その言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなった。
アルの幸せを思ってセントラルを離れようとしていた事、いい兄貴としての姿だけを見せようと思っていた事。
それら全てが吹っ飛んで消え去って。その時の俺に見えていたのはただ、


目の前にいる存在、最愛の女の事だけだった。








慟哭V
















俯いて顔を塞いでしまった両手を無理矢理外し名を呼んだ。悲しげに顔を上げたアルフォンスに、何も言わずに自分のそれを重ねる。


最初、何をされているのか分からなかったのだろう。アルは大きく目を見開いたまま、ピクリとも動かなかった。
何度か角度を変え、やがて少しだけ薄く開いていた唇からスルリと舌を差し入れた。
その時初めてアルフォンスの体が大きく揺れ、反射的に腕を押し戻そうとするのを許さず、腰に手を入れ強く抱き締める。
伝い落ちた雨ではなく、生理的な涙がその目に溢れてくるまで思うがままに口内を蹂躙した。
唇を放すとアルフォンスは肩で大きく息をしていた。瞑った目からポロポロと涙がこぼれ落ちている。
溢れた先から雨と混じっていく涙を指で軽く拭う。荒い息をつきながら、アルフォンスが少しずつ目を開けた。



「…諦めるなんて許さない。」

「兄さ…ん?」

「お前があいつを好きなら、幸せになれるならと黙ってたけど。そうじゃないなら誰だろうとお前を渡したりなんかしない。」

アルフォンスは大きく目を見開いて俺を見ていた。信じられないとでも言いたげに薄く開いた唇。
その赤くぷくりとした柔らかな部分に手を触れると、一瞬アルフォンスが震えた。



「俺からお前を奪おうなんて許さない。あんなヤツより俺の方がもっとずっとお前を愛してる…っ!!」

俺の言葉に、アルフォンスは涙に濡れた目を見開いた。だって、と小さく呟く。



「だって、兄さん今までそんな素振りは全然…。結婚の話をした時だって、彼や両親に会った時だって…。」

「我慢してたんだよ。必死だった。本当はあいつがずっと憎らしくて、何度殺してやりたいって思ったかわからない。」

「そんな…。そんな事って。」

それならボクのした事は、兄さんを傷つけて苦しめていた?一番大切な人に、こんな憎しみを抱かせてしまうくらいに。
呆然とするしかないアルフォンス。その頬にエドワードがそっと手をあてた。



「…信じられないのか?」

俺の言葉を信じられないのか、あまりに展開が突飛すぎてついていけないのか。そのどちらともか。
それならそれで構わない。



「信じさせてやるよ。俺がアルをどれだけ好きなのか、お前に教えてやる。」

「え…?」

言葉と共にアルフォンスの体を抱き上げ、背後の木に押しつけた。
驚いて見上げるアルフォンスに口付ける。さっきよりもっと荒々しく。
そうしながら雨で張り付く服に手を差し入れた。しっとりと冷えた肌に直接触れると、アルフォンスの体がビクリと跳ねる。



「兄さ…っ!あ…、待っ…。やぁ…っ!」

キスの合間に切れ切れに聞こえるアルフォンスの声。俺は唇を放し手を止め、アルフォンスを見詰めた。



「本当に嫌なら全力で俺を押しのけるんだ。」

そうしたら俺は止める。傷つけるかも、なんて考えずに思いっきり殴るなり突き飛ばすなりすればいい。

「そ…んなのって、ずるいよ…。」

本当に嫌ならって、兄さんがボクにする事で?
この気持ちに気付いてなかった鎧の中で過ごした日々、その時でさえ触れたいと願っていた人。
自分ではどうしようも出来ないくらいに惹かれ続けた人。
あんなに優しい人を傷つけても、結局貴方以外を選べなかったボクなのに。それを拒めるはずがない。



ううん、違う。本当はわかってる。拒めないんじゃなくて。

ー拒みたくないんだ、ボクは。



「兄さん、兄さん兄さん…っ!!」

今度は自分から、兄の首筋に両手を回し、力一杯抱き締めた。
触れていないと不安だった。今、この出来事は夢なんじゃないかって。
誰かを酷く傷つけた事も、貴方に愛していると言われた事も全て。ボクの見ている勝手な夢じゃないかと不安になる。
だから、お願い。



