『生きてね。兄さんを愛している人達の為に。兄さんを愛している僕の為に。お願いだよ』 生きろだって?お前がいないのに?お前がいなくなってしまうのに? お前は優しいけど、時々残酷だ。俺がお前の言葉に逆らえない事を知っていてそんな事を言う 『…兄さん、大好きだよ。世界中で一番兄さんを愛してる…』 その言葉をこんな形で聞きたくはなかった。こんな時に言わないでくれ! アルフォンス・・・!!! 誓い 「・・・・・・!!」 声にならない悲鳴を上げて、俺は目を開けた。全身を嫌な汗が流れている 一瞬自分の置かれている状況が把握出来ない その時、隣で人の身動ぐ気配が微かにした。そこにはぐっすりと眠る長い髪の少女の姿 アル…。そうだ、ここにいるのはアルフォンス。転生して俺の元に戻ってきてくれた 今は俺の妻となったアルフィーネだ その温かな存在に、先程の辛い出来事がとっくに過ぎ去った過去であり、夢であった事を確認する それは昔何度も魘された悪夢。悪夢という名の現実。目を閉じると繰り返し見せつけられた過去 それを見たのは随分と久し振りだった。そう、アルフィーネが現れてからは初めてだ 傍らで眠る少女を見詰めた。すると少しずつ、胸の中に波紋のように広がっていた何かが修まってゆく エドワードは、ひとつ、大きな息をついた あれは夢で。もう過去の事で アルがいなかったのは昔の事で 今は違う。こうして俺の傍にいる。その全てを俺に委ねてくれている 新しい人生を送れたはずなのに。辛い過去を思い出してくれて。過ちも罪も全てを受け入れて そうして俺の元へ還って来てくれた それだけでも充分だったのに、俺を、兄であった俺を 散々辛い目に遭わせたはずだった俺を、好きだと言って選んでくれた 眠る少女の長い髪を、一房手に取ってみる そのまま、祈るように髪にキスをした。神聖なものに触れるかのように、その手が少しだけ震える 「にいさ…ん?」 その時、アルフィーネがうっすらと目を開けた 「ごめん。起こしちまったか?」 「ううん。兄さんは?どうして起きてるの…?」 アルは完全には目が覚めてないのだろう、ぼんやりとした声で聞いてきた 「ちょっと目が覚めちまってな。まだ夜明けまで間がある。もう少し眠っても大丈夫だぞ」 「兄さんも眠る…?」 「ああ」 宥めるように言うと、アルの頬にかかった髪を軽く梳く 「そう、なら良かった…」 そう言うと、アルフィーネはことん、とまた眠りについた 眠る瞬間、俺の左腕に頬を寄せ、幸せそうに微笑んで その微笑みに、全てが許されていくような気がして 気が付くと俺は涙を流していた 過去に犯した過ちは決して消せない 母を錬成しようとして、その死を汚した事も。失いたくない一心で弟の魂を錬成し、冷たい鎧に閉じこめた事も 過去に起こった辛い事実は記憶から消える事は無い あの時、俺はアルを失った。無理矢理留めた魂すら失った 身を裂かんばかりの喪失感は、消える事無く今も残っている 俺はきっとこの先、どんなに幸福を感じていても、こうやって時々過去の悪夢に魘されるのだろう それでもそんな悪夢を見て目覚めた時に、こうして横に眠る存在があるのなら 俺の傍で幸せそうに微笑んでくれる存在がいるのなら それでも良い。それだけで良い お前さえ生きていて、隣で笑っていてくれるなら。それだけが俺の全てだから 最後に残るのがお前であれば、他に何もいらないから だから、俺にお前を守らせてくれ。傍にずっといてくれ お前だけを、生涯愛し抜くから 魂に刻み込むような誓いを立てる そうしてそっと目を閉じるとー 浮かんできたのは眠る前のアルフィーネの微笑みだった |