「い…やだ、兄さんやめてっ!!」 必死の声。必死の抵抗。それすら今のエドワードをとめる事が出来ない 「やっ!兄さ…っ、ーーーー!!」 声にならない声は、細く長く夜の暗闇に溶けて消えていった 灯火 目が覚めると、部屋の中に兄の姿は何処にも見当たらなかった 平穏な暮らしを取り戻して、2年の歳月を過ごしてきた いつもなら一緒に眠る大きなベッド。体を取り戻してからずっとそうしてきた 長い旅の果てに、やっと取り戻した僕達の体。10歳の時のままの僕と兄さんの手足 お互いの温もりが感じられる事が嬉しくて、片時も離したくなくて でも今僕は一人で眠っている こうしてぼんやり天井を見ていると、昨夜の事は夢だったのではないかと思えてくる シーツは白く清潔で、いつもと全く変わりがない でもそのシーツに触れる僕の体は、衣服を纏っていなかった 寝る時に着るパジャマも、下着すら 僕が気を失った後、兄さんが片づけたのだろう 僕の体もさらりとして、汗をかいた様子すらない 体中に残る痕跡は別として そして何よりも、身動きする事すら辛い程、体が悲鳴をあげていた 夢でなんかあるはずが無いんだ 突然の兄の変化。それまでの穏やかな暮らしを根底から覆す 確かに兄弟としてお互いを慈しんでいたはずなのに いや、そう思っていたその事すら、僕の幻想でしかなかったのだろうか 今まで気付かなかった兄の想い 昨夜の兄は確かに狂気を孕んでいた 僕を呼ぶ声は色を含んでいた。だけど 呼ぶ声自体は、いつもと同じ愛しさの込められた耳に心地いい響き その時、耳の奥に兄が僕を呼ぶ声が聞こえた気がして、体がぞくりと泡立つ 僕は自分の体を抱き締めた 恐い。兄さんが恐い 無理矢理に体を暴かれた記憶は鮮明すぎて、消し去りたくても消えそうに無い それなのに、耳に残る兄の声を心底愛おしいと思うなんて こんな事をされたのに、疎ましいとは思えないだなんて 兄を、大切だと、失えないと思うなんて そんな風に思ってしまう、僕自身が恐かった 好きだと言われた。愛しているとも ずっと前から欲しかったのだと告げられた 僕はそれに気付かなかった。兄がそんな想いを抱えていた事を 突然の出来事に呆然としていると、強く抱き締められて 訳もわからないままキスをされた 抵抗しだした僕を封じ込めた腕の力はとても強くて 今まで兄さんに乱暴に扱われた事なんてなかったから、その違和感に体が竦み戸惑う そして違和感を凌駕する感覚は、まだ幼い僕の体には毒だった あれはー、確かに暴力だったのだ だからと言って、暴力だと認識したからと言ってどうなるのだろう 僕は被害者になりたいわけではない 兄さんを憎みたいわけでもないのだ 僕を無理矢理組み敷いた時の兄さんの顔を思い出す それは狂気を孕んではいたけれど、とても苦しそうな表情だった あの兄を、そこまで追い詰めたのは、僕なのかも知れない 兄さんがどんなに苦しんでいたのか、気付きもしなかった 兄にあんな顔をさせたくはないのに 兄さんは僕を愛していると言った 家族としてだけではなく、一人の人間として愛しているのだと では僕はどうなのだろう 僕だって兄さんが大切で特別なのに 家族だとか、そんな言葉では収まりがつかないくらいに 家族という意味でなら、ウィンリィやピナコばっちゃんも大事な家族だ でも二人に対する気持ちと兄さんに対する気持ちは明らかに違う 僕達を長年見守ってくれた軍部の大人達への気持ちとも違う 他の誰にも持てない。兄さんと同じようには思えない この感情は…、兄さんが僕に向けたものと同じなのかな? だって嫌では無かったのだ 恐かった。いつもと違う兄さんが恐かった 未知の感覚は鋭くて、触れる熱も与えられる熱も熱すぎて 自分が自分でなくなりそうで恐かった それでも兄さんを嫌だとは思わなかった 最初の口付けを、驚きはしたけれど嫌だとは感じなかった そして今も兄さんを嫌いになんてなれなくて。それは多分 「僕も、兄さんが好きだったんだ・・・」 涙が零れた 気付かなかった兄の想い。気付かなかった僕の気持ち もっと早くに気付いていれば、兄にあんな顔をさせなくてすんだのに きっと今頃、どこかで死にそうな顔をしてる 落ち込んで僕に申し訳ないって悩んでる 会わせる顔が無いとでも思っているだろう だけど兄さんは帰ってくる。悩んで悩んで、それでもこの家に 兄さんは逃げたりなんかしない。自分を責めて、それでもちゃんと帰ってくる ねえ、兄さん。今何処にいるの 早く帰ってきてよ、僕の所に 貴方の傍に行きたいけど、今はまだ体が動きそうにないんだ 怒ってないよ。憎んでもいないよ だからちゃんと僕に謝って。そうしたら僕は許すから そうしたらちゃんと言えるから。やっと気付いた僕の気持ちを その時玄関を開ける音が微かに聞こえた 階段を躊躇いがちに上ってくる、聞き慣れた足音にアルフォンスは微笑んだ 昨夜の事を僕に謝って。そうしたらー 次は無理矢理じゃなくても、ちゃんと僕から貴方に触れて欲しいと願うから Back |