いつだって君に夢中U 後編





結局、少し緩めだったジーンズの替えまで買ってから昼食にした。せっかくの外食だし、普段家ではあまり食べないものをとなると洋食になる。前回がパスタにピザだったので今回は育ち盛りに嬉しい肉にしようと、正守が良守を連れて行ったのはハンバーグの専門店だった。俵型のハンバーグはナイフを入れると肉汁が溢れ出す。良守はその味に感動したようで、うまいを連発しながら頬張った。
ただこの店はデザート類は口直しのシャーベットくらいしかない。甘いものが大好きな二人がそれで満足できるはずもなく、一通りぶらついてから改めてイートインスペースのあるケーキ屋でお茶にする事にした。良守はザッハトルテ、正守が和栗を使ったモンブランを注文し、それだけでは足りなくてシブーストとブルーベリーのチーズタルトも追加し、お互いのをつまみながら満足した所で店を出る。
おいしい物を思う存分食べて良守はご機嫌だった。もはや自分の格好にも頓着していないらしい。割と素直で順応性があるからなのか、何と言っても女性の体であるのは間違いないから思うよりも抵抗がないのだろうか。

正守は良守の可愛らしい姿を堪能できて大満足しつつ、家に帰る電車に乗る直前に駅で着替えさせる事も忘れなかった。名残惜しい気持ちはあったが、知り合いや家族には見られたくないだろうなと思ったからだ。また二人っきりの時にでも着てくれるかなと思ったが、それは自分の胸にだけ仕舞っておく事にした。



「結、滅!」

良守の声と共に、透明の結界に囲われた妖が煙のように消えていく。その残滓を天穴で吸い込みながら良守は息をついた。

「斑尾。他に妖の気配は?」
「そうだねぇ。…どうやら今夜は店仕舞いじゃないのかい?」

周囲の気配を探り鼻をヒクヒクさせながら斑尾がそう言うのと同じ頃、よく知った気配が近づいてきた。

「良守、そっちはどう?」
「終わりみたいだ。そろそろ帰るか。」
「そうね。時間も時間だし。」

丑三つ時を過ぎてしまうと妖はぱったりと姿を現さなくなる。日によっては様子を見る為に多少遅くまで残ったりもするが、大抵はこの時間を目安に帰る事が多かった。
校庭を二人と二匹で歩いていると、時音が良守の顔を覗き込む。

「それにしても、今日は調子が良さそうね。ようやくその体にも慣れた?」
「え?ああ、まあ…な。」

時音の問いに良守は曖昧に答えた。確かにこの体になってから良守の動きは悪かったのだが、それが良くなった理由がブラジャーを着けたからだなんて時音にだけは知られたくない。女の体になってしまった時は時音も一緒だったので仕方ないが、本当は隠せるものなら隠していたかった。なのにブラジャーなんて着けてる事も知られてしまったら…きっと再起不能だ。

幸い時音もそれ以上は突っ込んでこなかった。そのまま他愛もない話をしながら夜道を連れ立って歩き、いつものようにお互いの家の前で別れる。寝床へと戻る斑尾とも分かれて玄関を開けると、そこには兄が立っていた。

「お帰り。今日は大物は出なかったみたいだな。」

お疲れさん、と微笑む正守に良守もただいまと表情を弛ませる。兄は帰って来ると大抵一緒に烏森に行くか、行かなくてもこうして良守の帰りを出迎えてくれるのだ。用事があって部屋にいる事もあるけど、それでも何かしら声をかけてくれる。何気ない事だけど良守にはそれがとても嬉しかった。

