「兄さーーーーんっ!!」



その時最後に聞こえたのは、アルフォンスの悲痛な叫びだった。





失えないもの









「…っ。」

微かに胸に広がる痛みに目を覚ます。呼吸をするのが少し辛い。

何でだろうと不思議に思いながら目を開けると、視界の隅に見慣れた金色の髪が見えた。

ベッドに横たわる自分の手の位置に、俯せたままピクリとも動かない。


アルフォンス?


普通に声に出したつもりだったけど、何故かとても掠れていた。

咽の奥が攣ったようにヒリヒリして、やたらと乾いている。



これはなんだ、俺、熱でも出して寝込んだのか。それにしては汗はかいていない。

思い出そうとしても、どうやってベッドに入ったのかすら記憶が曖昧だ。

アルフォンスに聞きたい所だけど、どうやらずっと看病していてくれたらしい。

ぐっすりと眠っているのを起こしたくはなかった。

とにかく咽が渇いていたので、起き上がろうとしたのだがー。



「ぐ…ぅっ!」

身動きした途端背中と胸に走り抜けた激痛に、耐えきれず声が漏れる。

その声に気付いたのか、アルフォンスの体がピクリと揺れた。

ゆっくりと起き上がったアルフォンスの重そうな瞼が、兄の姿を捉えて開いていく。

真ん丸に見開いて今にも零れ落ちそうな目を、エドワードはじっと見ていた。

その大きな目は何度か忙しなく瞬きすると、一瞬くしゃりと歪んで、それからキッと兄を睨んだ。



「・・・・・・・馬鹿っ!!」

「・・・・は?」

思わず間抜けな声を上げてしまった。

だけど起き抜けの訳の分からないままに馬鹿と怒鳴られたら、誰だって呆気にとられるはずだ。

しかし弟は、そんな兄の混乱をまったく意に介していないようだ。



「は、じゃないよ!兄さん屋根から落ちたんだよ。覚えてないんでしょ!?」

「いや、言われてみると何となく…。」

なんか天気良かったからいつもみたいに屋根に上ってて…。

そしたら洗濯物抱えたアルが見えたから声かけて手を振って…。

そこまで思い出して自己嫌悪。それから先は考えたくもない。でも思い出してしまった。



「屋根に登るのはボクだって好きだよ?でも何であんな不安定な場所で急に立ち上がったりするのさ!

 バランス崩すのは当然だろ!兄さん自分の運動神経過信しすぎ!!」

口を挟む間もないほどの勢いで怒鳴ってから、少しは気がすんだのだろうか。

そのまま力が抜けたようにベッドに突っ伏した。



「アル?おい大丈夫か?」

顔を見たいけど動けなくて、エドワードは首だけを動かして声をかける。

すると顔ごと布団に埋もれている弟が小さく何かを呟いた。



「え、なに。何て言ったんだ。」

「…大丈夫かはボクの台詞だって言ったの。」

その言葉は先ほどとは打って変わって弱々しかった。



「兄さん、丸一日目が覚めなかったんだよ。いくら呼んでもピクリとも動かなくて。

 もしこのまま兄さんが死んじゃったらどうしようって。

 ボクどうして良いのか分からなくなって、凄く恐かった…!」

俯せたまま顔を見せないアルフォンス。その肩は小さく震え、手は布団を堅く握り締めている。

もしかして泣いているのだろうか?



