精一杯の自分で抱き締める 前編
「「理想の女性像?」」 隣のクラスに別れた田端が、昼休みにメモ帳片手にやってきたと思ったら、男子生徒を集めていきなりこんな事を言い出した。怪訝そうな声を上げる良守達に、田端は大真面目な顔で頷く。 「校内新聞で特集するんだ。だからアンケートに協力して欲しい。」 俺、自分の所とこのクラスの担当なんだよね、と言いながら田端がメモ帳を開く。 「本当はさー、ミスコン投票みたいのにしたかったんだけど、今そういうのって制限厳しいらしくて。」 残念そうに言う友人に、市ヶ谷は疑問に思った事を聞いてみた。 「これって男にだけ?女性陣に「理想の男性像」は聞かないのか?」 「聞くよ。それは女子部員の仕事だから。」 どうやらこのアンケートは、3年進級時に新聞部に入った田端の初企画らしい。張り切る友人のに、市ヶ谷は半分呆れ顔になる。 「お前、こういうゴシップ物好きだよな。」 「それはちょっと違うぞ。俺が好きなんじゃなくて世間が好きなの。こういうのは割と幅広くウケが良いんだよ。」 俺が好きなのは情報集めだと胸を張られて、市ヶ谷は溜息をついた。その横からクラスメイトが田端に尋ねる。 「だけどよー、理想の女性って具体的にどんなの?抽象的でかえって答えにくいんだけど。」 「だったら女の子の好みのタイプとかでも良いよ。可愛いのが良いとか、優しいのが良いとか。」 「料理上手が良いとか、スタイルの良い人とか、そんな感じ?」 「だったら俺、自分より小さくて可愛い子が良いな〜。」 「はは、お前背ぇ低いもんな。」 「佐々木より背の低い女なんて限られてるじゃん。いっそロリコンになるしかないんじゃねぇ?」 「だれがロリコンだよ!俺はこれから伸びるんだからなっ!」 拳を振り上げて怒る級友を見ながら、市ヶ谷は考える。 「好きな人がいる奴は、その人が理想って事で良いのか?」 市ヶ谷の言葉に、周囲がどよめいた。 「おお、何だか大人な発言だな。」 「でも確かにそうだけど、俺は好きなヤツとかいないしな〜。好きなアイドルとかじゃ駄目なのか?」 「それじゃ単にアイドル人気投票になっちゃうだろ。まあアイドルが元でも良いから、タイプとして言ってみてくれよ。」 田端の説明に、みんなは最初唸りつつも、それなりの回答を答え始めた。それに頷きながら田端はメモを取っていく。 好きな人、ねぇ…。その言葉に、良守の脳裏には特徴的な坊主頭が浮かんだ。最後に会ったのは5日前。いつものように烏森で会った。 理想の女性、と言うならば…思いつくのは時音くらいしかいない。強くて賢くて綺麗で、良守にとって時音は憧れの存在だ。その憧れを恋だと勘違いしていた程で、恋じゃなかったと分かった後も大事な人に変わりはない。 だが好きな人、と言うのならば今の良守にとってそれは正守の事になる。という事は正守が良守の理想という事になるのだろうか。 考え込んでいると、一通りのメモを終えた田端がキラリと目を輝かせ、良守の机に手を付いて尋ねた。 「なあ墨村、お前の理想ってどんなの?好きなヤツはこんな感じ、ってのでも良いけど。」 興味津々に聞いて来る田端のどこか何かを企んだ目には気付かず、良守はふぇ?と間抜けな声を出した。理想…。好きな人…。ぼんやりしつつも、坊主頭を思い出しながら答える。 「えー…と、いつも嫌みっぽくて意地悪で、めちゃくちゃ強くて頭良い…。あとはすっげー優しい、かな。意外に人を甘やかすの好きだし、包容力があるっていうか…。」 思い出しながら話してたら、ちょっと会いたくなってきた。良守は学生な上に烏森を守るという役目があるから、この土地から離れられないし兄に会いに行く事も出来ない。だから正守が仕事の合間に会いに来てくれるが、それだってその仕事の性質上と立場ゆえ頻繁にという訳にはいかなかった。昔何年も会えなかった事を考えれば贅沢だとは思うのだが、それでも時々寂しいと感じてしまうのはどうしようもない。 視線を空に彷徨わせながらの良守の答えに、市ヶ谷と田端が顔を見合わせる。 「…やけに具体的だな。」 「っていうか、こいつの事だからてっきり時音嬢の事を語るかと思ったんだが…。どうも違うみたいだな。」 嫌みとか意地悪とか、更に強いとか。どう考えてもあの可憐で美しい才女には似合わない形容詞だし、しかも意地悪なのに優しいってどんな人物だ。 不思議そうなクラスメイト達の呟きに、良守はハッとして口を押さえた。しまった、俺は何をベラベラと正守の特徴を話してるんだ…! ああ、何だかこういう失敗、前にもあったなぁ。あれは会羽山に初めて連れて行かれた時だっけ…。焦りの余り思考が明後日に飛んでいく。引き攣った顔で固まる良守を眺めながら、市ヶ谷が口を開いた。 「強い女性が好きって、…格闘技やってる人とか?」 「それより嫌みとか意地悪ってのが解らん。墨村ってMの気があるんじゃねーの?なあ墨村、それって誰の事言ってんだよ。俺達の知ってるヤツか?」 「ち、違う違う!お前達は全然知らねーヤツだっ!!」 慌てて否定すると、へぇと田端が驚いたような顔になった。 「じゃあ俺達は知らないヤツだけど、具体例が実在するって事か。もしかして付き合ってんの?」 「つつつつつ、付き合ってるとかそんな…!」 田端の言葉にまたしても墓穴を掘った事に気付き、良守は赤くなりながら頭を抱えた。どうしてこう、俺って隠し事が下手なんだ…! 「実在しない!今のは俺の理想であって実在はしてないんだっ!」 「今更無理言うなよー。さっきのは殆ど惚気に近かったぞ。どう聞いたって実在の人物について語ってるとしか思えねーよ。」 必死の否定もあっさりと否定されて、良守が机に突っ伏した。そんな良守の様子を見ながら田端が面白そうに頷いている。 「いや意外だね。一番その手の事に関心なさそうな墨村がもう彼女持ちか。あ、包容力があるって、彼女年上?やっぱりお前って年上好みだったんだ。」 よし、項目に年上ってのも入れとこう、とメモを取る。そんな楽しげな田端を見、そして突っ伏したまま見事に動かない良守を見て市ヶ谷が気の毒そうに言った。 「墨村…、お前しばらくはこの話題から離れられないぞ。」 その言葉に良守がピクリと反応して枕を抱えてしくしくと泣くのを、クラスメイトは溜息をついて呆れながら見るしかなかった。 後編 |
2007.10.9
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