その日は、いつか来るはずの未来だった。そう覚悟していたはずだった。

だけど覚悟はあくまで覚悟であって、本心はまったく違ったのだと気付かされる。


さらけ出すことも出来ずにいた本当の気持ち。

醜くても情けなくても、消し去ることの出来なかった。たったひとつ残されたこの想い。






慟哭













「今日ね、プロポーズされちゃった。」


食事の後、お茶を煎れながらアルが言った。いつもの会話とまったく同じ口調で。

あまりに普段と同じだから、言葉の意味が頭に入るまでにタイムラグが生じる。



「プロポーズって。お前、付き合ってるやつがいたのか。」

そんな話は聞いた事がなかった。アルの様子に変わった所などなかったのに。

「付き合ってっていうか、お友達からお願いしますって言われて、その後お茶とかしててさ。

 今までそういうのお断りしてたんだけど。その人ね、凄く良い人なんだ。それ知ってたから。」





長年の旅の末、ようやく元の体を取り戻した俺たち。もっともアルは厳密に言うと元の体とは言えないかもしれない。

何しろその体は女性体だったのだから。

持っていかれた体を引き戻しただけなのに、何故女性体だったのか。それは結局分からないままだった。

それでも生身の体である事は間違いなかったから、俺たちは葛藤しながらも喜んだのだ。

そうしてセントラルに落ち着いて、俺は軍の研究室に入り、アルフォンスは大学の医学部に通うようになった。

ごく当たり前の生活を送るアルはとても楽しそうで。俺だって嬉しかったのだけど。



アルが言うには、その男は大学の同期なのだそうだ。





「ほら、去年大学病院への研修があったでしょ?その時小児科へ同じ時期に入ったんだよ。

 優しくて子供達みんなに懐かれてた。子供が大好きだから、将来は小児科医になりたいんだって。」

ボクも小児科か内科に行きたかったから、話も合ったんだ。そう言ってアルは嬉しそうに笑う。

いつもならその笑顔を見るだけで、俺まで幸せな気分になれた。アルが楽しければ俺も嬉しい。

だけど今日ばかりはその笑顔が胸に突き刺さるようだ。直視出来なくて手渡されたティーカップに目線を移す。



「色々話したり、時々お茶をしたり、そのくらいでちゃんと付き合ってるわけじゃなかったんだけど。

 今日、結婚を前提に付き合って欲しいって。両親にも紹介したいって言われた。」

…結婚を前提に、だって?それは俺には間違っても口に出来ない台詞だ。どんなに願っても。

赤の他人だからこそ言える言葉。それをアルに言えてしまう男。



「今度兄さんにも会いたいって言ってた。ねえ兄さん、お仕事忙しいかもしれないけど、時間作ってもらえないかな?」

両手を合わせて言うアルフォンス。俺にそれを断れるはずがない。

だけど内心は今にも何かが吹き出してきそうな程、醜いものがグラグラと煮えたぎっていた。

知られてはいけない、気付かれてはいけない。アルは幸せそうなんだから。

何とかその思いだけで葛藤を無理矢理腹の底に押しとどめて笑う事に成功する。



「仕事の事なんか気にするな。アルの一生がかかった大事な事なんだから。いつでも都合をつけるよ。」

「うん。兄さん、ありがとう。」

ちょっとすまなそうにお礼の言葉を口にするアルの顔が見れなかった。

今、俺はどんな顔をしているんだろう。少なくとも妹の結婚を喜ぶ兄の顔ではない事は確かだ。

嫉妬で狂った目をしてるんじゃないかと思うと恐い。それをアルに見られたくない。

まだ熱めの紅茶を一気に飲み干して、徐に席を立った。



「場所とか日にちとか決まったら教えてくれ。…俺、明日までに仕上げたいレポートあるから部屋に戻るな。」

美味かったよ、ごちそーさん。そう言うとアルフォンスが心配そうに見上げる。



「あんまり遅くまでやらないようにね?いっつも無理するんだから、兄さんは。」

「大丈夫だよ。これが終わったらしばらくは暇になる。じゃあおやすみ、アル。」

「おやすみなさい。」

閉じられる扉。アルフォンス一人残った部屋の中で、小さな溜息が零れて消えたけど。

それを聞く者は誰もいなかった。










後ろ手にドアを閉めて、そのままずるずると座り込む。

今さっき聞いた事は本当なのか。夢じゃないのか。


アルフォンスが結婚する?見たこともない誰かのものになってしまう。

そんなこと、許せない。許したくない…!


だけど俺にそんな事いう権利はない。俺はアルの兄貴なんだから。

そして兄貴だから、家族だから。この想いを伝える事もできない。


それなのにそれを易々とやってのけ、もうすぐアルと結婚する男がいる。

そいつがもうすぐ、俺の目の前に現れる。



「ち、くしょ…っ!!」

無意識に握り締めた両手。機械鎧の右からはギシギシという嫌な音が響き、左手からは血が滲んでいた。

爪が食い込んでいく手の痛みにもエドワードは気付かない。



アルフォンスと結婚する男。そいつを目の前にした時、俺はどうなるんだろう。

ちゃんとアルフォンスの兄として、妹の結婚を喜ぶ家族として接する事が出来るのか。

どんな目でみてしまうかわからない。正気を保っていられるかもわからない。

でも、殺したいほどに憎くてもそれじゃ駄目なんだ。

アルを悲しませるような事だけは。それだけは俺がしちゃいけない。




だけど、だけど本当は。




誰にも渡したくなどなかったのに。
























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