「兄貴、まだ起きてる?」

スニーカーを脱ぎながら良守が言うと、正守は目を細めた。

「起きてるよ。だからゆっくり風呂に入って温まってこい。」

良守の頬に付いた泥を指先で落としながら言う正守に、良守はコクリと頷いた。自室へと促されて襖の所で振り返ると、正守が良守の背中をポンと押す。それから正守はまた後でな、と隣の部屋に消えていった。良守も部屋へ入りディバッグを降ろすと風呂に入る為用意していた着替えを手に取る。買ってもらったばかりの下着は、今着けているのもそうだがブラジャーの簡易版とでも言うべきものだった。良守が想像していたものよりも見た目もカジュアルで、生地も普通のタンクトップのような感じだ。スポーツをする時に着けるタイプだと店員は言っていたけど、確かに動きやすかった。思ったよりも窮屈じゃない。

手にした下着を見ていた良守だったが、不意に箪笥に近づいて引き出しを開けた。そして一番右奥に置かれたそれを取り出してみる。
買ってもらった下着の中で唯一、ちゃんとしたブラジャーとショーツのセット。薄い水色のチェック柄に、少しだけ白いレースが付いている。着る事なんかないからいらないという良守に、店員は「慣れる為にこちらも身につけた方が良いですよ。若い内からちゃんとしないと形が崩れますから」と大真面目に忠告した。
そもそもこんな体になったのが予想外でいずれ戻る!と思っている良守にとっては形が崩れるも何もないのだが、それを説明する訳にもいかないので引きつった笑顔で誤魔化すしかなく、結局そのセットも購入する事になってしまったのだ。

スポーツタイプの下着とはまったく違う、いかにも女の子らしいそれ。
暫く考え込んだ後、良守は手にしていたそれをバスタオルに包むと、浴室へ向かうために部屋をあとにした。


2008.12.11




襖越しに声をかけると、すぐにどうぞと声が返される。その声に促されて良守は部屋へと入った。
向かっていた文机から振り返った正守は、バスタオルを頭からかぶったままの良守を見て立ち上がる。近づいてタオルを除けてみると髪はまだだいぶしっとりと濡れていた。

「お前なぁ、髪くらいドライヤーで乾かせよ。脱衣所にあるだろう?」

タオルで髪を押さえるように拭う正守の好きにさせながら、良守は口を尖らせた。

「めんどくせーもん。髪なんかすぐ乾くし。」
「乾くまでに風邪ひくぞ。だいぶ寒くなってるんだし、俺みたいな坊主頭とは違うんだからちゃんとしろよ。」

仕方ないなというように溜息をついて、正守はちょっと待ってろと部屋を出ていった。それからすぐにドライヤーとマグカップを手に戻ってくる。

「ほら、これでも飲んでろ。」

座り込んでいた良守に渡されたのは茶色の液体。香ばしい湯気が鼻をくすぐり、それがほうじ茶だと気づく。確か今回正守が持ってきたお土産のひとつだ。

「兄貴の分は?」
「俺はさっき飲んだから。」

言いながら正守はドライヤーのコードをコンセントに差し込むと、部屋全体に結界を張り電源を入れる。ブォーッとモーター音が響き、風が温かかくなったのを確認してから良守の髪に当てた。手櫛で大まかに撫でながら温風を当てると、それほど長くはない良守の髪はすぐに乾いていく。次にブラシで梳いていくと髪が艶々と輝きだした。

こうして良守の髪を乾かす事は正守が実家に帰っている時に時々ある事だ。そうでなくとも所謂恋人同士という関係になって以来、良守の髪に触る機会は多々あった。だが今の良守の髪はいつもよりも艶やかで柔らかい気がする。やはり女性の髪というのは男とは違うのだろうか。
触り心地の良い髪を何度も撫でながら、ついでとばかりに小さな頭を引き寄せると、抵抗無く胸元にもたれ掛かってきた。肩を抱き寄せ髪を撫で続けると良守の体から自然と力が抜けるのを感じて、正守の顔に笑みが浮かんだ。

こんな風に無防備にその身を預け、委ねてくれる事がどれだけ正守を救っているか、良守にはきっと分からないだろう。
触れるごとに体の奥底から湧き上がってくる愛おしいという想いが、正守の全身を満たしていく。異能者ばかりの裏会の、その中でも実力者が集まった十二人会。もはや人であるかも疑わしい面子に囲まれた冷たい腹の探り合いの中で、それをどこか遠くから見ている自分がいる。何かを成す為に誰かを傷つけても良いと、手段を厭わない自分がいる。
その度に冷えて固まりそうな血と心が、良守を想う度に温もりを取り戻していく感覚は、言葉ではとても表現できない。

