Wーダブルー
















「寒くなってきたな」

朝食を食べながらの唐突な兄の台詞


「そうだね、この所少し寒くなってきたね」

今の僕にとってはその寒さすら楽しいものだったけど


長い旅を終わらせて、体を取り戻す事が出来て初めて迎える秋

そしてもうすぐやってくる冬

四季の移ろいをこの身で感じられる。それは僕にとってとても喜ばしいことだ


そんな嬉しそうな僕を見て、兄が少し苦笑した



「そうだね、じゃねーだろアル。そろそろ冬支度しとかないと」

「あ」

兄の言葉に僕はハッとした

僕達が体を取り戻したのは、たった三ヶ月程前の事

それからリゼンブールに戻って、元の家のあった場所に新しい家を建てて住んでいる

体を取り戻した時はまだ夏だったので、当然冬物なんて売ってなくて

時期が来たら買い揃えないとと言っていたんだった





「そうだったね。色々買いに行かなくちゃ」

えーと、冬に必要な物って何があったっけ?

衣服とかは取り合えず一揃い買って、後は必要に応じて買っていけばいいか

暖房器具とかは早めに揃えなくちゃ。結構この辺って冷え込むし

そんな事を指折りしながら確認していると、兄が大真面目な顔で声をかけてきた



「違う。間違ってるぞアルフォンス。そんな物よりも先に買うべき物がある」

「え?服とかよりも先に買うものって、何があったっけ?」

本気で解らなかったので、僕は素直に聞いてみた

そんな僕を見て、兄はとても嬉しそうなにやけた顔をしている


…あ、何かやだ。あの顔はあれだ。いやらしい事考えてる時の顔だ


買うべき物も、気にはなるけど聞きたくないなぁ、なんて思う僕を気持ちを無視して

兄はニヤリと笑うと、力一杯実にくだらないことを言い出した



「まずはダブルベッドだっ!!」

「・・・・・・・は?」

えーと、この目の前にいる馬鹿兄はいったい何を言い出したんだろう


「…ベッドならあるじゃない」

「違う!あれは取り敢えずの仮のベッド!今度買うのが本当の本物!」

「ベッドに仮とか本当とかないだろ!何で3ヶ月しか使ってないベッドがあるのに新しいのを買わなきゃいけないの!?」

「あれは買った頃がまだ暑くて、アルが一緒に寝るの嫌だなんて言うから仕方なく買ったんだ!
 
 でももう寒くなってきたからな。これからは人肌が恋しくなる時期だろ」

うんうんと一人で頷きながら納得している兄に目眩がしてくる

力説するなよそんなこと



「という訳でダブルベッドとあったかーい布団をセットで買おうな。アルは羽毛が良いか?それとも羊毛?」

嬉しそうに聞いてくるなよそんなこと


僕は大きな溜め息をつきながら、何だかズキズキと痛む額を抑えて兄に答えた


「僕は羽毛布団希望。但しシングルサイズで」

「なんで!?」

「なんでも無いだろ。部屋は同じなんだし、今まで通りでいいじゃない」

「違う!ぜんっぜん違う!一緒に寝れるのと寝れないのとじゃ、まったく違う!

 俺はな、寒い冬の朝アルが寒くて無意識に温かさを求めて擦り寄ってくる、

 なんて事を夢見て寂しい独り寝に耐えて来たんだぞ!?」


だから力拳握り締めながら真剣に言う事かよそんなことっ!


呆れて物も言えない代わりに、精一杯の抗議の証として胡乱な目で兄を見る

一瞬だけ兄はたじろいだが、すぐに立ち直りブチブチと文句を言ってきた





「大体さ、アルは冷たいよな。暑いからって兄ちゃんと寝るの嫌がるし。

 俺はせっかく戻ったアルとずっと一緒にいたかっただけなのにさ。そう言っても信用してくれないし」

子供みたいに拗ねるな。ああもう何でこんなに厄介なんだろう、この人



…仕方ないかなぁ



「ダブルベッドは買わないからね」

そう言うと、兄はこの世の終わりみたいな悲壮な顔をした。情けない事この上ない、けど


「元々同じベッドを二つ買ったんだから繋げれば良いだけだろ。シンプルなフレームだから見た目にも変じゃないし」

僕のその言葉に、兄の顔に満面の笑みが浮かぶ。現金なんだから、もう





これが僕の最大限の譲歩。だって兄弟でダブルベッド買うなんて凄く嫌すぎる

本当は最初買うのを嫌がったのも、その辺が理由だったりするんだけど

結果的には同じ事でも、元がシングルベッドだと思えば少しだけマシだ

こういうのを五十歩百歩と言うんだろうか





「じゃあ、後は布団だな!ふっかふかのダブルサイズの羽毛布団!」

嬉しそうな兄の言葉にハッとした。しまった布団もあったんだ

でもいいか。確かに冬の寒い時、ひとつの布団にくるまって隣に温かい体温を感じるのって気持ちいいし





…だってさ、絶対に言ってなんかやらないけど





「ずっと一緒にいたかったのと思ってるのが、自分だけだと思うなよ」







ボソリと呟いた僕の台詞を聞き逃した兄さんが、不思議そうにこちらを見るのに笑みを返した





















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