変化する心と体
そろそろ休もうかな…。
夕食の片づけをすませ、お風呂に入り火照っていた体から汗もひいた。
冷やしておいたローズティーを飲みながら、アルフォンスは溜息をつく。
この一週間というもの、兄は家に帰ってこない。
それは軍に入り、今は大佐という地位についた兄だから仕方のない事だった。
マスタング大総統の直属の部下として重責を負う兄、エドワード。
今の仕事が片付いたら、少しはゆとりが出来るみたいだけど。
兄妹二人だけで暮らす家だから、一人が欠けてしまうと途端に寂しさが増す。
やっぱりもう少し狭い家でも良かったのになぁ。本が増やせるのは嬉しいんだけど。
二人が住んでいるのは軍の宿舎だった。だが士官用の為、ファミリー向けに作られている。
兄妹それぞれの部屋と客間を用意して、それでも余る残りの部屋は物置と書庫になっていた。
昼は学校に行ったりしていない事が多いし、明るい時間帯はあまり気にならないのだけど。
自分一人しかいない広い家は、空気さえ冷たく感じてアルフォンスはまた溜息をついた。
こんな風に感傷的になるのは、きっとアレ前で体調が微妙なせいだ。
こういう時には寝てしまうに限る。
そう思ってカップを手に立ち上がったアルフォンスの耳に、ドアベルの音が届く。
日付が代わるまであともう少し。こんな時間に訪ねてくる人間はいない。
考えるまでもなく兄の帰還だろうが、もう仕事は片付いたのだろうか。
それにしても鍵を持ってるんだし、勝手に入ってくれば良いのに。
不思議に思いながらアルフォンスは玄関へと向かった。
「兄さん?おかえりなさ…。って、ちょっとどうしたの!?」
扉を開けたアルフォンスの目に、手すりに寄りかかる兄の姿が映った。
アルフォンスの声に顔を上げたエドワードが、妹の姿を認めて嬉しそうに笑う。
「おー、アルフォンス。元気にしてたかー?」
陽気に言う兄の顔は少々頬が赤い程度だが、1m離れた体から漂う独特の匂いにアルフォンスの眉が寄る。
「兄さん…。相当酔ってるね。」
これは軽くボトルを空けてるんじゃないだろうか。
「思ったより仕事が速く片付いてさ。急に帰っても食事の準備とか大変だろうし、食ってから帰ろうと思って。」
そしたらそのまま、飲み会に付き合う事になっちまったー。
へらへらと話す兄に、アルフォンスは溜息をついた。
勤めているんだし、仕事が一段落した時飲むのは良いだろう。
だが兄は大佐という地位にはいるが一応まだ未成年なのだ。
酒に関しては底なしのあの面々に付き合ってたら、体がいくつあっても足りないどころか体を壊してしまう。
「あんまり飲み過ぎないでって言ったのに…。」
まだ肌寒い季節、とにかく部屋に入れなければとアルフォンスは兄の体を支えた。
背も伸びてきた上に筋肉質な兄の体は見ため以上に重い。
戻りたいわけではないけれど、こういう時はあの鎧の体が懐かしいなぁとアルフォンスは思った。
それでもどうにか引きずるようにして兄の部屋に辿り着き、ベッドへと座らせる。
お水でも飲めば少しは目も覚めるだろうと、サイドテーブルの水差しを取ろうとしたアルフォンスの服が引っ張られた。
急に後ろに引かれて、アルフォンスは驚いて振り返ると、兄がこちらを見上げている。
どうしたの、と声をかける間もなかった。
あっという間に引き寄せられ、荒々しく口付けされてアルフォンスの頭は一瞬真っ白になる。
だがすぐ次の瞬間、口移しに漂う強いアルコール臭にハッと正気を取り戻した。
「兄さん!いきなり何するのっ。」
必死に顔を押しのけようとするが、酔っぱらいは加減を知らずギュウギュウと抱き締めてくる。
いつもよりも強い力で押されてアルフォンスが顔を顰めた。
「何かさー、1週間もアルに会えなかったし。今日は我慢しようと思ってたんだけど、無理みたいだ。」
