暫くして、後宮に集められた女性達は家や新しい奉公先へと移っていった。

一人だけ残った少女がエドワード王の后となったのは、もう少し後の物語。



























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