「兄貴…?」

良守に呼ばれ、知らず良守の体を強く抱き締めていた事に気づいた正守はハッと腕の力を緩めた。少しだけ身を捩り、見上げてくる良守に体の奥底が鈍く疼く。そんな自分に正守は自嘲した。
いつもよりも小さく感じるその体に触れていると、側にいること以上を望んでしまいそうになる。我ながら即物的だと思うが、誰よりも愛しい人がこうして腕の中にいて、欲しくならない男はいないだろう。すでにその温もりを知っているなら尚更だ。

このまま一緒にいるのは危険だと感じた。自分の理性にだって限界はある。
正守はもう一度髪を撫で、その額に小さく口付けてからそっと体を離した。

「そろそろ寝ようか。お前も疲れただろう。」

正守がそう言った瞬間、良守の顔が強張った。一瞬その顔に浮かんだ傷ついたような表情に正守は目を見開く。だがすぐに良守は顔を伏せてしまった。

「そう、だな。寝た方が良いよな。ごめん、こんな遅くまで。」
「良守、待て!」

俯いたまま身を翻し、部屋を出ようとした良守の腕を正守は咄嗟に掴む。恐らく自分は何かを間違えたのだ。
このまま良守を部屋に帰してはいけないと、そう思った。

「放せよ…。」
「放さない。良守、顔を上げてくれ。」

掴んだ右手はそのままに、左手を良守の頬に滑らせた。その感触に良守がピクリと肩を揺らす。そっと頬を撫で顔を上げるように促しても、良守は嫌々をするように顔を左右に振った。

「放せって言ってんだろ…!」

強引に腕を外そうとするのを許さず、正守は良守を自分へと引き寄せた。簡単にもたれ掛かってくる体は先程よりも強張っている。それを宥めるように背をさすりながら正守は目の前の髪へと唇を寄せた。

「ずるい…。」

ぽそりと、小さく零れ落ちた言葉。意味が掴めなくて良守?と聞き返すと、もう一度ずるいと呟かれた。

「いっつも俺ばっかり傍にいたいとか、離れたくないって思ってる。分かってたけど。分かってたんだけど、すっげー悔しい。」
「ちょっと待て。何でそれがお前ばっかりなんだ?俺も同じ事いつも思ってるよ。」

良守の台詞はそれはもう本当に心外だったから、正守はきっぱりと否定した。だが良守は納得しない。

「嘘つくな。だったら何ですぐ部屋に帰そうってするんだよ。一緒にいたいって思ってないからだろ。」
「違うって。昼間は散々引っ張り回しちゃったから、疲れてるだろうし休まさないとなって思ったんだよ。」

このまま一緒にいたら手を出しそうだったから、なんて言えないが、休ませたいと思ったのも本心だ。昼寝もしていないし、夕食後に軽く仮眠したくらいでは睡眠は足りてないはずなのだが。正守の言葉に良守は大きく首を振った。

「嘘だ。やっぱり兄貴、俺の体気持ち悪いんだろ。だから何もしようとしないんだ!」

そう怒鳴る良守の声は殆ど涙声だった。その悲痛な声に、正守の胸を押し返そうと必死に腕を突っ張る良守の頭を抱え込む。

「…気持ち悪いなんて思うはずないって、性別なんて関係ないってこの前も言っただろう?どんな姿でも、俺は良守が良守である限り好きだよ。」

もう一度手を頬に滑らせて、今度は少し力を入れて顔を上げさせた。うっすらと涙の浮かんだ目尻を親指で拭う。

「俺の言葉が信じられないか?」

真っ直ぐに良守を見つめる正守の眼差しは真摯で、嘘など欠片も見当たらない。良守は込み上げてくるものを感じて小さく頭を振った。そうじゃないけど、と言いにくそうに口籠もる良守の顔を正守が覗き込む。

