注:18R



蜂蜜風味の甘い誘惑 後編




湯気の籠もる風呂場で、良守は混乱しそうになる頭をガシガシと洗いながら先ほどの正守の言葉を思い出していた。
あれってどういう意味なんだろう。そう考える度にそういう意味としか思えなくて、途端に昼間、初めて正守と口づけした時の事が脳裏に蘇り勝手に頬が赤らむのが自分でも分かった。

初めて触れた兄の唇は柔らかく、その咥内は熱く潤い良守を受け入れてくれた。あの感触を思い出す度に良守の中に小さな種火が灯る。

触れたい、欲しい、ー・・・抱きたい。

衝動的に兄へと告げてしまった想いと欲望。だが正守はそれを侮蔑することはなかった。それどころか想いを返してくれた。だから今は気持ちが通じた事だけでも充分だと思っていたのだが…。
あんな風に言われてしまっては、とても抑えられそうにない。

考えに没頭していた良守は、自分の体の変化に気づいた。兄の事を思い出すだけで簡単に熱を持つ体。それが一番顕著に現れた中心が首を擡げて脈打ち始めている。
体についた泡を洗い流しその場所に触れてみた。それだけで甘い衝動が体を貫く。もしかしたら、あの兄に触れる事が出来るのかもしれない。その予感というよりも強い確信は、良守にとって何よりも甘美な誘惑だった。
意識せずとも動き出した手を止める術を、若い良守は持っていない。そのまま快楽が導くままに熱を高め、頂点へとかけのぼった。





風呂に入ったせいだけではない火照りを内に抱えたまま、良守は躊躇いつつも兄の部屋の前に立った。襖の隙間から漏れる光と間違いようのない気配が、まだ兄が起きている事を伝えてくる。その事にどうしようもなく胸が高鳴った。意を決して「兄貴」と襖越しに声をかけると、少しの間を置いてどうぞと返される。その声に促されて襖に手をかけた。
部屋に入ると兄は文机に向かい、なにやらパソコンで作業をしていたようだった。電源が切れて真っ暗になった画面を閉じる、パチリという音が部屋に響く。

「それ、仕事?」

そう声をかけた良守に正守は振り向いた。

「もう終わったけどね。」

ちょいちょいと、正守は自分の目の前を指し、部屋の入り口に立ったままの良守を呼び寄せた。怖ず怖ずと近寄ってくる良守に苦笑する。

「そんなに緊張しなくても。」

ククッとおかしそうに笑う正守に良守が憮然となった。

「ー笑うな。」

口を尖らせるその姿に、正守はますます吹き出した。大きくなったと思ったが、こういう姿はまだまだ子供だ。その子供と何をしようと言う話だが、もうこうなったら倫理や道徳など関係ない。

「で、どうする?」

正守が先を促す言葉を告げれば、良守が目に見えて狼狽えた。選択肢は用意した。決定権も譲った。後は良守次第だ。
真っ直ぐ見つめてくる正守に、良守は数秒躊躇った後、きゅっと唇を噛みしめ何かを覚悟したように目で兄を見た。

「兄貴はそれで良いのかよ。」
「じゃなきゃ、自分から誘ったりはしないけどね。」

最後の確認をしてくる良守に、肩を竦めながら正守は答えた。正守にとっては、良守の想いに応えた時点で道は決まっているのだ。

「お前の望みを言えよ。」

俺が欲しいんだろ?正守は楽しげに言う。そこに躊躇いはまったく見えない。

「欲しいよ。ずっと前から、兄貴が欲しくてたまらなかった。」

正守、と良守は名前を呼ぶと手を伸ばす。その手が頬にかかり、正守は嬉しそうに笑った。

「やるよお前に。俺の全てを。」





薄い浴衣が肌けたあと、顕れた躰に良守は息を飲んだ。鍛えている割に筋肉のつきにくい体質は良守と一緒なのだろう。無駄な肉が一切ない引き締まった細身の躰は、同じ男と解っていても良守を一目で魅了した。
飽きる事のない口づけを繰り返し、その肌に手を滑らせる。所々触れる傷跡の窪みに指を這わせる。その度に微かに震える躰と徐々に上気していく頬に欲は簡単に煽られた。
正守、と呼べばうっすらと目が開き良守を見上げてくる。切れ長の目の端に滲んだ泪に、ズクリと躰の奥が疼いた。