抱き締めながら妹の顔を覗き込んで、悪びれもなく言う兄にアルフォンスは呆然とした。
確かに1週間会えなかったし、寂しいとは思っていた。
でもだからといって即Hというのは嫌だ。酒に酔った勢いというのも嫌。
何より今日はそんな気になれそうにない。何故って体調的に。
「ちょっと待って兄さん、ボクはそんな気分じゃ…っ。」
ないのだと、そう言おうとしたアルフォンスの言葉はエドワードの口に塞がれ最後まで言えなかった。
アルフォンスの抵抗も、酒で勢いづいた兄には何の意味も為さず。
ご満悦な兄ではあったが、すぐにその日の己の行動を海よりも深く後悔するはめになるとは、この時知る由もなかった。
翌朝。目が覚めた時エドワードは一人だった。
僅かに鈍く痛むこめかみを押さえながら渋々と起き出す。
窓から差し込む日の光は高く、今が朝ではない事を物語っていた。下手をすると昼過ぎだろう。
1週間ぶりに帰ってきたとか帰宅が遅かったにせよ、こんな時間までアルフォンスが起こさないのも珍しい。
昼近くまで寝させてくれる事はあったけど、昼食くらいは食べろと起こされる事が多いのに。
訝しげながら居間へ向かう。そこにアルフォンスの姿はなかった。というか家に人の気配がない。
今日は休日だから大学へは行ってないはず。買い物にでも出掛けてるのか。
そう思いソファに座ろうとしたエドワードの目に、一枚のメモ用紙が目に入る。
上に乗っている透明のペーパーウェイトはアルフォンスのお気に入りの、ペンギンの形をしたもの。
ツルツルとしたそれをどけてメモを手に取ったエドワードは、書かれた内容を読んで目を見張る。
『しばらく留守にします』
簡潔な一言。下に小さく『A』の文字。
10拍ほどの間を置いて、兄の絶叫が家に響き渡った。
「ア、アルがっ、アルがいなくなった!!」
騒々しい足音を響かせて、盛大に扉を開いて駆け込んで来た男。
予想通りのその姿に、執務室にいた人間は平然とその男、エドワードを見た。
一応軍服は着ているが前ボタンは3つ程外れ、髪は櫛も通してないらしくボサボサしている。
家から一目散に走ってきたのか、体力は人並み以上の男にしては息が絶え絶えだ。
「アルの写真持ってきたから、憲兵に配って捜索の手配を…。」
「落ち着いて下さい、エルリック大佐。」
写真を振りかざすエドワードの前に、ホークアイ少佐が立つ。
「これが落ち着いていられるかって!こうしてる間にもアルに何かあったらどうするんだよっ!」
「何もありませんよ、彼女なら私の家にいます。」
「へ…?大尉の家…?」
言われた言葉の意外さにエドワードは口を開けてポカンとした。
呆然とするエドワードに、ホークアイは簡単に経緯を説明する。
「今朝アルフォンス君が私を訪ねて来まして、暫く置いて欲しいというので了承しました。」
「…なんで?」
「なんで、というのはアルフォンスが家を出た事か。それとも大尉を頼った事か?」
机に頬杖をついて、マスタング将軍が言葉をかけた。その隠しきれない呆れた表情にエドワードは眉を上げた。
「何だよ、その人を馬鹿にした顔。」
一気に不機嫌になる兄を見て、将軍はこれ見よがしに溜息をついて見せる。
「いやなに。君のある方面への鈍感さも、ここまで来ると大したものだと思ってね。」
「鈍感って何だよ!」
「言葉の通りだよ。アルフォンスが何故家を出たのか、君は解ってないようだからね。」
「何だと、てめえは解ってるって言うのか!」
「エドワード君、ちゃんと話をしましょう。将軍も煽る様な事は仰らないで下さい。」
これ以上エドワードを怒らせると部屋が戦場になりかねない。
リザは敢えて普段は呼ばない昔からの呼び方でエドワードを呼んだ。
リク話なのに続きます…。反省。