「そうじゃないけど、なに?」
「…俺が女になってから、兄貴一度もキスしてくれないから…。」

視線を反らしながら言う良守の、その目元にはまた涙が滲んでいた。それはきっと恥ずかしさからだけではないはずだ。良守のいじましさに、正守は無言でぎゅっとその体を抱き締めた。


2008.12.15




「不安にさせてたならごめん。」

髪に頬を寄せ目を閉じる。それからちゃんと顔を見て話したくて、正守は体を少し離して良守と向き合った。

「俺はいつだってお前にキスしたいよ。でもそうしたらすぐに自制が効かなくなるから、出来なかったんだ。」

その言葉に驚いたように目を見開く良守に、正守は苦笑しながら話した。

「今、お前は女の体になって戸惑ってるだろう?それなのに不用意に触れて恐がらせたくなかった。」

大事にしたい相手だからこそ簡単には手を出せない。傷つけたくないという思いと共に、自分が恐がられてしまう事、嫌われてしまう事が恐かった。だがその躊躇いが返って良守を不安にさせ、傷つけていたなら本末転倒だ。
正守の言葉をじっと聞いていた良守だったが、不意に目元を弛ませて自分を腕の中に閉じ込める男を見上げた。

「何で俺が兄貴を恐がるんだよ。そんなのあるわけないだろ。自制なんて、そんなのしなくていい。」

そう言うと良守は正守の腕を取り、そっとその掌に頬を擦り寄せる。

「女の体って確かに分かんないよ。でも兄貴に触れてもらえない方が嫌だ。」
「良守…。」
「どんな俺でも好きって言ってくれるなら、いつもと同じように扱ってくれよ。俺の望みはそれだけだ。」

いつだって会えるという関係じゃない。むしろこうした関係になってからも、会えない期間の方が長い。だからこそ触れたかったし触れて欲しかった。その温もりも歓びもしっているのなら尚更に。
まだ声変わりを終えていなかった良守の、以前の声よりも高く甘い少女の声が優しく正守の耳に響いた。情けなくても、格好悪くても良守は受け入れてくれる。それさえ分かっていれば何も恐くなかったはずなのに、いつの間にか心のどこかで、今の幸せを疑っていたのかもしれない。本音でぶつかってくれた良守に正守も本音で返す。

「…お前に関しては、俺は臆病なんだよ。嫌われたらどうしようって、そんな事ばかり恐がってる。」

他の人間になら、例え嫌われ憎まれても受け入れる事が出来るだろう。それがどんなに親しい者だろうと、どこか納得すらしてしまうかもしれない。だが良守だけは、良守にだけは嫌われる事も憎まれる事も恐ろしい。
以前なら耐えられたはずの事でも、こうして一度、良守の心を手に入れるという幸福を味わった後でそれを手放す事は何よりも恐かった。
自分の中の弱音を吐き出す正守に、良守は嬉しそうに笑う。

「嫌うなんて絶対ない。俺も、どんな兄貴でも好きだよ。それだけは変わらないから。」

その言葉に正守は無言で腕の中の体を強く抱き締めた。壊れてしまいそうなほど小さく細い、でも柔らかく温かな体にそのまま口付ける。何度かキスを繰り返した後、舌先で促すと良守が薄く唇を開いた。その隙間から舌を差し入れ口内をまさぐる。絡め取った良守の舌は相変わらず熱く甘い。その感触に薄く笑み、正守は抱き締めていた腕の力を少しだけ緩めると良守の耳元に唇を寄せた。

