重なる願い 伝わる想い 前編
全てを取り戻して二年。もうすぐ弟が正式に軍に入隊する事になった。
国家錬金術師の資格も取ったので少佐からのスタートだ。
今、目の前のアルフォンスは仮縫いされた軍服を着ている。姉の目から見ても格好いい。
その姿を見て、誇らしい気持ちと共に焦りの様な気持ちが湧き上がる。
アルフォンスは優しいし頭もいい。腕も立つし、この若さで少佐という地位に就く。
誰がどう見たって将来有望株なのは間違いない。
そうでなくてもこいつは昔からよくモテた。老若男女所構わずだ。
それがこんなに格好良くなって、さらにモテるだろう事は想像するまでもない。
今まで二人でやってきて、アルも体を立て直すのに必死だったからそんな余裕なかったけど。
これからは色恋沙汰に興味を持ったりするんだろうか。
そう思うとアルフォンスの新しい船出を素直には祝えないエドワードだった。
アルフォンスが入隊するまで後1週間。エドワードは憂鬱な日々を過ごしていた。
こんな事ならもっと反対していれば良かった。何と言われても折れなきゃよかった。
でもアルがこの二年、そういう目標の為に苦しいリハビリに耐え体を作っていた事を知っている。
『ボクはボクらを見守ってくれてた人達と、この国を新しくするため何かをしたい』
そう言われて反対出来るわけがないのだ。その気持ちは自分だって同じだったから。
「なんだ、随分と機嫌が悪そうだな、鋼の。」
部屋に入ってくるなりいつものように皮肉る馴染みの相手に、エドワードは顔を顰めた。
「おせーぞ少将。待ちすぎてソファに尻が根付くかと思ったぜ。」
悪態をつく相手に、マスタング少将はやれやれと苦笑する。
「君もそろそろ口調を改めないとな。嫁の貰い手がなくなるぞ。」
「うるせえ、よけーなお世話だ。いいんだよ、オレは嫁になんかいかないんだから。」
准将の裁可が必要な書類を机に叩き付けて言い切ったオレを少将は驚いたように見て、その後ニヤリと笑みを浮かべた。
「…なんだ、その笑い。」
「いや、何でもないよ。それよりもアルフォンスの準備はどうだね。」
言いながら書類に目を通していくマスタング。聞かれた内容にエドワードの顔が更に憮然となる。
「知らね。多分順調なんじゃないの?明日には軍服も出来上がるってのは聞いた。」
「おや。随分と冷たい口調だね。」
意外そうに言うマスタングの言葉に、エドワードは小さく溜息をついた。
「違うね。冷たいのはアルフォンスの方だ。あいつ、何かオレと距離を取りたがってるみたいな気がする。」
そう感じるようになったのは最近の話じゃない。少なくとも体を取り戻して暫く、入院していた頃はもっと違った気がする。
いつからか、アルフォンスの態度が素っ気ないと感じるようになった。あれは多分弟の背がぐんぐん伸び始めた頃だ。
痩せていた体はあっという間に回復して成長した。それと同時に大人になっていくアルフォンス。
それはきっと喜ばなくちゃいけないことなんだろうけど、エドワードは喜べない。
事情が事情とはいえ、今までべったりだったのが変だったんだ。それくらいは分かってるつもりだ。
「オレが兄だったら良かったのにな。男兄弟なら大人になっても変わらずいられたんだろうけど。」
最近じゃ悩み事も相談してくれない、軍に入る事だってほとんど事後承諾だったし。
溜息つきながら項垂れる姉を見て、マスタング少将は顎に手を当てながら少し唸った。
「君が兄だったらあれも困ると思うんだが…。」
むしろどっちでも関係ないのか?小声で呟く少将の言葉は、エドワードの耳には届かなかったようだ。
「あ?何か言ったか?」
「いや、何でもないよ。書類の方は不備はないようだね。」
印を押した書類を渡す准将を訝しげに見ながら、エドワードはそれを受け取るとさっさと帰ろうとする。
その後ろ姿に少将は言葉を投げかけた。
「君が兄だろうが姉だろうが変わるあれとは思えないがね。今は見守ってやればいい。そう悪い事にはならないだろう。」