「アル、ごめん。俺が悪かったよ。本当に反省してる。だからなぁ、顔見せてくれないか?」

「いやだ、見せたくない。」

「アル。」

俯せになった弟の髪を撫でた。さらさらと硬質な髪が指にさらりと心地良い。

多分泣いているアルの気持ちが落ち着くまで、俺は根気強く撫で続けた。

だって今回は本当に俺が悪い。こんなにアルを不安にさせるなんて。



これがもし逆だったら、俺はどうしただろう。

目覚めないアルを目の前にして、何も出来なくて。きっと気が狂いそうになっていたと思う。

アルがいなくなったら、そんな事考えたくもないのに。

アルはそんな思いを一晩味わったんだ。



腕を動かすだけで胸に痛みが走るけど、そんな事は構わずに弟の頭を撫でる。

こうしていると自分も落ち着いてくるのが分かった。

どうしてだろう、アルに触っていると凄く気持ちいい。

母さんの懐かしい温もりとも違う心地よさだ。

たった二人の兄弟だからってのもあるんだろうけど、不思議とアルは特別だった。

きっと他に兄弟がいたって、アル程には好きじゃないかも知れない。



そんな大好きな弟だから、母さんがいない今俺が守るって決めてたのに。

当の俺がアルを泣かせてるなんて。最低だ。



何度目か呼びかけた所で、ようやっとアルフォンスが顔を上げた。

顔を上げる前に無理矢理拭った目元は、真っ赤になって潤んでいる。

普段結構気の強いアルフォンスの、滅多に見ない不安げなその表情に何故かドキッとした。

もう一度ごめんと謝ると、みるみる内にアルフォンスの目に涙が溜まっていく。



「う〜…。」

耐えきれなくなったのかついにポロポロと涙を流し始めて、今度は俺の服の裾を掴んで腕に顔を乗せてきた。

そのままちょっと悔しそうに泣くアルフォンスがとても愛しく思える。

腕に感じるアルフォンスの体温が、とても大切なものに感じる。

この温もりを手放してはいけない。そんな気がした。



そのまま暫く弟が泣き止むまで、アルフォンスの重みを腕に感じていた。













「あー、それにしても胸の辺りがいてぇ…。」

胸というか背中というか、もう全体が痛いのだが。


「でも兄さん、それくらいで済んで良かったんだよ。多分無意識に頭を庇ったんじゃないかな。

 その代わり背中から落ちたから、肋骨とかヒビが入ってると思うよ。

 その衝撃で脳しんとうを起こして一日意識を失ってたんだろうね。」

あの体制で頭から落ちていたら、こんな怪我ではすまなかったはず。

それこそ即死していてもおかしくない。そう思うとちょっと冷や汗が出る。



「暫くは絶対安静だね。兄さん、動いちゃ駄目だよ。」

そう言うアルフォンスの声が、微妙に何というか…。

「何かお前楽しそうじゃねーか?」

感じた疑問を口にすると、アルフォンスがニヤリと笑った。なんだ、なんでこんなに嬉しそうなんだ。



「兄さんが動かないでジッとしてなきゃいけないなんて、そうある事じゃないしね。

 大丈夫、ちゃんとボクが着きっきりで看病するから!」

看病だけじゃないけど。弟がそうポツリと呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。



「おい、何をする気だ弟よ!」

不穏な気配を感じて、俺の額に冷や汗とも脂汗とも分からないものが伝う。



「えー?今回色々と心配させてくれたお礼をちょっとね。大丈夫、怪我に悪いような事はしないから。」

何か楽しい悪戯ないかなぁ。今度は呟きじゃなくてハッキリと声にして楽しそうな弟の姿。



泣き止んでくれたのは嬉しいけど、楽しそうなアルの姿は可愛いんだけど。

これからどうなるんだ、俺…。

原因が原因だけに逆らえないのが辛い。





ウキウキと吸い口を用意するアルフォンスを見ながら、早く怪我を治そうと決意する俺だった。























サイト1周年企画その七 リクエストはみささん

リク内容は

幼兄弟(トリシャ他界後)でどちらかが大怪我。最後はラブラブ兄弟で。

との事でした。

幼兄弟との事でしたが、微妙にずれてるような…?
イメージは兄9歳・弟8歳くらいです。
9歳・8歳は幼兄弟に分類して良いですよね…?
ラブラブですが、幼兄弟なので怪しい展開にはなりません。悪戯も本当に悪戯です。
多分股間に象さんくらいはやられると思う。(最低)(←私が)
ある意味兄さん最大の屈辱ですね(笑)

みささん、リクエストありがとうございました!どうぞお受け取り下さいませv

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