ボクにとってのただ一人 前編
「大将とアルってどっちが強いんだ。やっぱアルフォンスか?」
天気の良いある日の昼下がり、いつか聞いたような台詞をハボックが呟いた。
時は休憩中。コーヒーカップやお菓子を手にしようとしていた各々の手が止まる。
「そりゃアルフォンスじゃないのか?昔っから喧嘩強かったらしいし。」
すぐ隣にいたブレダ大尉がクッキーに手を伸ばしながら答えた。
「しかし今現在、エドワード大佐は軍で訓練に参加していますが、アルフォンス君は医局勤務です。
状況的にはエドワード大佐の方が鍛えやすい環境と言えるかもしれません。」
真面目な顔を崩さずファルマンが分析する。
「だけどあのアルフォンス君の事だから、医局勤務になった今でも体は鍛えてると思います。」
カップにミルクをたっぷりと注ぎながらのフュリーの言葉に、ブレダが頷いた。
「そうでなくとも体の大した違いのなかった昔からアルフォンスの方が強かったんだ。さすがに今の体格差は大きいぞ。」
格闘においてウェイトの差は直接勝ち負けを左右する。それが男女の違いなら尚更だ。
エドワードは体を取り戻した際、何故か女性になってしまった。今じゃ言動はともかく見た目は確かに女性だ。
分厚い軍服を着ていると気付きにくいくらいになよなかさには欠けるが。
「男のままだったとしても、弟より背が低い事は変わらなかっただろうがな。」
部屋の奥でコーヒーを啜りながらの台詞に、ハボックが呆れたような顔を向ける。
「それ大将の前で言ったら、いくら大総統でも血の雨が降りますよ。」
背だって男としたら低いが女性としたらまあ高い方なのだし、とフォローするハボック。
何しろ相手は地位や権力に怯む相手じゃない。しかもエドワードにとっては大総統になろうが無能は無能なのだ。
遠慮も何も無い関係というのは、時に周りを巻き込んでの暴動になる。二人とも腕のたつ錬金術師だから始末が悪い。
「せっかくだ。どちらが強いのか、二人を対戦させてみるか。」
その無能大総統の言葉に部屋中の面々がエッと声を上げた。
「対戦って、二人を決闘させるってことっすか!?」
「決闘なんて大袈裟な。模擬演技をお願いするんだよ、ハボック。」
慌てるハボックに、ロイは澄まして言った。
「場所は中央の練兵場が広くてが良いだろう。時間は1時間後で充分だな。だれかアルフォンスを医局から呼んでこい。」
テキパキと指示する大総統に、冗談じゃない事を悟った面々は大きな溜息をついた。
「本気なんですね…。いくらホークアイ女史がいないからって。」
ホークアイは本日友人の結婚式の為休みをとっていた。
「だからこそ、だろう。お前らあの二人の対戦を見たくはないのか。」
「いやまあ、それを言われると…。」
顔を合わせ苦笑いする。興味がないのかと言われると否定はできない。
「この所平和ボケしとるからな。あの二人の強さは本物だから、みんなにとっても良い刺激になるだろう。」
「確かに刺激にはなるかもしれませんがね。しかしエドが承諾しますか。」
ブレダが尤もな疑問を口にした。あの弟溺愛のエドワードが、弟と見せ物になれと言われても納得するとも思えない。
「鋼のは自室か?」
「1週間後の会議用のプレゼンを作るから、資料室に籠もるって言ってましたよ。」
「今すぐここに呼んでこい。」
眉を寄せているブレダに、ロイがニヤリと笑ってみせた。
「オレとアルで対戦?なんだよそれ。」
怪訝な顔をするエドワードに、ロイ大総統が笑顔を見せる。
「最近兵士の間で、君とアルフォンスはどちらが強いのかと話題になっていてね。こうなったら対戦してみた方が早いんじゃないかと。」
いけしゃあしゃあと嘘をつくロイに、横にいたハボックとブレダが小声で囁きあう。
「いつ話題になったんだ。さっきこの部屋で話ただけじゃねえか。」
「最近っていや最近だけどな。つい10分前の事だ。」
二人の冷たい視線は無視して、大総統は話を続けた。
「それでだね、中央練兵場を貸すから一度本気でやってみたらどうかね?」
「アホらしい。何でみんなの暇潰しのネタに、オレとアルが戦ってみせなきゃなんねーの。」
「暇潰しなんてとんでもないぞ。君とアルフォンスの腕はみんなの知る所だ。その二人の対戦なら、立派な模範演技になる。」
偶には部下に見本を見せたまえと言われて、エドが口を曲げた。
「いやだね。模範だったら大総統が自らやれよ。この国のトップは強いんだぞって下に見せたらいいじゃん。」
「大総統が模擬戦をするなんて聞いた事もない。だいたい皆が知りたいのは君とアルフォンス、どちらが強いのかだ。」
「あんたが駄目なら他の誰でも良いよ。とにかくオレはゴメンだ。アルをくだらない事に巻き込むな。」
じゃあな、と踵を返そうとする金髪の頭に、ロイが小さく呟いた。
「そうか、鋼のはアルフォンスに勝つ自信がないんだな。」
「・・・ああ?今何て言いやがった。」
ロイの言葉にエドワードがゆっくりと振り返る。
「いやあ、君の気持ちも考えずに悪かった。確かに勝つ見込みもないのに、公衆の面前で負けた姿を晒すのは嫌だろうしなぁ。」
これはすまなかったと謝る大総統に、エドワードの怒りが爆発する。
「黙って聞いてりゃてめえ!オレが負けるって決めつけて話してるんじゃねぇぞ!」
「しかし相手はあのアルフォンスだからね。君だって勝てるとは思ってないんだろう。」
どんどん顔を赤くしてムキになっていくエドワードを、ハボックとブレダは気の毒そうに見た。
「乗せられてるな。こりゃ時間の問題か。」
「またこういう時の大総統は本当に楽しそうだし。よっぽどからかえるのが嬉しいんだな。」
それだけ姉弟を可愛がってるのかもしれないけど、当の姉弟からすれば迷惑千万な話だろう。
二人が見守る中、少々の言い争いの後エドワードがバンッと机を叩く。
「わかったよ、模擬戦でもなんでもやってやろうじゃねーか!!」
ふんぞり返って言い放つエドワードに、口の端だけでにやけている大総統。
あ〜あという呟きは、ハボックとブレダの心の中だけに消えていった。