守りたい幸せ 後編








「ただいまー」

バイトを終えて帰宅し玄関で靴を脱いでいた良守は、家の中を漂う良い匂いに顔を上げた。

「お帰り良守」

キッチンから顔を出した正守は黒いデニムのエプロンを付けていた。いつもキッチンに置いてあるそれは、良守の青のデニムと色違いの物。
一緒に暮らすようになってから家事は分担していた。もちろん互いが忙しい時は助け合うが、基本的には当番制だ。

「今日の夕食当番って俺じゃなかったっけ?」

一旦冷蔵庫をチェックしてから買い物に行こうと思っていた良守が不思議そうに聞いてくる。そんな弟に正守は微笑みながら答えた。

「夕方からの予定が潰れちゃってさ。時間が空いたもんだからね」

ちょうど出来た所だったよ、と流しを軽く片付け始めた正守を見て良守は慌てて荷物を置くと、洗面所で手を洗いご飯の盛りつけを手伝った。
テーブルに置かれた大皿には鶏肉と根菜の煮物。横にはたっぷりの大根サラダ。味噌汁は深ネギと油揚げが入っている。

「良守、これもそっちに持って行ってくれる?」
「はいよっと。あれ、これって茶碗蒸しの器だよな?温めなくて良いのか?」

正守から渡された器は、蓋付きの茶碗蒸し用の器だった。だが茶碗蒸しにしては、冷蔵庫から出されたばかりのそれは冷たい。

「暑いから、たまには冷製のも良いかなって思って」

麦茶とコップをテーブルに置く正守。向かい合わせに座って、いただきますと礼をした後、良守は早速茶碗蒸しに手を付けた。

「…うめぇ!兄貴、これすっごく美味い!」

ひんやりと冷えた茶碗蒸しは、上にとろみのついた餡がかかっていた。中にはなめことエビが入っている。ツルリとした滑らかな食感で喉越しが良い。普通の温かい茶碗蒸しも良いけど、夏場にこの冷たい茶碗蒸しは堪らない。

「お前、茶碗蒸し好きだもんな。気に入ったんならまた作るよ」
「気に入った!絶対作ってくれよな!」

大喜びで食べる弟の姿に、分かったよと言いながら正守も嬉しそうに笑った。あっという間に茶碗蒸しを平らげた良守は、次々と皿を空にしていく。
食べ終わり満足気にごちそうさまと言った後、空になった食卓を見回して良守がふと微笑んだ。それを見て正守がどうした?と声をかける。
大したことじゃないんだけど、と断りながら良守が正守を見た。

「兄貴さ、最初の頃は料理駄目だったじゃん。なのに半年くらいでこんなに上手になっちゃってさ。こういうの、夜行の連中が見たらびっくりするんだろうなって思って」

泣く子も黙る夜行の頭領が冷製茶碗蒸しを作ってる姿。きっと他のみんなには想像できないに違いない。
楽しげに言う良守に、正守があいつらに見せる日は来ないだろうな、と笑って返す。その言葉に良守が不思議そうな顔をした。

「なんで?夜行では作らないってこと?頭領の威厳に関わるか?」

あ、それとも料理番長さんがいるから遠慮してる?と聞いてくる良守に、違うよ、と正守は答えた。

「料理は確かに意外と楽しいよ。でもそれはお前が食べてくれるからだし」

お前がいない所じゃ作らないと思う、と当たり前の事の様に話す正守に、良守の頬がうっすら赤く染まる。

「…行動の理由が俺絡みだけって、どうかと思うぞ」
「良いじゃないの。お前の兄貴は元々こういうヤツだよ」

もうずっと昔から、正守の行動理由の大半は弟が絡んでいた。
小さかった弟を守りたくて強さを求め、追い抜かれないように己を鍛えた。傷つけるのが怖くて家を出て、そしてあの忌まわしき地から解放する為に力を欲し上を目指した。
想いすら自覚していなかったあの頃から、正守の世界は良守中心に動いていた。それはもういっそ自分でも呆れる程に。だがそれで良いと正守は思う。
もう辛い事がその身に起こらないように。いつも幸せに笑っていて欲しい。

「良守が笑ってくれるなら、俺は何だって出来るから」

二人一緒にいられて笑い合って。時には小さな諍いを起こしながら仲直りして。過ごす時間の分だけ何かが深まっていく気がする。
この幸福を守りたい。何よりただ一人の愛しい人を大切にしたい。それが今の正守の願い。
正守の言葉を黙って聞いていた良守が、ハーッと大きな溜息と共にガックリと頭を落とした。正守がどうしたんだろうと思っていると、頭を抱えた良守がボソボソと喋る。

「お前ずりいよ。何でそんな台詞、真顔で言えるんだ」

呟く良守の顔は見えないが、その耳が真っ赤に染まっている事に正守は気付いた。

「なに。もしかして照れてる?それとも良守も俺に同じ事言いたいの?」
「バカ兄貴じゃあるまいし、素面でそんなこと言えるかよ」
「…って事は、言えないけど同じ事思ってはいるんだ」

嬉しそうな正守の台詞に、思わず良守は顔を上げてしまう。恥ずかしさの為か、顔はこれ以上ないくらいに真っ赤だった。
その様子に正守は席を立ち良守の隣に座り直す。良守はバツが悪そうにそっぽを向いたけど、離れる事はしなかった。そっと肩を抱き寄せる。

