時々、本当に時々だけど
貴方を閉じ込めてしまいたくなる
誰の目にも留まらない所へ
誰の声も届かない所へ
透明な水底
そこは誰もいない静かな森の中
その森の中心に広がる大きな、とても大きな湖
水底に沈んでいるのは兄と自分
見上げると太陽の光を反射して波打つ水面が見える
キラキラ、キラキラ。輝いていて見ていて飽きない程に綺麗だ
隣には兄が目を閉じてユラユラと揺れている
静かすぎて、生きているのか死んでいるのかもわからない
どこまでも澄み切った透明な水は、本来なら身を切るように冷たいのだろう
だけど今のボク達は、それを感じる事もない
ボク自身さえも、本当は生きているのか死んでいるのか、自分でもわからない
水はどこまでも透明すぎて、まるで空気のようだった
湖はどこまでも静かすぎて、まるで生き物の気配がない
その水底に沈んでいる兄とボク
それを幸福だと思っているのは、紛れもなく自分
誰にも邪魔をされず、兄と二人こうしていられる事に至福を感じている
いつまでもこうして、この綺麗な場所にいられたら
キラキラと輝く水面の隙間から、日差しが差し込んでくる
すでに季節もわからない。夏の日差しなのか冬の日差しなのか、それさえも
それとも季節すらないのだろうか
透明な水を伝いながら下りてきた光は、固く瞼を閉じた兄の顔を照らした
その綺麗な横顔を見ながら、ボクは幸せだと思った
それはこの所繰り返し見る夢の話。
御伽話のように綺麗で残酷な、ボクの願望が見せる夢。
それも良いかもな、と兄は言った。
「アルと二人、綺麗な湖で二人だけってのが気に入った。」
「…そんな呑気な内容じゃないと思うんだけど。」
今の生活に不満なんてあるはずがない。
むしろとても充実している。
兄と体を取り戻して、当たり前の生活を満喫している。
あの頃と変わらず、兄はボクの傍にいてボクを大切にしてくれる。
ボクも兄が一番大切で大好き。意味合いは違ってきていても。
そんな風に幸せなのに、ふとした瞬間過ぎる想い。
他の誰も見ないで欲しいと。
他の誰にも見せたくないと。
この感情はー、紛れもない独占欲。
知らなかったんだ、自分がこんなに欲深いだなんて。
そんな業の深さが、きっとこんな夢を見続ける原因。
そう言ったら、兄は平然とした顔で「そんなの俺はずっと前から思ってた」と言った。
お前が鎧の頃から。もしくはもっと前、子供の頃から。
「お前、人当たり良いから誰からも好かれたしな。鎧の時だってちょっと話すと見ず知らずのヤツと仲良くなってた。
そういうの見る度に、楽しそうな姿が見れて嬉しい反面、俺以外のヤツとそんな楽しそうにするなって思ったよ。」
「…子供の時から?」
「子供の時から。」
当たり前の事だと兄は言った。
「好きになったら独占欲なんて当然なんだ。それを欲深いなんて自分を責めるような事思う必要ないぞ。」
「でも、ボクのはきっと兄さんの想いや考えよりもっと質が悪いよ。我ながら陰湿だと感じる時があるし。」
「そこでそう思っちゃう辺りが、アルが真面目な証拠だよな。
本当に陰湿なヤツってのは、自分がそうだって事になかなか気付かないもんだし。」
そうかな。そうなのかな。でもきっと兄さんの独占欲と僕のそれとは根本的な何かが違う気がする。
いつだって真っ直ぐで強い眼差しで前を見据えて、辛さからも目を背けない兄さん。
何度も何度も絶望を味わって、それでも歯を食いしばって乗り越えてきた兄さん。
その揺らぐ事のない強さを内に秘めた、大きな人。
兄さんの独占欲は、大切にするもの、愛おしむものとしてのそれ。
ボクの独占欲は、そういう気持ちと一緒に別な感情が入る。
執着とか、依存とか、負の感情もごちゃ混ぜになっている。
それでもいいの。そんなボクでもいいの。
ボクは貴方の傍にいてもいいの。
「そんなアルが、俺には必要なんだ。」
ボクの頬を優しく撫でながら、兄が囁く。
「いつでも望むだけ俺を求めて欲しい。アルがいるから俺は生きていられる。
俺はそれ以上にアルを求めるから。だからアルも俺を欲しがって。」
兄は嬉しそうに笑った。無防備な笑顔は、ボクだけに見せる顔。
大切、大切、凄く大事。思わずギュって抱き締めたくなる。
「独占したいと思っている相手に、独占したいと思ってもらえるって嬉しい事だな。」
無邪気な言葉に、ボクは頷いた。
想う人に想われた、本当なら通じるはずのなかった想いが通じ合った。
それは何て素晴らしい奇跡なんだろう。
だからこそ大切にしたい。例えどんなに剥き出しになっていく自分の劣情に怯えても。
等身大のボクで愛する事しか出来ないから。
きっと貴方は、そんなボクでも受け止めてくれる。
透明な水底に二人だけで沈む事への、僅かな憧れに似た気持ちはまだあるけれど。
それでもこうして生きていれば、貴方の温もりを直に感じられるから。
それ以上の幸福なんて、多分他にはないと思う。
だからずっと傍にいてね。ボクが余計な事を考えずにすむように。
綺麗で残酷な夢に捕らわれないように。
貴方の温もりで忘れさせて欲しい。