『見て兄さん、この樹。これ全部桜だよ!』

『凄いな。並木道になってるのか』

『桜って、1本とかで咲いてるのは見た事あるけど、こんなに沢山のは見た事ないや。
 今は葉桜だけど、全部咲いたら綺麗なんだろうね。見てみたいなぁ』

『…なら、いつか』

『え?』

『また見にくればいいさ。お前と俺がー』









全てを取り戻したその時に







約束の地
















「凄い・・・」

ぽかんと口を開けて上を見上げる弟に、笑みが零れる



「アル、そんなに口を開けてると花びらが入るぞ」

笑いながら言っても、アルフォンスはまだぽーっとしていた





ここは嘗ての約束の地

美しい葉桜の下で、全てを取り戻したら桜を見に来ようと誓った

そうして俺達はやってきた。願い通りの姿で



この公園には数千本の桜が植えられていて、名所になっているらしい

確かにこの国でこれ程桜の樹を見られる所は珍しい。これ程根付いて咲いている事自体も

散歩道になっている辺りは、平日だというのに人の姿が結構見られた

でもそこから少し外れた道の悪いこの周辺は、人の影も疎らだった



アルフォンスはまだ呆けた様に桜を見上げたままだ



動かないものだから、髪に、肩に、はらはらと散った桜の花弁が乗っている

それを手で払うと、アルフォンスがパッと振り向いた



「…兄さん、凄いね!」

目を輝かせて興奮したように話すアルフォンス

その頬は桜の花より赤く染まり、笑顔ははち切れんばかり



来て良かったなと、心から思った

約束していた土地に来れた事よりも、珍しい満開の桜の花を見れた事よりも

アルフォンスの心からの笑顔を見れた、ただそれだけで…



「見て。空気まで薄紅色に染まってる」

ぼんやりと霞がかったように一面の桜色

それはまるで夢の様な光景で、アルフォンスが夢中になるのも仕方ない

アルはいつだって、綺麗な空とか花とか、自然が大好きだったから

それは聴覚と視覚しか残されなかった弟にとって、必要なものだったのだ



でも今は違う。満開の桜を見るだけでなく、花を散らす風の音を聞くだけでなく

手の中に落ちてくる小さな花弁に触れる感触も、今のアルフォンスには判る





「…綺麗だな」

「ねぇ、綺麗だね。来て良かったね!」

にっこりと笑うアルフォンスに、内心苦笑する



綺麗だと言ったのは桜の事ではなかったから



アルフォンスの嬉しそうにはしゃぐ姿が、生き生きとしていて

綺麗だな、と自然に思った。愛しく想えた





誰にも解らないだろう。ただこうして過ごす事が、どれだけ尊い事なのかを

他愛もない日常の何気ない事が、どれ程幸せな事なのかを

ただ息をして、当たり前に生きていく

それがどんなに大切な事なのか。失って初めて気付く、人とはそういうものだから



だからもう、間違わない。二度と失ったりしない

アルフォンス、お前をこの手から離さない



目を細めながら桜を見続けるアルフォンスに腕を伸ばし

その背中から抱き締めた



「に…さん?」

唐突な俺の行動に、少し戸惑ったようなアルフォンスの声

肩越しに振り返ろうとする弟を制して、肩口に顔を埋めた



「少しだけ…、このままでいさせてくれ」

「…うん」

伝わる温もり。体を通して伝わる鼓動は、少し早めに、でも規則正しく動いている

…生きてる。アルフォンスはこうして生きている

その存在全てが愛おしくて、涙が出そうだった





「…ねえ兄さん。僕、またここに来たいな。今度は葉桜の季節に」

抱き締めた俺の腕を優しく撫でながら、アルフォンスが言った



「花の季節じゃなくて?」

少しだけ顔を上げると、アルフォンスが嬉しそうに答える



「前に来た時には判らなかったけど、桜の葉って良い香りがするって聞いたから」

「…そうだな、何度だって来よう。他にも行きたい所、全部行こうな」

もう何にも背負うものはなく、探し求めるものもなく

ただ自由に何処までも、望む所へ行こう。ずっと二人一緒に







満開の桜は、ほんの少しの風にも花弁を散らしていく

降るように散っていく満開の桜の花びらの中、俺はもう一度弟の体を強く抱き締めた

















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