重なる願い 伝わる想い 後編













次の日、アルフォンスは無事入隊した。

マスタング将軍の元で働きだしたアルフォンスは、毎日忙しそうではあったけど楽しそうで。

軍部でモテているようだと伝え聞いてはいたけど(主にハボック大尉から)、それは全て断っているらしい。

今は軍に入りたてだし、アルだってそういう余裕はないのかもしれない。そう思ってちょっと安心していた矢先の事。

それはアルフォンスが軍に入って一月ちょっと経った頃だった。





「姉さん、お茶にしない?ケーキ買ってきたんだけど。」

本日非番だったアルフォンス。朝から出掛けていたようだが、帰ってきた弟の手には箱がぶら下がっていた。

頷くオレにソファに座るように促し、手早く紅茶を用意してくれる。


「ここ最近人気が出てる店みたいなんだ。どれがいい?」

アルフォンスが開けて見せてくれた箱の中には、見た目にも美味そうなケーキが並んでいた。


「お前、4つも買ってきたのか。」

「だってこういうのって、定番物とその店オリジナルと、両方食べてみなくちゃ好みに合うか分からないでしょ。」

真面目な顔で言うアルフォンスが可笑しくて思わず笑ってしまった。こいつは見かけによらず大の甘党だ。


「それなら半分ずつ食べてみるか?そしたら4種類全部しっかり味見出来るし。」

「それもいいね。じゃあまず定番のショートとガトーショコラにしてみようか。」

「アル、もしかしてこのケーキの為に朝から出掛けてたのか?」

「まさか、他に用事があったんだよ。その帰り道にこの店を通りがかってさ。評判は聞いてたし、買ってみようかなって。」

それにふ〜んと返して、オレは綺麗にデコデーションされたケーキを一匙掬って食べてみた。


「あ、美味い。」

口から零れたのは素直な感嘆の言葉。スポンジがしっとりしてて、でも重く感じない。


「こっちのガトーショコラも美味しいよ。食べてみて。」

早くも半分になったショコラケーキを見て、エドワードは少々呆れた顔になった。


「早すぎ。本当に味わって食べたのかよ。」

「外まわってきたらお腹が空いたんだよ。次はゆっくり食べるから。」

流れる穏やかな空気にオレは顔が弛んでくるのを感じた。

どうしてだろう。今日のアルからはあの余所余所しい空気を感じない。

交わす会話はいつもと同じ。でもこの懐かしい感じは本当に久しぶりで嬉しくなる。

まるでずっと感じてた疎外感が、自分の勘違いだったんじゃないかと思えてくる程に。


「あー、美味かったな!アル、今度は一緒に買いに行こうぜ。ここならまた食べたい。」

楽しい会話も相まって少々オレは浮かれていた。顔を上げるとアルフォンスがオレの顔をじっと見ている。

その真剣な眼差しに動きが止まった。


「…姉さん、話があるんだけど良いかな。」

「は…なし?」

何の、と言おうとしたけど口が上手く動かない。その間にアルフォンスはソファから立ち上がるとオレの横に座った。


「前からずっと、今日という日に話そうと思ってたんだ。」

アルフォンスの目は恐いくらいに真っ直ぐエドワードを見ていた。その雰囲気に飲まれてしまう。


「急にこんな事言ったら、きっと姉さんは困ると思う。でもボクの正直な気持ちを知っていて欲しい。」

気持ちって何だ…?この家を出たいとか、そういう事か…?そんな事を考えていたのに。


「ボクは、姉さんが好きなんだ。」

「・・・・・・・・・・・・え?」

ポカンと意味の分かってないような返事をする姉に、アルフォンスは穏やかに笑いかけた。


「家族として、弟として以上に、貴女を一人の男として愛しています。」

エドワードの左手を取り、アルフォンスは優しく両手で包み込んだ。


「ずっと…、一緒に過ごす相手は姉さんがいい。姉さんといたい。」

ー言葉は、柔らかく優しく。エドワードの鼓膜を震わせ、胸に染みわたっていく。


「今まで以上に、これからの一生を貴女と共に生きていきたい。だから…、ボクを傍にいさせて下さい。」

言われている言葉の意味が。ぼんやりとしか理解出来ない。


「びっくりさせてごめんね。でも伝えなきゃ何も始まらないと思って。」

少し心配そうなアルフォンスの声に、エドワードは頭を振る。


「びっくりは…した。だけど。」

「…だけど?」

「オレ、傍にいてもいいのかな。お前もう自由なんだぞ。これから誰とだって付き合えるのに。」

優しく見詰めるアルフォンスの眼差しに、エドワードはくしゃりと顔を崩した。

泣きそうなのを堪える姉が愛しくて、アルフォンスはその頬を撫でる。


「言ったよね。ボクは姉さんといたいんだって。お願いしてるのはボクなんだよ。」

「アル…。」

「自由だからこそ、ボクは姉さんを望んでるんだ。」

そのアルフォンスの言葉が、エドワードには何より嬉しかった。堪らず弟にしがみつく。


「なんで…!なんでお前はいつもそうなんだよ!」

「…姉さん?」

「いつもいつも!オレが欲しい言葉を、どうして…っ!」

しがみついたまま肩口で小さく叫ぶ姉。その体が少し震えてる。

欲しい言葉、と姉は言った。ボクが言った事が欲しかった言葉だというなら。


「それは…、姉さんもボクと同じだと思っても良いの?否定するなら今だよ。」

最後の逃げ道を用意するアルフォンスに、エドワードはそのままで応えた。


「否定なんてしない。…オレもアルが好きだ。ずっと一緒にいたい…!」

ぎゅっと握りしめた手に力を込めた。嬉しいのと恥ずかしいので頭の中はパニック状態だ。

俯いたまま震える姉の肩を、アルフォンスはそっと引き離した。


