正式に兄さんの助手として研究所に配属されて3ヶ月

僕はとても充実した毎日を過ごしていた


だって望んだ通り、兄さんの傍で兄さんと一緒に研究が出来る

僕を元の体(というか男性体)に戻そうとしてくれている兄さんを少しでも助けられる

国家錬金術師になる事は禁じられたけど、僕は満足していた


そんなある日の事










とある平和な日常










「あ、あの、アルフォンスさん!!」

研究棟に向っていた僕は、大きな声で呼び止められて振り向いた



そこに居たのは何だか緊張した面もちの見知った顔数人

僕と兄はマスタング少将に頼まれて、いくつかの部隊の武術指導をしている。その部隊の中の人達だった





「こんにちは。皆さんお揃いでどうしたんですか?今日は練習日でも無いですよね?」

僕がそう訪ねると、正面にいたロナウド軍曹が勢いよく「はい!」と返事をする



「実は、アルフォンスさんにお願いがあって参りました!」

背筋を伸ばし、敬礼しながら話す軍曹達の姿に、困ってしまって僕は苦笑した



「そんなに畏まらなくたって良いんですよ。武術指導はさせて頂いてますけど、僕は只の研究員なんですから」

そう言う僕に、

「いえ、指導をして頂いている以上、貴女は我々にとって教官ですから!」

まったく姿勢を崩そうとしない面々


軍の人達って、融通聞かない人が多いなー。最初に先生とは呼ばないように言っておいて良かった

自分が先生とか師匠とか呼ばれる姿を想像して、ちょっとむず痒いアルフォンス。それは置いといて



「それで、お願いってなんですか?」

未だ緊張している様子の軍曹を促す。そんなに緊張するお願いってなんだろう?