本当にこの男を手に入れる事ができるのか。その事実に目眩がしそうだった。先走りそうになる意識を何とか抑え、手荒にならないようにと自制する。だがそれもいつまで持つか自信はなかった。

あまり日に焼けていない肌にあるぽつりとある鳶色の蕾は、まだ触れてもいないのにぷくりと立ち上がっている。誘われるように指で摘めば正守の体が大きく震えた。噛みしめた唇から漏れるあえやかな声をもっと聞きたくて唇を寄せると、喘ぎ声としか思えない声がはっきりと良守の耳に響く。
快楽を素直に受け入れる姿に煽られると同時に、ふと良守の胸に不安がよぎった。

ーどうして兄は俺に抱かれてくれるのだろう。

正守は良守以上に成人しているれっきとした大人の男だ。当然男としてのプライドだってあるだろう。普通に考えればいくら好きな相手といえど、抱かれるより抱きたいと思うのではないだろうか。
それなのに自分から誘った上、こうして実際触れても抵抗する様子がまったく見られない。
その積極的な姿に、良守の中にまさか、と疑念が浮かぶ。
まさかとは思うが。もうすでにこういう経験があるのだとしたらー。

グルグルと有らぬ事を考えていた良守は、自分の手が止まっていた事にも気づかない。当然その事に気づいた正守がいきなり良守の手を取った。

「良守?どうした、何を考えてる?」
「あ…。」

ハッと我に返った良守だったが、自分を真っ直ぐに見上げてくる正守から耐えられずに目を逸らした。
こんな事考えちゃいけない。例え兄にその手の経験がすでにあったとしても責められる事ではないのだから。
だけどもし、と思うだけでも心の中が荒れ狂うようだった。この肌に、この躰に自分よりも先に触れた者がいるかもしれない。その想像は良守の胸を締め付ける。

唇を噛みしめた良守の頬を温かい手が撫でた。

「良守。何か気になる事があるなら話してくれないか。」
「…兄貴。」
「俺はさ、もうお前と小さな事で擦れ違ったり、誤解を生んだり、そういうのは嫌なんだ。」

だから何でも話してくれと諭すように言われ、良守は思わず正守を見る。そこにはまだ頬をうっすらと上気させたまま、優しく良守を見つめる正守の姿があった。
その目に、その優しさに良守の中の何かが溶けていく。

「あの…さ、兄貴はこっちで良いの?」
「…こっちって?」
「だから、えーとその、俺に抱かれる方で良いのかなって…。」

意を決して聞いてみる事にした良守だったが、『誰かに抱かれた事があるのか』等という、そのものズバリを聞くのは躊躇われて歯切れの悪いものになる。
そんな良守の様子を見て正守は考えた。先ほどの良守の不安そうな辛そうな様子から考えると、聞きたい事がそれだけとは思えないのだがー。ほんの少し考え込んで、すぐにある事に思い当たった正守はふぅっと小さく溜息をついた。