「信じさせて、兄さんの気持ちを。これが本当の事なんだってボクに教えて!」

泣きながら必死に縋り付いてくるアルフォンスを、これ以上ない程強く抱き締めた。
こんなに二人共に強く抱き締め合ったのは、アルが体を取り戻した時以来だ。
あの時は純粋な喜びに包まれていた。温かなアルの体温をこの腕に抱き締める事が出来て、目も眩みそうに幸せだった。

今、同じ体は雨に冷えて微かに震えている。俺の体も同様だろう。



純粋に喜ぶというには色々ありすぎた。
今こうして通じ合った想いの裏には、結果的に俺達兄妹が傷つけ振り回してしまった人達の存在がある。
その事はこれから先、アルフォンスの深い傷として残るだろう。こいつは人を傷つける事を何より嫌う。
それでももう誰にも渡すつもりはなかった。エゴだろうと何だろうと。



街灯の灯りが微かに二人の体を浮かび上がらせる。葉の多い茂った木は、雨の勢いを和らげてくれた。
誰もいない深夜の公園。降りしきる雨の音と、二人の荒い息づかいだけが響いている。

貪るような口付けの後、エドワードはその白くなだらかな首筋に舌を這わせた。
そして服の裾から差し入れていた手の動きを再開すると、細く肉の薄い腹部から辿って、柔らかな膨らみへと手を伸ばす。
その動きにアルフォンスがぎゅっと目を瞑った。羞恥の為か、灯り始めた熱のせいか、頬がうっすらと赤い。
零れ落ちた熱い吐息に、何かが掻き立てられるような感覚を感じていた。



兄に触れられる箇所から、火がついたかのように熱が灯るのを感じる。
今まで知らなかった感覚は圧倒的に強烈で。頭の芯が痺れてくるようだった。
このまま全て兄さんで埋め尽くして欲しい。ボクが持つ全てでこの人を感じていたかった。



首筋に口を這わせていたエドワードの目に、柔らかそうな耳朶が入ってきた。殆ど衝動的にくわえてみる。

「ん…っ!」

口の中で軽く歯を立てると、アルフォンスの口から甘い声が上がった。
その口元を見ると、声を抑える為か下唇を噛んでいるようだった。そっと手を伸ばして口を開かせる。
赤く充血した唇を見ていたら、ふと嫌な事が浮かんでしまう。



ーこの唇に、俺より先に恋人として触れた人間がいる。



家族としてのキスなら、アルフォンスが体を失う前にも、取り戻してからもあった。
だけどそれは殆どが頬や額へだったのだ。
唇へのキスも全くなかった訳ではないけれど、それはあくまで親愛の印としてのキスでしかなくて。
恋人としてのそれはまったく意味合いが違う。その事にどうしようもない苛立ちを覚える。



「あいつに、キスはさせたんだよな…?」

「あ…っ!キスだけだよ。それ以上は何も…。」

胸を愛撫する手を休めずに耳元で囁くと、それだけでアルフォンスの体がビクリと震える。



「もうこの体は俺だけのものだ。他の男になんか指一本触れさせるな。」

「あ…、うん。そうだよ、ボクは兄さんだけのものだ…。」

どこか譫言のように呟きながら、ウットリとした眼差しを向けるアルフォンスが愛おしくて、俺はまたその唇を塞いだ。



アルフォンスの全身を余すとこなく撫で上げる。指を、口を、舌を這わせていく。
その度にアルフォンスはビクビクと震えた。その素直な反応が可愛らしい反面、嗜虐心も煽る。
優しくしたいのに、恐がらせたくはないのに。湧き上がってくる正反対の情動。それを抑え切れそうもない。
自分の浅ましい心が憎らしい。そんな事を考えていたのを察したのか、アルフォンスが上がる息を抑えながら囁いた。



「兄さん…。自分を抑えようとしないで。兄さんの好きなようにしてくれていいんだよ…?」

「アルフォンス…。」

どうしてこいつは。こんな時までどうしようもなく優しいんだ。今度の事では酷く傷ついているはずなのに。
そんなお前が弱ってる事を承知の上で抱こうとしてる最低の兄貴を気遣って。受け入れようとしている。


早く、早く欲しい。アルフォンスの全てを俺で満たして埋め尽くしてしまいたい。
許されている事に甘えていたのはわかっていたけれど。もう我慢出来そうになかった。
指で少し解きほぐしただけの場所。熱く潤ってはいたけど、本当ならまだ先の行為に進むには早すぎるはずだ。
それでもその場所へ己の滾った物を取り出し押し当てた。