「顔、見せて。」

ふるふると小さく首を振る頬にもう一度触れ促すと、姉は少しずつ顔を上げた。

真っ赤になり目に涙を溜めて。そんな彼女が愛おしくて、アルフォンスはその額に触れるだけの口付けをする。

それから今までより強く抱き締められて、その温もりにエドワードは眩暈がしそうな幸せを感じていた。

逞しくなった弟の胸の中で、アルフォンスが言ってくれた言葉を思い返す。

『好きなんだ』『一人の男として愛してる』そんな事言ってもらえるなんて思ってなかったから、まるで夢みたいだ。

弟が言ってくれた言葉を忘れないようにと反芻していたエドワードだったが、ふと気が付いた事があった。


「なあアル。なんで『今日という日に話そう』って思ったんだ?」

体を取り戻した日とか、どちらかの誕生日とか。何か記念日でもないごく普通の日だ。

わざわざ今日にしようと思ったというその理由が分からない。

不思議そうな姉に、アルフォンスは微笑みながら答えた。


「今日はね、ボクの初給料日。だから前から少将に頼んで、休みにしてもらってたんだ。

 初めて自力で得たお金で、これを買いたかったから。」

そう言ってアルフォンスが取り出したのは、小さなビロードの箱だった。

開けられた中身を見て、エドワードは驚愕する。出てきたのは中央にダイヤモンドが光る指輪。


「姉さんあんまりこういうアクセサリー付けないし、煌びやかに派手なのは抵抗あるかなって思ってシルバーゴールドにしてみた。

 でもね、ダイヤの爪の部分、よく見るとハート形してるんだよ。可愛いでしょ。」

唖然とする姉の手を取り、アルフォンスはそっと左手の薬指にその指輪を嵌めた。


「もしも姉さんがボクの気持ちを聞いて、嫌がらなかったり今後考えるって言ってくれたらそれを渡そうと思って。

 付けるのが嫌なら受け取ってくれるだけでいいよ。それも嫌なら、受け取っても良いって思ってもらえるまで、ボクは待てるから。」

アルフォンスの言葉に慌てて首を振った。嫌だなんて思うはずがない。嬉しすぎて言葉が胸に詰まる。

何も云えずにいる姉の髪を梳きながら、アルフォンスは嬉しそうに話した。


「こういうのって給料の3ヶ月分とか言うでしょ。だからもう少し先にしようと思ってたんだ。

 でもハボック大尉達に、少佐位の給料3ヶ月分の指輪ってどんなんだよって呆れられて。」

屈託無く話すアルフォンスの無邪気な言葉に、エドワードは引っかかる物を感じた。

今こいつは何て言った?ハボック大尉達って…。


「アル!お前この事あいつらに話したのか!?」

急に血相を変えた姉の剣幕にも怯えず、アルフォンスは平然としている。


「話したというより、何だかずっと前からボクの気持ちばれてたみたい。だからよくからかわれてたんだけど。」

知らなかった?と訊ねられて力が抜ける。

オレが気付いてなかったアルの気持ちをあいつらが気付いていたという事は、逆だって有り得るわけだ。

その時約一ヶ月前の少将が言った言葉を思い出す。『今は見守ってやればいい。そう悪い事にはならないだろう』

あの時あいつが言ってたのはこの事だったんだ…!

唖然とする姉にアルフォンスは苦笑する。


「からかわれるのは困ったけど、ボクは嬉しかったよ。褒められたことじゃないのに、応援してくれるって事がね。」

どれほどの想いか、どれほどの覚悟か。何も言わなくても理解して応援してくれた人達。

その存在は恐らく姉弟にとって救いだ。





「本当はちゃんと一人前だって思える様になれたら告白しようって思ってたんだけど、それまでボクの忍耐が持つとは思えなかったし。」

「忍耐って…。」

「お祝いしてくれた時、スカート履いてくれたでしょ?あの時なんてかなりヤバかったんだから。」

「何がヤバいんだよ。お前いつにも増して素っ気なかったくせに。」

ぶーたれる姉に、アルフォンスは苦笑した。


「違うよ、あんまり可愛かったから、抱き締めたくなって。それを堪えるのに必死だったんだ。」

こんな風に。

そう言いながらアルフォンスはエドワードを抱き締めた。ふわりと鼻腔を擽る弟の匂いに、泣きそうになる。

ずっとこうしていたいと思う。ここが、この胸の中が、唯一安らげる場所だ。

なくさずにいられたことが、心の底から嬉しいと感じた。


「一生傍にいたいって、言ったからには責任取れよ。その代わりもう耐えなくていいから。」

「…そんな、煽るような事は言わないで欲しいんだけど。」

見上げながら際どい台詞を言う姉に、困ったような顔をするアルフォンス。


「煽ってるんだよ、言わせんな馬鹿。」

驚いたように見る弟の視線に、姉は一気に真っ赤になりながら、少しだけ背伸びして。

目の前に見えるその顎に軽くキスをした。



























サイト2周年御礼企画その6。リクエストは茉莉花さん。

リク内容は
人体練成後。そっけない弟(実は照れてるだけ)をなんとか振り向かせようとアレコレやらかす姉さん。
最後にめでたく両思い
でした。

ギャグっぽい感じで、との事でしたのに、ちょっとシリアス気味…。
出来るだけ軽い感じにしようとしたので、努力は買って下さい(笑)
思い掛けず前後編になってしまったのは前編をノリノリで書いたせいです。
おかげで後編煮詰まりました。
密かに前に書いたリクと話が繋がってまして、こちらの方が先のお話になります。

茉莉花さん、漢前なアルになりましたでしょうか?
よろしければどうぞお受け取り下さいませー!


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