「お前、もしかして変な事考えてないか?」
「…別に、変な事なんか…。」
「そう?何か不義理を疑われてる気がするんだけど。」

お見通しだとばかりに断言されて、良守はウッと詰まるとうなだれてしまった。

「だってさ、普通男に抱かれるとか嫌じゃねーの?抵抗感あるもんだろ?」
「ああ成る程ね。俺から誘ったから疑われたわけだ。」

良守の言いたい事は分かったが、よもやこういう展開になるとは。半ば呆れ、半ば脱力する正守に、良守も躊躇いがちに言う。

「疑うっていうか…、兄貴は大人だし、そういう事があっても仕方ないのかなって。」

その言葉とは裏腹に、良守の顔は辛そうに悲しそうに歪んでいた。馬鹿だな、と正守は苦笑するしかない。

「本気で仕方ないって思えるのか?」

正守の言葉に良守の顔が一層歪む。あと少し突ついたら泣くかなぁと思いながら、正守はもう一度良守の頬に手を伸ばす。

「俺もこの年だしさ、過去に何もなかったとは言わないけど。でもさすがに男を相手にした事は無いぞ。」

まだ苦笑しながらも、正守は正直に話した。

「こんな事、お前じゃなきゃ許せない。お前が欲しいって言ってくれたから、お前なら良いって思ったんだよ。」

その言葉に、良守は目を見開いた。それを愛おしげに見ながら正守は良守の頬をそっと撫でた。

「お前となら、嫌なことなんか何もないだろう?」

そう、正守は言った。その顔には微笑みすら浮かんでいる。その時良守は正守の自分に対する愛情の深さを知った気がした。好きだと言われた時よりも、今無条件で良守の全てを受け入れようとしている正守の姿に、言いようのない程胸が熱くなる。
実の兄なのに好きなのだと気づいたのは14歳の時。それ以来ずっと兄一人を想い続けてきた。だから例え両想いになったといっても、きっと先に好きだと気づいていた自分の方が、より兄を好きだと思っていた。だけど先とか後とか、そんな問題じゃなかったのだ。

敵わねー、兄貴にだけは。

溢れそうな想いを、とても言葉に出来そうもなくて。
ただ泣きそうになるのを堪えながら、良守は正守を抱きしめると耳元で「ありがとう」と呟いた。それに嬉しそうに微笑んだ正守に口づけすると、あっと言う間に二人の意識は深みにはまっていった。





「あっ…、はぁ!」

熱い吐息、切なげな声。体中から滲み出る汗すら媚薬を含んでいるかのように甘い。ビクビクと小刻みに震える肌を舌で辿りながら、良守は正守の躰を貪り続ける。
左手で触れている正守自身は力強く起ち上がり、その先端から止めどなく蜜をこぼし続けていた。

「兄貴…。」

隠しようのない熱を含ませた声で呼ぶと、泪を湛え潤んだ瞳が見つめ返してくる。それすら良守を煽った。

やっぱり綺麗だ、と心の底から思う。
男に対して綺麗だなんておかしいのかもしれないけど、良守の目に映る兄は美しい存在だった。姿だけじゃない、その優しさや懐の深さ、そういう心の美しさが形になっているのだろう。だからこそこんなにも魅了されるのだ。

欲しい。この男の全て、余す所無く。

込み上げる欲望のままその躰を辿る。腹の中心の窪みを舌で舐め掬うと、腹筋に一層力が入ったのが分かった。薄い皮膚を隔てて、刺激は直接内部に響くのだろう。固く瞼を閉じ熱い息を忙しなく吐いている。先程脇腹にあった傷痕を舐めた時と同じ反応だった。こういう所も感じるんだな、と反応する部分を頭に刻みつけていく。触れる度に固く育っていく正守自身は今にももうはち切れそうだ。そのトロトロと蜜を流し続ける姿に誘われるように、おもむろに良守は顔を近づけた。

「…っ!!良守!!」

弟の突然の行動に驚いたのは正守だった。反り返らんばかりに立ち上がった己の性器に躊躇う事無く口付けた良守は、そのまま口内へ含んでしまった。その強烈な快感に息を飲みながらも力の入らない腕を必死に伸ばし、弟の頭を己自身から引き離そうとする。それが気にくわなくて良守は行為を中断して顔を上げた。

「なんだよ。気持ち良くねーの?」
「…そうじゃなくて、お前が、そんな事までする必要はないだろ。」

不機嫌そうな良守に、忙しない息を整えながら正守が言う。それに良守は口を尖らせた。

「必要ってなんだよ。意味わかんねー。こういうのに理由なんて関係ないだろ。俺がしたいからするんだ。」
「う、あぁ!」

掴まれた先端を親指でグリっと刺激され、正守の喉が仰け反った。その反応に気を良くした良守がニヤリと笑う。

「さっき兄貴、俺に全てやるって言ったよな。だったらコレも俺のだろ?」

そう言いながら良守は、固く反った陰茎の裏筋に指を這わせ、指で辿った後を今度は舌で辿った。それらがもたらす強い快楽に正守の思考が甘く霞んでいく。良守は体を起こすと、正守に覆い被さり顔を近づけた。至近距離からその潤んだ瞳を覗き込む。