「今、凄くお前が欲しい。」

いいか、と間違いようのないくらいに熱を籠もらせた声で囁かれて、良守の体が小さく震える。顔を覗き込んでみると、羞恥の為頬を染めた良守と目があった。

「聞くな、バカ。」

下から正守を睨む瞳は泪でうるうるしている。だからそんな瞳で睨まれても可愛いだけなんだけど、と思いながらも正守はひとつだけ確認するために良守に尋ねた。

「だけどさ良守。その体でセックスするって、どういう事なのか分かってるのか?」

体の構造が異なる以上、その方法も今までとは違う。正守の言葉に良守は、よく分からないけど、と答えた。

「男の時だって、最初からどういう事するのか具体的に知ってた訳じゃないし。ただあの時も今も、兄貴にだったら何されても良いって思ってるだけだ。」

ジーザス。キリスト教徒でもない正守の脳裏に、思わずそんな言葉が浮かんだ。くらりと眩暈に襲われる。

「…お前、俺の理性を甘く見てるだろう。」

何されても良い、だなんて。散々抱き合って正守という男を知っているはずなのに、こんなに強烈な誘い文句を言っちゃうなんて問題ありだ。どれだけ強烈な爆弾を投下したのか、本人だけがまるっきり分かっていない。
正守は反論の為か開きかけた良守の口を自らのそれで塞いだ。そのまま言葉もなくお互いの唇を貪り合う。少しずつあがる息と体温に煽られながら、それでも腕の中の体がいつもと違う事が、正守の理性を辛うじて繋いでいた。乱暴にならないようにと必死に自らを戒めながら、良守の体を敷いてあった布団の上に横たえる。少しずつ着ている物を剥いでいくと、そこに見えたのは普段良守が着ているタンクトップではなく、見慣れないものだった。その事に正守は驚く。

「これ…。」

良守が身につけていたのは昼に買った女性用の下着だった。だがそれは比較的抵抗なく着られるだろうと思っていたスポーツタイプのものではなく、ごく当たり前のブラジャー、しかも薄い水色の可愛らしいものだ。そういえばこういうのも一組買ったんだっけと正守は思い出す。だが一応買ったにしても良守が身につける事はないだろうと思っていたのだが…。

「似合ってて可愛いけど意外だな。こっちのは良守絶対着ないと思ってた。」

つい正直に言うと、良守の顔が一瞬にして真っ赤になる。

「だ、だって。兄貴こういうの好きなんだろ?」
「そりゃまあ、嫌いじゃないけど。」

好きか嫌いで言えば大抵の男は好きと答えるだろうし、正守だとてそうだ。だがそこに微妙な誤解がある気がする。どれほど可愛い物だろうが、ワンピースにも下着にもそれ自体に興味はない。重要なのはそれを着ているのが良守という事だ。
しかし良守の言葉はそんな誤解もどうでも良いと思わせるものだった。

「もしかして、俺の為にこれ着てくれたの?」

そう尋ねると良守は視線を反らし、数秒躊躇ったあとコクンと頷く。そのあまりに可愛らしい仕草に正守の体熱が一気に上がった。
つまり、この下着は良守の精一杯のお誘いという事になる。

「あーもう、お前これ以上俺をどうするつもり?」

良守の首筋に顔を埋め脱力したように呻く正守に、良守は訳が分からずえ?え?と慌てたような声を出す。それに正守は苦笑しながら少し顔を上げ、良守を見つめながら言った。

「良守が可愛い格好をしてくれるのも嬉しいけど、俺の為にって、そう思ってくれる気持ちがもっと嬉しいよ。」

正守がそう告げると、良守の顔がこれ以上ないくらいに真っ赤に染まった。そんな良守に正守が微笑み、優しく口付け同時に髪を梳いていた指先が首筋へと滑り降りると、良守が小さく体を震わせる。その時何か言いたげな顔をした事に気づき正守が促すと、良守は少し戸惑いながらも呟いた。

「兄貴とするのは初めてじゃないのに、でもこの体では初めてって事になるんだよな?それがなんか…ちょっと不思議な感じで。」

正守の手の優しさ、温かさを良守はもう知っている。どんな風に愛してくれるか全て覚えている。なのに女性として抱き合うのは初めてなのだ。
確かにそれはそうだ。だけど、と正守は呟き耳元にかかる髪をかき上げてその耳元に唇を寄せる。パクリと柔らかな耳朶を甘噛すると、あ、と小さく声が漏れた。それに嬉しげに微笑む。

