縁睦び
大賑わいのセントラル。今日は街一番の祭りの日。
司令部に顔を出した兄弟は、いつもの執務室がガランとしている事に驚いた。
残っていたロイによると、それぞれ今日の祭りの為に借り出されているという。
そうかと言って部屋を出ようとした兄弟に、待ったの声をかけたのはマスタング大佐だ。
「君達はこの祭りは初めてだろう。せっかくだから私が案内してやろうじゃないか。」
にこやかに微笑むロイに、エドワードが胡散臭げな眼差しを向ける。
「いらねー。どうせサボりたいだけだろあんた。ホークアイ中尉がいないからって良いのかよ。」
「サボりとは人聞きの悪いことを。私はせっかく祭りの日にやってきた君達に楽しんでもらいたくてだね。」
「余計なお世話だ。大佐がいたら楽しめる事だって楽しめなくなる。」
さっさと部屋を出るエドワード。アルフォンスは慌ててその後を追う。
別に了承を得なくても、案内役はいてもいいだろう。うん、迷いそうだしなあの二人。
やっと見つけたサボりのネタを逃がすまいと、さらにその後を追う大佐の姿があった。
話には聞いていたが、この時期にセントラルに来た事がなかったエルリック兄弟。
その盛況振りにあっけに取られていた。
「ボヤボヤしてるとはぐれて迷子になるぞ、鋼の。」
「だぁーれが人混みで見失っちまうくらいにミジンコかー!!」
「兄さん、誰もそんな事言ってないから!!」
大佐に殴りかかりそうになるエドワードの腕を、アルフォンスが咄嗟に掴む。
「あんた、いい加減仕事に戻れよ。俺たちは勝手に見て回るから。」
呆れたように見るエドワード。それにも大佐はまったく平気な顔だ。
「まあまあ、もう少しくらい良いじゃないか。あれなんか面白いと評判だぞ。君達も行ってみたらどうだ。」
ロイが指さしたのは、立ち並ぶテントの中でも少し小さめなテントだった。
「面白いって、何やってるんだよ。」
「占いだよ、前世を視るとかで当たると評判だ。ついでにかなりの美人らしい。」
「そういう評判だけは聞きつけるの早そうだよな。だけど前世が何だって言われても確かめられないのにさ。
それがどうして当たってるって分かるんだ。随分いい加減な評判だな。」
「評判なんてそんなものだよ。だが美人というのは当たってるかもしれん。」
「だったらあんたが視てもらえよ。俺は占いなんか信じないぞ。視てもらう必要なんかない。」
「だけど兄さん。信じる信じないとかじゃなくて、ちょっと面白そうじゃない?ボク一度くらいなら試してみたいな。」
ウキウキと嬉しそうに言うアルフォンス。弟にそう言われると強く嫌とも言えない。
どうせ信じてないんだから付き合ってやるくらいは良いか。
弟に無条件で甘い自覚のある兄は、早々に諦めてアルフォンスとそのテントへ向かった。
「いらっしゃい。…あら。」
入ってきた兄弟を見るなり、声をかけてきた女性は口元に手を当てた。何だかビックリしたように。
「対照的な兄弟ね。鎧のー弟さんかしら、そこの椅子に腰掛けられる?小さくて座りにくいかもしれないけど。」
一目で兄弟、しかもアルフォンスの方が弟と知れた事に二人は驚いた。
「凄いね、初対面でボクを弟だって当てた人なんて初めてだよ。」
「いやいやいや、俺たちの風貌で気付いたのかも知れないぜ。なんたって有名人だし。」
こそこそと話ながら椅子に座る。そして改めて女性を見た。
切れ長の真っ黒な瞳が印象的な女性だ。でもその理知的な風貌は占い師というイメージからは遠い気がする。
どこか異国を思わせる、柔らかなふんわりとした衣装はそれらしいが、派手ではなくむしろスッキリと清楚だった。
私の事はセレアと呼んでちょうだい、そう言って彼女はにっこり笑う。
「ボクらが入ってきた時、何だか驚いてましたよね。」
「ああ、ごめんなさいね。あまりに二人が似てたもんだから。」
「「似てる?」」
はっきり言って子供の頃ならともかく、今の二人で似てるなんて言われた事はない。
どういう意味だろうと不思議そうにする二人を、セレアは目元を和らげて見た。
「見た目の事ではないわよ。オーラって知ってるかしら。生きている物からは必ず生体オーラが発せられている。
あなた達二人からは、とてもよく似たオーラが見えるの。微妙に色が違うけど。」
「オーラかぁ。ボクらには見えないけど、それ何だか分かる気がします。」
「見えねーのに何が分かるんだよ。」
弟の台詞に呆れたような兄の声。それに気を悪くした風でもなく、弟はのんびりと答えた。
「だってさ、兄さんがすっごく怒った時とか、空気が震えるみたいに圧迫感を感じる時があるんだ。
目には見えないけど、そういうものと同じなんじゃないかな?