「何度だって言うぞ。俺は兄貴が欲しい。全部だ。くれるって言うなら全部寄こせ。髪の先から爪の先まで、全部俺の物だ。」

真っ直ぐ射抜くように自分を見つめる良守に正守は眩暈を感じた。それが喜びからくるものだとわかる。
傲慢に過ぎる言葉だが、こんなにも弟に欲しがられた事に心の底から歓喜する己はどれだけ罪深いのだろうと思いながらも、それすらもうどうでも良いと思った。
これほど甘美な地獄ならば堕ちても悔いはない。

「そうだったな。俺の全て、お前のものだ。」

先程弟の頭を押し返した手を、今度は弟を抱き締める為にその背に廻した。まだ力の入りにくい腕で必死に抱き締めると、良守は嬉しそうに正守を抱き締め返した。





「ふ…ぅ。」

前から伝い落ちた蜜で濡れた窄まりに良守の指が出入りする。最初は固く閉ざされていたその場所は、根気よく慣らす内に良守の指を飲み込むような動きを見せ始めた。指3本を包む正守の体内の熱を直に感じ、良守も最早限界が近い。だけどできるだけ苦痛を感じさせたくなくて優しく指の腹で内部をさすると、あっ、という小さな叫びと共に正守の腰が跳ね上がった。先程から一番伸ばした薬指の先に当たる、他とは違う感触の部分に触れる度に強く反応しているのがわかる。その場所を良守は頭に刻みつけながら指先で刺激し続けた。

「ん、ふぁ、よし…。あ、あっ!」

忙しなく吐かれる息で良守を呼ぶ声も途切れる。内部が大きく収縮するような動きになり、正守の限界が近い事を伺わせた。それを感じ、良守も指の動きを一気に速めると、左手で包み込んだ正守の性器がビクビクと震えだす。

「あ、ぁ、もう…、はっ、あああっ!」

堪えきれずに胸を反らしながら、正守が一気に頂点を迎える。ズルリと音をたてながら内部から指を引き抜くと眉根を顰めたが、それは苦痛からくるものではなかったようだ。小さく聞こえた声は色めいていて、薄く開いた唇が震えている。目を瞑り、頬を真っ赤に染めてハァハァと荒い息をする姿が何とも艶めかしくて、良守はゴクリと唾を飲みこんだ。

「兄貴…。」

まだ息の整わない正守に覆い被さり、膝裏に手を入れ持ち上げた。解した秘所に痛いくらいに滾った自身をあてがうと、その入り口がかすかに蠢いて良守を誘う。そのまま小さく先端だけを動かすと正守の腰がもどかしげに揺れた。指で慣らされたそこは、次の快楽を待ち望んでいるかのようだ。

「力、そのまま抜いてて。」

良守の言葉に、正守が僅かに頷いてみせる柔順な姿に腹の奥底が熱く疼いた。一気にねじ込みたくなる気持ちを必死に押さえながら少しずつ腰を進めていくと、ヌチっと濡れた音が結界内に響き良守の興奮を煽る。決して無理はせず正守の呼吸に合わせて進めると、内部が良守を包み込みながら受動し、自然と飲み込まれていくような感覚が襲ってくる。思わず喉が鳴った。
時間をかけて全てを埋め込むと一旦動きを止める。正守の中は想像以上の熱と弾力で良守を迎え入れた。そのキツい締め付けに良守はそっと息を吐き出す。恐らく正守は今、相当の苦痛と違和感を感じているだろう。だが痛みに慣れた体は、自然とそれを軽くする術を無意識に行う。深く息を吐き、体から意図的に力を抜いてやり過ごす内に、荒かった正守の呼吸が落ち着いてきた。

