それなりにシンデレラ
ここはアメストリス国の中心部セントラル。
豊かな風土と温暖な気候に恵まれたこの国は、特に大きな争い事もなく、皆穏やかに暮らしていました。
そのセントラルに突如響き渡る怒鳴り声。ご近所が慣れきったその声はこの辺一番のお金持ちエルリック家の長女のもの。
錬金術の腕前は国で1・2を争う程の腕前と評判の彼女は、その研究の為かしょっちゅう自宅を半壊したりして周りを騒がせていたけれど。
なかなか顔立ちの整った目立つ風貌にも関わらず、顔に時々煤をつけたまま平気で外を出歩いたりするので、
「シンデレラ(灰かぶり)」と呼ばれたりしながら、その憎めない性格から可愛がられていました。
「俺だけ留守番ってどういう事だ!」
怒りの形相の姉を、末の弟フレッチャーはオロオロしながら宥めようと必死だ。
「ごめんね、エド姉さん。姉さんの晩ご飯は用意しといたから。姉さんの好物ばっかりなんだよ?」
上目遣いに眉を下げながら弟の言葉に、エドワードが一瞬言葉と勢いを無くす。この可愛い末っ子に彼女は弱かった。
だけどそこで引き下がる訳にもいかなくて、壁にもたれてこちらを見ていたすぐ下の弟を睨んだ。
「仕方ないだろう、今回はそうした方が良いって義母さんが言うんだから。デザートはフレッチャーが作ったんだぞ、喜べ。」
睨み付ける姉に、ラッセルは平然と返す。そのラッセルの言葉にエドワードは傍らで困った顔をしている義母に詰め寄った。
若く美しく時に厳しい義母はエドワードの憧れであり、唯一頭の上がらない人だ。だが今回だけは別だった。
「義母さん!何で俺は行っちゃ駄目なんだよ!」
納得出来ずに怒鳴るエドワードをリザが振り返る。その目は恐いくらいに真剣そのものだった。
「ごめんなさいねエドワード君。私も連れて行ってあげたいのだけど…。
今回の晩餐会はね、王子さまの花嫁探しも兼ねているの。」
「花嫁探し?」
「そうよ。だからエドワード君を連れて行って、万が一にも見初められたらやっかいだわ。」
だから今回は駄目なのよ、ごめんなさいね。
リザの台詞にエドワードは首を捻った。一般的に言って、王子に見初められたら祝い事なんじゃないだろうか。
「王子に見初められると問題なの?」
エドワードの当然の疑問に、リザは苦笑しながら答えた。
「王子はね、…凄い女ったらしなのよ。貴女にはそんな方の所にお嫁にいって欲しくないの。」
「あー、やっぱり城に行ってみてー…。」
リザの言葉に妙に納得してしまい、その場を引き下がってしまったエドワードだったが未練はたらたらだ。
玉の輿なんてまったく興味はないが、城の図書館に禁書としてたくさんの錬金術本が保管されていると聞いた事がある。
それらは許可をうけた者しか見る事の出来ない、貴重なものだった。
「全部とは言わねーけど見てみたかったなぁ。」
城に行ったとしても禁書を見る許可が出たとは思えないが、近づける機会だって貴重なのだ。
こうして家にいる事が何とも虚しくなる。
「そぉんな貴方に朗報ーーーっ!」
「な、なんだーーー!?」
その時勢いよくドアを開けて入ってきた乱入者に、エドワードは寝ていたソファから飛び起きた。
そこに立っていたのは、全身黒尽くめの見るからに怪しい人物。
「なんだお前!人ん家に勝手に入ってくるな、不法侵入だぞ!」
「やあねー、固い事言わないでよ。これからあんたを助けてくれる恩人に向かって。」
「固い事ってそういう問題じゃー…。大体助けるって何だ。」
「お城に行きたいんでしょ?私がその願いを叶えてあげるわ!」
「お前が…?」
自信満々で仁王立ちしながら言い切るその人物を、エドワードは胡散臭げに見る。
真っ黒のマントを頭から被った、自分と同じくらいの背丈。声は妙に若いようだがこのスタイルって。
「魔法使いのおばあさん…?」
ボソリと呟いた台詞に、黒尽くめの人物が目にも止まらぬ早さで何かをぶん投げた。
「ふぎゃっ!?」
エドワードを直撃したのは何故かスパナだった。一体どこから出したんだ。
「失礼な事言ってんじゃないわよ!私のどこがおばあさんに見えるって!?」
仁王立ちのまま頭からマントを外す。そこにいたのはエドワードと同じ年くらいの金髪の少女だった。