「良守が恥ずかしがり屋なのは知ってるからさ。ー同じ事思ってくれただけで充分だよ」

その言葉に良守は正守の肩にコトン、と頭を凭れる。目を瞑り全てを委ねるように力を抜いた。

「正守、お前俺を甘やかしすぎ」

そう言いながら甘えるように頬を擦りつける弟に、正守は目を細める。

「それは仕方ないな。俺が良守を甘やかしたいんだから」

楽しげな正守の声が頭上から聞こえる。物好き、と呟いた言葉は照れ隠しだと見抜かれてて、また正守が笑ったのがわかった。
ほんと物好きだよね俺って、と言いながら頭を撫でるその手の優しさに、物好きなのは俺もだなと良守は思う。
良守よりも少し低い体温も、落ち着いた声も、悔しいけど追いつけなかった高い背と一回り大きな体も。優しく触れてくる長くて形の綺麗な手と指先も。
その全てをこんなにも愛しく感じてる俺は、相当のバカで物好きだ。
黙って目を閉じている良守の髪が正守の頬をくすぐる。それを飽きることなく何度も梳きながら、正守は良守に聞いてみた。

「良守さぁ。あそこでのバイト楽しい?」
「へ?ーまあ楽しいよ。お客さん良い人ばっかだし、マスターの傍にいると勉強になるし」
「…そうだろうな。お前腕上げたよ。今日の桃のやつ、本当に美味かった」

正守の言ったそれは確かに褒め言葉で良守としては嬉しいのだが、声の響きにどことなくらしくない不機嫌さを感じて首を捻る。

「俺の気のせいかもしんねーけど、もしかして機嫌悪い?」

さっきまでの兄にそんな素振りはなかっただけに、良守は不思議に思う。それにちょっと苦笑しながら正守が答えた。

「良守は自覚して無かったかも知れないけど、今日マスターがバイトしてる期間くらいになるねって言った時、お前、複雑そうな顔してたんだよね」
「…そうだったか?」

キョトンとして顔を上げた良守に、正守がハア、と溜息をつく。

「それってさ、バイトが終わるのが寂しいって事だろ。マスターは良い人だし、俺も好きなんだけど、お前があんなに懐いちゃうって思わなかったからさ。なんか複雑な気分」

懐くって、人を犬猫扱いかよ、と思ったけど。言われた内容に良守は唖然とした。

「…なんだそりゃ。兄貴、マスター相手に妬いてんのか?」
「馬鹿だろ。自分でもそう思うけどね。お前に関する事だと自分でもおかしくなるって自覚はあるよ」

少しだけ照れたようにポリポリと頭を掻く正守。その普段よりも子供染みた動作と表情に、良守の頬が弛んだ。
正守が妬くなんて。
ヤキモチなんて今迄何度も味わった。大人で実は格好良い兄は、街を歩いていても自然と人目を引くから、女性に声をかけられたりもする。
見た目に釣り合った大人の女性が正守に近づく度、近寄るなって怒鳴ってしまいそうになるのを必死に堪えて。
でも正守はそういう女性を一瞥する事すらなかったから、その事に安堵して。そういう感情は自分ばかり持ってると思っていたから嬉しいと思ってしまう。
それにさっきの正守は、何だかちょっと可愛かった。自分よりも7歳も上の兄をそう思うなんておかしいのかなって思うけど。あばたもえくぼってこういう事を言うのかな。

「ー馬鹿みたいだけどいいよ。そういうの、俺にだけ見せてくれるなら」

楽しげに言う良守に一瞬驚いたような顔をして。お前にしか見せないよと、正守は強く良守を抱き締めて柔らかそうな頬を舐める。
昼に食べた桃よりこっちの方が甘いかも。そんな事を真顔で言う正守の手を軽く叩いて、今度は良守からキスをした。











前編





お詫び企画その3。リクエストはかいなさん

・「We'll Be Together Again」「Sweet time」をベース
・よっしーが高校生〜大学生あたりの年齢で(進学してるかどうかはおまかせで)
この喫茶店でアルバイト(学校休みの間だけとかでも)してる設定
・そんなよっしーの姿を見に(ちょっかいだしに?・笑)店に来るまっさん

でした

この喫茶店は裏会に程近く、烏森からは遠いイメージで書いてたので
よっしーとまっさんには同居を建前とした同棲をしてもらう事にしました(笑)
本当はよっしーのウェイター姿にデレデレするまっさんとか
ご近所のOLさんの間で密かに噂になるまっさんとかもリクに書かれていたのですが
入れる事が出来ませんでした。書きたかったな…
まっさんはすでにここの常連なので、ご近所マダムとかにモテモテだと思います!(笑)
にしてもこの兄弟、ちゅーしかしてないのに妙に甘いな…。同棲効果か(笑)。

かいなさん、こんなんでよろしければどうぞお受け取り下さいませ!
リクエストありがとうございましたーv



↓心残りなので、ちょっとだけデレデレまっさんを下に追加↓











「なあ良守。今度あそこの制服持って帰ってきてよ。定休日前とか」
「何で?シャツはクリーニングだし、他のは店の洗濯機で洗うから、持ち帰る必要ないんだけど」
「いや、前から思ってたんだけど、あの制服って結構エロいと思わない?」
「・・・・・・・・は?」
「黒のベストが体の細さを強調してて、禁欲的っていうかそそられるんだよね」

一度あれ着けたままやってみたい、その言葉は良守の右ストレートによって阻まれた。










デレデレというか変態。すみませんすみません。まっさんが変態なのは私が変態だからです!



2007.8.5


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