「…大丈夫か?」

それでも恐らくまだ辛いだろうと、良守は正守の頬に手を伸ばしながら顔を覗き込んだ。その温もりにゆるゆると目を開けた正守は、良守の手に自分の手を重ねる。

「だいじょう、ぶ…だから、動いても、いいよ。」

切れ切れの言葉で許しの言葉を伝えてくる正守に、良守の中に言いようのない愛しさが膨らむ。大切にしたいと心から思った。

「ゆっくりするから…。」

汗の滲んだ額に口付けする。そのまま潤んだ瞳に、上気した頬に、先程交わした口付けの名残で濡れた唇に何度も触れた。優しく触れていたそれは、すぐに荒々しく貪るようなものへと変わる。まるで奪い合いのようだと、浮かされたような思考の隅で思いながらもお互い止められない。
やがてどちらともなく名残惜しげに唇を離す。口の端で繋がっていた透明な糸が千切れ、重力のままに正守の唇に雫となって落ちた。
キスの余韻で力の抜けたのを幸いに良守が少しずつ動き出すと、小刻みに揺れる正守の口から小さな呻きの声が漏れる。苦痛を少しでも軽くしてやりたくて、良守は正守の耳元に口を寄せた。耳朶を辿ると正守の躰がビクリと震える。穴の中に舌を差し入れ、ねっとりと嬲り犯すと熱い吐息が零れ出す。正守の躰中から湧き上がってくるような色香に良守も自然と高ぶった。

「や…っ。」

体内の良守の変化を過敏に感じ取った正守が驚いたように声を上げた。だがそこに苦痛の色は見えない。甘さを含ませた声に誘われるように、良守は一度思い切ってグッと奥まで打ち込んだ。

「あぁっ…。」

途端に上がった声は喘ぎ声としか言えないものだった。同時に良守を包み込む肉壁が強く締め付けてきて、その熟れたような動きに良守の理性がぷちりと音を立てて切れた。尻の下に膝を入れ、浮き上がった腰をガッシリと掴むと体重をかけて奥深くへと入り込む。塗り込んだ正守の精液と、自分から滲み出るそれとが混ざり合い動きを滑らかにしていた。そのぬめりすら気持ちいい。
勝手に動き出す腰の奥で熱い塊が今にも爆発しそうになっている。気を抜いたらすぐにでも弾けそうだった。でも今は少しでも長く、正守を感じていたい。

「んっ、んぅ!…っ、あ、あ、っはぁ!!」

良守が動く度に、正守の濡れた声が結界の中に響く。甘く淫らなその声だけでも何度でもイってしまいそうだと良守は思った。
正守の中は滾るように熱かった。深く分け入るたび、良守自身に絡み付いてきて離さない。想像を遙かに超える快感にただ酔いしれる事しかできなかった。
どうしてこんなにも熱くなれるのだろう。どうしてこんなにも愛しいと思うのだろう。
同じ男で、血を分けた兄弟。家族だから大切なのはおかしなことじゃない。だけどここまで、こんなにも魂全て魅せられ囚われたのは何故なのか。継承者とそうでない者だとか、家だとかしがらみだとか、そんなのは関係ない。関係したとしてもきっかけのひとつに過ぎない。

「兄、貴…。好きだ、すっげー好き。も、どうしようもねぇ…っ!」

溢れ出す激情を堪える術を持たない良守は、想いのままに腰を打ち付けた。その激しさに正守の背が仰け反る。良守の目に飛び込んできた赤い飾りにむしゃぶりつくと、正守の口から一際大きな声が上がった。

「ひゃぁ、あっ、はっ、ぁぁ、よし、もり…っ。」
「はっ、好きだ。ずっと、兄貴だけが、っ…、好きなんだっ!!」
「ん、お、れも…、あぁ、んっ、すき、…っ。」

繰り返し好きだと告げる良守に、正守も絶え絶えになりながら必死に返す。しがみつかれた腕に微かに痛みが走り、良守の熱を更に煽った。もっと深く正守を感じたくて、もっと正守を知りたくて、これ以上ないくらい奥まで腰を入れる。すると敏感な先端で感じる正守の最奥が絞るような動きを見せた。