「こんな風に反応は変わってないし。良守は良守のままだよね。」
「ばっ、そういう事言うな!!」

『反応』という言葉が恥ずかしかったのか、口元を手で覆ってしまう良守のその手をペロリと舐めると正守は良守に囁いた。

「良守の初めてを2回ももらえるって、俺はこれ以上ない果報者だな。」

嬉しそうにそういう正守の耳に、良守がバカ、と小さく呟く。そんな可愛い恋人に微笑むと、そっと口元の手を退けて拗ねたように尖った唇に口付けた。






ん、と吐息のような声がもれる。それが恥ずかしいのか口元を押さえ目を閉じる姿が初々しい。
何度も抱き合ったはずなのに「初めて」になる体験に、いつもと勝手が違うせいか戸惑いの表情を見せる良守に愛しさが募る。
安心させるようにこめかみに何度もキスをして耳の形をなぞるように唇でたどると、良守がうっすらと瞳を開けた。それに微笑んで見せてから、今度は唇に口づける。これだけは変わらない仕草でお互い望みのままに舌を絡めた。
長い口づけをとくと、はぁと切なげに頬を染め目元を潤ませ見上げてくるその顔に、熱は簡単に煽られる。

少しでも辛い思いはさせたくないと、できるだけ理性を残したいと思うのだが、こうも扇状的な表情を見せられると自信がない。相手が良守だというだけで、正守にはいつだって余裕がないのだ。
目を閉じると長い睫が顔に影を作る。肌理が細かくなったようにも思える肌は、滲み出た汗でしっとりと濡れ、正守の手に吸いつくようだ。

顔中に口づけを繰り返し頬を舐めていた正守だったが、そのまま首筋をたどりそっと顔を胸元へと埋めた。その途端良守の肩がビクっと震える。正守が顔を上げると良守が少し不安そうな表情で見ていた。

「大丈夫だから。」

安心させるようにそう言うと良守がコクリと頷く。その手を取って握りしめると、きゅっと握り返してくる。
生来とは違う性で男を受け入れるなど、きっと恐ろしいに違いない。それでも触れて欲しいと言った良守の気持ちを、良守自身を大切にしたかった。


柔らかな膨らみに手を伸ばす。小振りだが形の良いそれは正守の大きな手にすっぽりと収まった。ゆっくりと揉みこみその頂に唇を寄せる。少し堅く膨らんだ部分を口に含み舌先で転がすと、良守の口から吐息と共に抑えきれない声が漏れた。
多少姿が変わり触れる感触が違っても、感じる部分は変わらない。頬を桜色に染め、いつもと同じ反応を見せる良守に、正守の熱は簡単に煽られる。

良守に言った通り、正守にとって性別や姿などどうでもいいことだった。そもそも弟である良守を好きになったのは正守だし、最初から良守が妹だったとしても結果は変わらなかっただろう。良守だから好きになった。良守だから惹かれ、そして愛した。血の繋がりも性別も承知の上で愛した存在の何が変わろうと、気持ちが揺らぐことはない。

少しでも不安を拭ってやりたくて、何度も耳元で「好きだ」と伝えた。繰り返し名を呼び口づけた。
そのたびに良守の身体から力が抜けて、正守を受け入れる準備が整っていく。それでも正守は根気強くその身体を解きほぐしていった。良守の身体から完全に力が抜けるまで。
やがてふたつの身体が重なり、お互いの熱を直接感じながら息をついた時。良守の瞳からほろりと落ちた涙を正守が唇で受け止め視線が絡み合うと、二人は身の内から沸き上がる幸福感と喜びに微笑みあった。






その夜、それまで以上の甘い夜を過ごした二人だったが、結局正守の休暇中に良守が元に戻る事はなく。
女性の体になった事に周囲も本人も何となく慣れていきながら、月日だけが過ぎていくのだった。


2008.12.24


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