「あ…。」

自分の下腹部へと当てられた物に、アルフォンスが反応した。軽く擦り付けると熱い溜息が漏れる。
俺の首筋へと回されたアルフォンスの腕に、力がこもるのを感じた。



「アル。辛かったら我慢せずに声を出せ。思いっきり爪を立てても構わないから。」

「う…ん、兄さ…ああっ!」

その場所へとグッと腰を押し進める。自分自身の欲で触れたアルフォンスは、熔けそうなくらいに熱かった。
初めて男を受け入れた箇所は、異物を押しのけるように苦しいくらいに締め上げてきた。
あまりの衝撃の為か声すら発しないアルフォンス。すぐにでも動きたい気持ちを必死に押さえる。
肩を大きく揺らし、感覚の短い息をしていたアルフォンスの呼吸が収まるのを待った。
やがて、ハアっと息をひとつ零してアルフォンスがうっすらと目を開ける。
涙に濡れた大きな目に見詰め返されて、俺は伝い落ちた涙を舐めてからキスをした。
そのまま首筋を辿って、白く柔らかな胸へと辿り着く。鳶色に色づいた頂を口に含んだ。



「はぁっ、あん…っ。兄さぁん!」

手と口とで愛撫を続けていると、俺を受け入れている場所が蠢き始めるのを感じた。
それを合図に少しずつ律動を開始する。
最初痛みもあったのだろうアルフォンスの声は、次第に艶めいたものへと変わっていく。
だがいくらアルが感じているのが痛みだけではないにしろ、そう無理をさせるわけにもいかない。
だから出来るだけ負担にならないように、小さく小刻みに動いた。
その動きに合わせて揺れるアルフォンスの腰と、いじましいくらいに反応している中。
小さく俺を呼び続けるアルフォンスの声と、頬を上気させて潤んだ瞳。今まで見たことのないその媚態。
それを胸に刻みつけながら、俺は甲高い声と共に締め上げてきた袂へと滾ったものを注ぎ込んだ。












気が付くと雨は殆どやんでいた。

気を失ってしまったアルフォンスに自分のシャツをかけて抱き上げる。
家に帰り着くと、まず妹の雨に濡れた衣服を脱がし毛布でその体を包んだ。
そして風呂に湯を張り、ずぶ濡れのままのアルフォンスをそっと横たえる。

その時、温かな湯の感触に閉じられていたアルフォンスの瞼が少しだけ開く。
だがそれはまだどこかぼんやりしていて、ちゃんと目覚めたわけではないようだった。
その眼差しがエドワードを捕らえた瞬間、アルフォンスが口元を綻ばせて微笑んだ。その後また意識が落ちる。
俺はたまらなくなって、バスタブ越しにアルフォンスの体を抱き締めた。





この後、また色々な事が起こるだろう。
それが全て片付いたら、二人で別の土地へ移るんだ。
俺にはお前さえいればいい。ずっと昔からそれしかなかった。
お前も苦しんだ末に俺しか選べなかったというなら、手放すつもりなんてまったくない。





きっとこれから二人で歩く道は、楽なものではないはずだ。
それでも俺は持てる力の全てでお前を守る。お前が幸せになれるように、全身全霊捧げよう。



俺を選んでくれてありがとう。愛してくれてありがとう。
…誰よりもお前を愛しているよ、アルフォンス。







目覚めない愛しい人にそっと口付けして、エドワードは目を閉じる。
その目から辛さや悲しさからではない涙が零れて、アルフォンスの頬に落ちていった。






































8万5千打のキリバンリクエスト作品。ご申告は空矢さん。

リク内容は

兄妹で、嫉妬に狂う兄が妹を…という感じの裏を(爆)

でした。


基本的にリクエストでは、完結した作品と、裏は受けていないのですが、
「嫉妬に狂う兄」というのが丁度書こうと思っていたのと重なったので、
話を広げたら裏にも持っていけるかなと思ってチャレンジしてみました。
この話の大まかな流れは以前「禁域」を捧げた時に一緒に思いついていて、
どちらで書こうか迷ったという事がありました。なので設定等結構似ています。
「禁域」ほどには激しい話にはならなかったですけど;;

空矢さん、裏と言うには生温いかもしれませんがどうぞお受け取り下さいませ!




U Parallel Ura