「あの、実はお二人にご指導頂いている部隊数人の有志で集まって、個人的な時間を使って稽古を行っているんです。

 訓練の時間だけではなく、もっと鍛えたいと思って鍛錬しているのですが・・・。

 どうにもやはり指導して下さる方がいないと我々だけでは限界がありまして。

 それで、お忙しいのは重々承知していますが、時々アルフォンスさんに見て頂きたいとお願いに上がりました」

熱心に話す軍曹の言葉に、僕はビックリした



ハッキリ言って、彼らのようにまだ下っ端の人達の訓練は相当ハードで過密だ

毎日の訓練だけだって相当にキツイだろうに、その上少ないプライベートな時間を使ってまで稽古をしているなんて

その熱心さと向上心には心を打たれる物があった





「・・・そうですね。毎回とはお約束出来ませんけど、時間の都合がつけば喜んでー」

「俺が見てやろう」

「って、兄さん!?」

急に割り込んできた声に驚いて振り向くと、そこには腕を組んで仁王立ちする兄の姿があった

その表情はと言えば、眉は寄り目は据わり、迫力満点。不機嫌オーラ全開だった


うわ、何で。どうして兄さんこんなに怒ってるんだろ


兄の怒りの理由がまったく検討つかないアルフォンスは、取り合えず先程の兄の台詞を問いただす



「兄さん、話をちゃんと聞いてたの?簡単に引き受けるような事言っちゃ駄目だよ」

「話なら聞いてたさ。暇な時間にこいつらの稽古を見るって事だろ?だったら俺でも構わないよな?」

後の方の台詞は突然の鋼の錬金術師の登場に、もしくはその怒りの表情に固まってしまっている軍曹達へと向けられていた

「ははははい!もちろん!!」

…その声が裏返っていたのは…、まあ仕方がないだろう

軍曹の後ろで泣きそうな顔でコクコクと首を縦に振る面々を見渡して、眉間に青筋を立てたままエドワードは良しと頷く

「次の訓練の時にお前らが集まる時間とか教えろ。都合がつく限りたっぷりと稽古してやる」

ギラリと目を光らせながら言うエドワード。その迫力に引きつった小さな悲鳴が零れた


「さて、これでこの話は終わりだ。アル、戻るぞ」

「え、う、うん」

兄に腕を掴まれ、半ば引きずられる様にしてアルフォンスは研究室へと連れ戻されて行く


その後ろ姿を見詰める軍曹達は、ガックリと項垂れたまま、しばらくの間そのまま立ち直る事が出来ずにいた
















「あのさ、兄さん。兄さんは忙しいんだから、一人であの人達の稽古を見るのは大変だよ。

 僕と交代で行くようにすれば良くないかな?」

「駄目だ」

「…ねえ、兄さん。何でそんなに不機嫌なの。何かあったの?」

部屋に戻っても機嫌の悪さを隠そうともしない兄の態度に、思わず訪ねてみる

その途端、兄の背後でピシリと音がした気がした



「何かだと?」

口の端をピクピクと引きつらせながら話す兄。その姿はとても不気味だった


「不機嫌にもなるさ、当然だろう。お前があんな見え見えの手に引っかかってるからだ!」

「え、何?見え見えの手って?」

兄の言う事の意味が本当に解らない。引っかかるって一体何にだよ



キョトンと問い返すアルフォンスに、思わず大きく息をつき肩を落とすエドワード

こいつは…、女性の体でも良い、大丈夫だと言ってる割には全然自覚が無いんだよな…


頼む。誰かこいつに女の自覚を持たせてくれ



「いいか、アルフォンス。普通武術の稽古を見てくれっていうのを、女に頼むか?

 あいつらの目的は稽古というより、お前に来てもらう事なんだよ」

その途端、来てもらうって、ええっ!?っと大きく目を見開いて驚くアルフォンス



「でもだって、僕も兄さんと一緒に指導している訳だし、兄さんが忙しいのはみんな知ってるし。

 だから僕の方に頼んだんでしょ?兄さんの考えすぎだよ!」

「お前は知らないだろうがな。軍部内にはお前のFANクラブがあったんだよ。

 見た所さっきの連中は、みんなそのメンバーだったやつらばかりだ」

「何それ!僕のFANクラブ!?そんなの知らないよ!!」

寝耳に水というか、考えもしなかった事を聞かされて、アルフォンスは混乱していた

その様子を見ながら、こんな事教えたくなかったのに、と苦い表情のエドワード



「とにかくだな。そんな下心の有る連中の稽古なんて、お前が見る事はない。

 兄ちゃんが責任を持って、みっちり鍛えて根性叩き直してやるから、お前は安心してろ」

「そっちの方が何だか恐い気がするんだけど・・・」

「良いから。それとアルはもう少し自分がモテるっていう自覚を持て」

「モテるって、嘘、僕モテてなんかないよ!」


だって元男で鎧の僕が、男性にモテるなんて考えられない



「FANクラブがあったんだって言っただろう?お前を狙ってるヤツなんて山程いるんだよ」

お前、可愛いしな。生真面目な顔でそんな事を言う兄の言葉に、少し頬を染めるアルフォンス



うーん、昔は気付かなかったけど。兄さんって結構タラシの素質あるんじゃないかな?

可愛いだなんて身内の欲目だと思うけど、それにしたって照れも無く言えちゃう所が凄い

でも何だろう。ちょっとだけ、ほんの少しなんだけど。兄のそんな台詞が嬉しい気がする



何やら考え出したアルフォンスに、やっと分かってくれたかと機嫌を直すエドワード


「分かったか、アル。男のお願いや誘いなんて、ろくな事じゃ無いんだから。気をつけろよ」

「え〜と…。うん。僕がモテてるってのはいまいちピンと来ないけど、一応分かった」

何より兄の不機嫌の原因が分かったし。僕の身を心配してくれてたんだし

あれ、でもそう言えば・・・


「ねえ、兄さん。FANクラブがあったって、全部過去形で言ってたね。今はもう無いって事?」

思いついた疑問を口にすると、兄が少しだけギクリとする。その事にアルは気付かなかった

「ああ、お前が軍に来るようになってすぐの頃に出来たらしいけどな。

 軍部内で不謹慎だって事になって、無くなったらしいぞ」



それは本当の事ではあった。ただ一番重要な事実が抜けていたが

アルフォンスは兄の説明で納得したらしく、そうだよね、軍の上層部の人達ってそう言うの嫌いそうだし。なんて言っている

その様子にエドワードはホッと息を吐いた












本当は、確かに不謹慎だ、軍人としてたるんどる!というお偉方の声も上がっていた

だけどだからと言って、下士官の楽しみを即座に奪う程、軍部だって融通が利かない訳でもないのだ


FANクラブが無くなった本当の理由。それは


その存在を知ったエドによって、会員全員がコテンパンに叩きのめされ、二度とこのような事は致しませんと誓わされたからだった












…あの時もっと痛めつけとけばよかったぜ。いや、今からでも遅くないよな

今度こそアルにチョッカイかけようなんて思わなくなるようにしてやる



心の中で固く決心する兄であった











その後のロナウド軍曹達の運命は…、まあ、知らない方が良い事も世の中にはあるという事で






















Back