大体、この間精神と魂の関係について話したばかりじゃない。あれだって見えないけど確かにあるのは認めるでしょ?」
「…まあ、それはな。」
それについては認めざるをえない。何しろ目の前の弟の魂は自分が引き戻したのだから。
今の自分には見えないけど、確かに存在している。それを否定する事は、自身の存在の意味さえ否定する事になるだろう。
「弟さんの感覚は正しいわ。オーラはその時の感情で大きく動くの。怒りなんてとても大きな感情だから尚更ね。
大げさな事ではなくて、その人のまわりの空気と考えれば良いのよ。嬉しかったら柔らかくて、怒っていたら刺々しい。」
「空気かぁ。でもボクと兄さんが似てるのって、驚くような事なんですか?兄弟なんだから普通じゃないんですか?」
「いいえ、兄弟だからって似るものではないわ。しかもここまで同調するオーラはとても珍しい。
多分二人の過去世も関わっていると思うけど。そろそろ占いの方に入らせてもらっても良いかしら?」
「あ、そうですね。お願いします。」
「じゃあ、この水晶に手を当ててちょうだい。」
そこに横たわっていたのは、円錐形の水晶だった。所々曇ったように白いが、中心部分は透明に透き通っている。
占いでよく見る球体ではないその水晶に二人は手を当てた。セレアも反対側から手を伸ばして目を閉じる。
目を閉じているセレアの眉が何度か動くのを二人は見ていた。水晶が体温でじんわりと温まってゆく。
やがてふうっと息をひとつ吐いて、彼女が目を開けた。顔にかかっていた髪を無造作に後ろに払いのける。
「…こんな事は初めてだわ。あなた達、どうなっているの?」
セレアの言葉にキョトンとなる兄弟。それを見ながらセレアは困惑したように頬に手を当てた。
「二人の前世を辿っていたら、途中で混ざってしまったのよ。」
その言葉に二人は驚愕した。それは誰も知らない事実、自分たちだってまだ仮定の段階の事なのに。
答えようがなくて固まる兄弟を見ながら、セレアは苦笑しながら言った。
「それでも何とか手繰れたわ。随分縁が深いのね、あなた達。」
「縁が深いって、それどういう意味ですか?」
「あなた達は、今までの前世で必ずお互い関わっているのよ。ひとつ前の前世では兄弟の立場が逆ね。
お兄さんが弟で、弟さんが兄。そのもうひとつ前では、お兄さんはそのままで、弟さんが妹よ。」
「へええ。前世のボクらも兄弟だったんだ。凄いね、兄さん。」
ふと兄を見てみると、何だか呆けたような顔をしている。
「兄さん、大丈夫?どうしたのさ。」
「え、ああ。悪い。ちょっとビックリした。」
目の前で手を振ってみると、兄が今目が覚めたというように頭を揺らす。
「アルが妹?…なんだか凄いな、それって。」
「それだけじゃないわよ。親子だったり夫婦だったりした時もあるみたい。たまにあるのよ、こういう事。魂がとても近いんでしょうね。」
それと、とセレアは少し首を傾げながら続けた。
「オーラが似ていたのは過去世からの繋がりもあるけど、どちらかというと後天的なものが強いみたい。
二人の何かが混ざって繋がっている。だから重なり合ってても綺麗に馴染んでるのね。」
またもやドキリとして、兄は思わず胸を押さえた。
アルフォンスの精神と混合したという仮説には自信があった。セレアの能力が本物なら立証されたも同然だ。
というより、本物なんだろう。こんな事俺たちの事情を知らなきゃ考えつくはずがない。知ってても無理か。
それだけでも嬉しいのに、過去世でもアルとずっと家族だったなんて。
アルが兄ちゃんだったり妹だったり親だったり、しかもふふふふ夫婦だったりしたのか!