少将の言葉に思わずエドワードは振り返る。その目は不信感でいっぱいだ。
「あんた、何か知ってるのか。」
「ん?私が何を知っていると?」
余裕綽々で澄ました顔の少将を見て、これは何も話す気はないと悟ったエドワードはムッとする。
「アルは来週からあんたの部下だ。変に扱き使ったら承知しねーからな!」
捨て台詞の様に怒鳴ると、エドワードはドアを叩き付けるように締めて出ていってしまった。
「距離を取りたがってるねぇ…。」
エドワードの言葉を思い出し、将軍の口元に笑みが浮かぶ。
「どうやら随分と余裕が無かったようだな青少年。気持ちは解らんでもないが。」
それも後少しの辛抱だろうと、彼はひっそりとエールを送った。誰にってこの場合二人共に。
明日はいよいよアルフォンスの入隊の日だ。
決まってしまった事をあーだこーだ悩んだって仕方ない。エドワードは覚悟を決めた。
弟が一生の仕事を決め、無事にその第一歩を踏み出したのだから祝ってやるのは姉の務めだ。
それが出来るたった一人の家族はオレだけなんだから。
「お帰り、アルフォンス。」
戻ると同時に玄関で出迎えられて、アルフォンスは驚いた。出迎えられた事ではなく、姉のその格好に。
「どうしたの姉さん。そのスカート、ちゃんと着たの初めてじゃない?」
エドワードが着ていたのは以前アルフォンスが選んでくれたロングスカート。
上着に着ていたニットは普段から愛用している物だが、スカートは買って以来身につけた事はなかった。
「たまには良いかと思って。せっかくお前が選んでくれたのに、一度も着たことなかったしさ。」
「そうだったんだ、やっぱり似合うよ姉さん。これからはもっとこういうの着ようよ。ワンピースとかもさ。」
「ワンピースはやだ。何かいかにも女の子って感じだし。」
オレの台詞にアルフォンスが仕方ないな、という顔をした。
「姉さんは立派に女の子なんだけどねぇ。ワンピースっていってもカジュアルなのも…うわ、凄い。」
話ながらダイニングに入ったアルフォンスは、テーブルを見て驚きの声を上げた。
「今夜くらいは二人でお前の門出を祝おうと思って。おめでとう、アルフォンス。」
テーブルに並んでいたのは祝いの料理の数々。弟が出掛けた朝から頑張って作ったものだ。
いつもは大皿料理が多いエドワードにしては珍しく、多少手の込んだ料理が多い。
本当は明日祝いたかったけど、マスタング組が祝ってくれる予定だ。
未だに多少引っかかるものはあるけど、アルフォンスを最初に祝ってやりたい。だから今夜にした。
「ありがとう、姉さん。嬉しいよ。」
見せてくれた笑顔は本当に嬉しそうで。エドワードも微笑んだ。
食事自体は楽しいものだった。交わした会話も自然だった。だが、やはり僅かに以前とは違うものを感じてしまう。
余所余所しさ、というのだろうか。アルフォンスの世界から弾き飛ばされたような疎外感。
今日だって自分なりに頑張ってスカートを着てみたけど、弟の反応はやっぱりごく普通だった。
以前のアルならもっと喜んでくれたと思う。オレが女らしい格好をしないと嘆いてた頃のあいつなら。
まあそりゃ姉ちゃんがどんなに気張っても、見て楽しいものじゃないだろうけど。なんたって弟なんだし。
アルの好みってどんなのだろう。やっぱり女の子らしい可愛い子なんだろうな。
昔はウィンリィに惚れてたみたいだから、凶暴なのも可なのかもしれないが。きっとあいつ面食いだ。
ウィンリィもな、黙っていれば文句なしの美少女だ。どこも柔らかそうだし。
その内ふわふわした可愛い女の子なんかを連れて帰ってきて、「姉さん、この人と付き合ってるんだ」なんて。
「あ、やべ。泣きそう。」
弟が外の世界に出れば何れその日はやってくる。
恐れていた事が急に現実味を帯びてきて、エドワードは胸にどす黒い渦が巻くのを感じた。
今まで二人で過ごした日々、それは思い返すとまるで蜜月のようだった。だけどもう終わりが近づいてる。
その事実に、今更ながら切なくなるエドワードだった。
もうちょっと続きます。