「……っ、くぅ…っ!!」
「ーーーーーーっ、よ、し…、ひっ、あ、あぁ……っ!!」

その瞬間、頭の中が真っ白にスパークしたかと思うと、今まで感じた事のない強い悦楽の波が良守を襲った。熱い奔流が爪先から脳髄まで駆け抜け正守の中に滾りを放つ。その身の内を焼ききるような熱さに正守も躰を大きく震わせながら頂点へと達する。まるで奪い尽くすかのように絡み付く中の蠢きに、良守は最後の一滴まで注ぎ込むと、汗にまみれた正守の躰に倒れ込んで強くその身を抱き締めた。








「…………………。」

翌朝。布団に突っ伏した正守の横に、喜々として湿布を用意する良守の姿があった。切ったサラシにたっぷりの膏薬を塗り、上半身を晒した正守に声をかける。

「兄貴、ちょっと冷たいけど我慢しろよ。」
「…………………。」

それに答えず、正守は枕を抱えている。構わず良守は湿布を腰に貼り付けた。ヒンヤリと冷たい感触に、正守の腰がピクリと震える。良守は手で温めるようにサラシの上をなぞり、肌にぴったりと馴染ませると満足したようにニカっと笑った。

「これでいっか。後は寝とくしかないよな〜。なあ兄貴、このまま俯せで大丈夫か?それとも仰向けになる?」
「…………………仰向け。」

正守がボソリと呟くと、良守は嬉しそうに頷いてそろりと腰に負担にならないように正守が仰向けになるのに手を貸した。どうにか痛みに襲われずに横になれて正守がホッと息をつく。朝目覚めた時、何も考えずに起き上がろうとして地獄を見たのだ。実家には治癒能力者がいないのが辛い。いたとしても原因が原因だけに治療されるのも微妙だが。

「父さんやおじいさん、何か言ってた?」

正守が自室に寝たままの状態をどう説明したのか気になって尋ねると、良守はああ、と返事をしながら膏薬の入っていた箱を片付ける。

「きのう結構手強いのが来て、兄貴の手を煩わせちまったって言った。その時腰を打ったんだって。」
「そんな説明じゃ、お前がおじいさんに叱られたんじゃないか?」

兄の手を煩わせるなど何事じゃ!くらいは言われそうだ。だが良守は平然としている。

「別に爺に怒鳴られるのなんていつもの事だし。怪我じゃないけど動けないほんとの理由、言うわけにもいかないしな。」

俺のせいなのは嘘じゃないから良いんだ、と言う良守の言葉に「動けないほんとの理由」を思い出し、正守の頬が微かに染まった。それに気づいた良守が嬉しそうに笑う。

「朝食、父さんがおにぎり用意してくれるっていうから、俺の分も頼んでおいたんだ。一緒に食おうぜ。」

にこにこと見るからにご機嫌な様子な良守に正守が溜息をつくと、それはいいけど、と前置きして良守を見上げる。

「…次からはちょっと加減しろよ。」
「あ、それきっと無理。」

だって兄貴すっげー良すぎるんだもん、といっそ清々しいまでに悪びれなく言いきられ、正守は絶句する。

「俺、若いし。あんな兄貴見せられて加減とかって無理だから。できるだけ努力はするけど。」
「努力…。」

何だかとても頼りない言葉だ。すぐにでも反故にされそうな。
力が抜けそうになりながらも、心底嬉しそうな良守を見ていると、仕方ないかと思えてしまう辺りがどうしようもない。
もう一度溜息をついた正守に、良守が意味ありげにニヤリと笑うとその耳元に顔を近づけた。

「『次』を許してくれるんだろ?ありがとな、…正守。」

名を呼ばれ、耳朶に良守の吐息がかかる。その熱っぽさに正守の頬が一気に染まる。

「…やっぱ敵わないな、お前には。」

苦笑する正守に、良守は満面の笑顔でそっと口付けした。




2009.2.15

Novel 前編