「そんなマント頭から被ってたら分かるわけないだろ!誤解されたくなかったらんな格好しなきゃ良いじゃねーか!」
「私だって着たくないわよ、でも魔女の正式スタイルなんだから仕方ないでしょ。」
先代達ってセンスないのよねー。ブツブツ言いながら近づいてくる少女。
「まあいいわ。私の名前はウィンリィ。職業魔法使い見習いよ。」
「あ、ああ。俺はエドワードだ。」
差し出された手を反射的に握って握手をする。俺、なに不法侵入の魔法使い(見習い)と握手なんてしてるんだ。
とにかく、見た感じはそんな変なヤツではなさそうだが、怪しいのは変わらない。
これが男だったらぶん殴って追い出す所だが、相手が女じゃなー。
ここは大人しく言う事聞いて、さっさとお引き取り願おう。
「そんで?その魔法使い(見習い)が俺に何の用?」
「ああ、さっきも言ったけどお城に行きたいんでしょ?私がその望みを叶えてあげるわ。」
「…何で見ず知らずの魔法使いが、俺の望みを叶えようとしてるんだよ。」
「あんた、それを言ったらお伽噺は始まらないわよ。っと、そうじゃなくってノルマなのよ。」
「ノルマ?」
「そう、困ってる人を助けて望みを叶えてあげるの。これが魔女学校の卒業試験でさぁ。明後日までにやんないとなのよね。」
何とも面倒そうな表情で話すウィンリィに、エドワードは納得した。
これが無償で善意で、なんて言われてたら胡散臭さ倍増だが、そういう理由があるならかえって安心だ。
それに城に行きたいのは事実だったし、叶えてくれるというなら素直に叶えてもらおうじゃないか。
「そっちの事情は分かった。それでどうやって城に行かせてくれるんだ?」
「んー、まずは衣装よね。ちなみに手持ちのドレスは無いの?」
「ドレスなんて動きにくいもん着てたら研究出来ないから作ってねぇ。義母さんは作れって言うんだけど。」
そろそろ女の子らしい格好を、と心配してくれるリザには悪いが、どうにもヒラヒラしたドレスは性に合わない。
「話には聞いてたけどほんとなのね。男装趣味のエルリック家の長女って。」
「俺は別に男装が趣味って訳じゃないぞ。動きやすさを追求してたらこうなったんだ。」
今現在のエドワードの服装は上下とも黒、上はタンクトップで下はピッタリと体にフィットしたズボン。
確かに年頃の女性の着る服ではなかった。だが妙に似合っているのも確かだったけど。
「ヒラヒラが苦手ねぇ。でもドレスってそういうのばかりじゃないのよっ♪」
ウィンリィが一際大きなスパナを手に持つと、それをエドワードに向けて振った。
エドワードの体が光に包まれ、次の瞬間ー。
「な、なんじゃこりゃー!!」
彼女の身を包んでいたのは真っ赤なチャイナドレスだった。体のラインにピッタリ沿ったロングチャイナ。
太股の辺りから深めのスリットが入り、かなり悩殺的だ。
「何だよこれ!なんでチャイナドレスなんだ、しかもスリット深すぎ!!」
裾を抑えながら吼えるエドワードに向かって、ウィンリィは平然と答える。
「あんた体細くてライン綺麗だから、こういうドレスの方が似合ってるわ。
大体、禁書を見たいんでしょ?たらしの王子さまに近づいて許可をもらうには、多少色気も必要だと思うけど。」
禁書の事を持ち出されてエドワードは黙った。確かに許可をもらうなら王子に近づくのが手っ取り早い。
「だけどこれ、大胆すぎるんじゃねーか…?」
「大丈夫よ!お城のパーティーなんて、玉の輿目当てのお色気ムンムンな連中がたくさんいるんだから。
このくらいのドレス、まだ露出が足りないくらいだわ!」
何だったらもっとスリット深くする?というウィンリィに慌てて首を振る。これ以上なんて冗談じゃない。
「そう?ちょっと残念ね。それじゃ後はお化粧と髪を結い上げてっと。馬車と従者は外に用意してるから。」
「ちょっと待て、化粧まですんのか!?似合わないから嫌だ!」
「似合わないなんてないわよ、あんた顔立ち整ってるし肌綺麗だし。
大丈夫、私が腕によりをかけて、滅多にお目にかかれないくらいの美女に仕立ててみせるわ!」
後はあんたの頑張りしだいよ。そう言われてエドワードはこの後の自分の姿を想像して溜息をついた。