今なら俺オカルト信じる。占い万歳。セレア万歳。
にやけるのを必死に堪える兄の横で、アルフォンスが邪気のない声でセレアと話している。
「縁が深いって、それって来世とかでも続くんですよね?」
「そうね、どんな形になるかは分からないけど。」
「うーん、だったらボクは次も兄弟で生まれたいな。今と同じが良い。」
「あなたはお兄さんが大好きなのね。大丈夫、きっと願いの通り、兄弟で生まれるわよ。」
「ありがとう。えへへ、セレアさんがそう言うと、本当にそうなりそうに思えるよ。ね、兄さん。」
会話に入ってこない兄を見てみると、顔を真っ赤にして口を手で押さえている。
「え、ちょっと兄さん!どうしたの、顔真っ赤だよ!!」
「…真っ赤だよじゃねー!何お前こっ恥ずかしい台詞言ってんだ!!」
「なに、もしかして兄さん照れてるの?ボク本当の事言っただけなのに。じゃあ、兄さんは次ボクと兄弟で生まれるのは嫌なの?」
小首を傾げながら寂しそうに聞いてくる弟に、ぐっと言葉を詰まらせる兄。
じーっと無言の圧力を弟から発せられて、とうとう観念した。
「あーもうっ!嫌じゃねーよ!ったく、分かったらさっさと帰るぞ!」
これ以上恥ずかしい台詞を聞くのも言うのも耐えられん、とばかりにエドワードは立ち上がった。
さっさと代金を置いて出入り口へとドカドカと歩き出す兄を、慌ててアルフォンスが追う。
入り口のカーテンを上げた所で、エドワードが立ち止まった。顔だけ後ろに振り返ってセレアを見る。
「なあ、ひとつだけ教えてくれ。あんたには未来も視えるのか?」
その台詞に、セレアは微笑みながら答えた。
「視えないわ。視るつもりがない、と言った方が良いかしら。これから何が起こるのかなんて、誰も知らない方が良いもの。」
「確かにね。…あんたの能力は本物だよ。俺たちが保証する。」
「ありがとう。また縁があったら占わせてちょうだい。」
「機会があったらな。」
出来ればその時には、二人とも体を取り戻していたいなと兄は思った。
テントを出ると、目の前の通りに面したオープンカフェに見慣れた黒髪の姿が見えた。
「まだいたのか。こんな所でいつまでもサボってていいのかよ。」
「サボりではないぞ。一応君達の護衛を買って出ようと思って、テント周りを警戒してたんだ。」
「スカーが出たわけでもないのに何が護衛だよ。俺たちをサボりの言い訳にするな。」
「まあまあ、それでどうだった。評判の占い師は。美人だったか?」
「聞く点を間違ってないか。まあ面白かったよ。何でも俺たち前世でも兄弟だったらしいぜ?」
なあアル、と後ろを振り返る兄に、弟が同意する。
「それどころか、親子だったり夫婦だった時もあるみたいなんです。」
凄いでしょ?と上機嫌なのが分かるような弾んだ可愛らしい声で話す鎧の弟。その姿にちょっと眩暈を感じる。
夫婦って。今でも君達夫婦みたいなものじゃないか。
現世でもこれだけ無自覚でイチャイチャな傍迷惑兄弟だっていうのに、前世でも同じ事やってたのかと呆れるロイ。
しまった、こんな惚気を聞かされるくらいだったら、真面目に仕事していた方がマシだったかもしれない。
頭痛までしてきたこめかみを押さえながら、後悔するロイ・マスタングだった。