その時、バキッという音と共に、兄の握っていた万年筆が粉々に砕けた
the inside story
鋼の錬金術師エドワード・エルリックは、年に一度の査定の為に弟と共に東方司令部を訪れていた
いつもよりも時間はかかったが、無事査定も終わり弟の待つ私の部屋にノックも無しにやってきたこの兄は、
早々に司令部を引き払おうと弟を急き立てた
まだ仕事の手伝いが終わってないから、と必死に兄を止める弟と、今まで手伝ったんなら充分だ!とがなる兄
そこで私は提案した。先日届いたばかりの錬金術書の写しを丸々進呈する代わりに仕事を手伝え、と
いや、何。アルフォンス君が手伝ってくれたお陰で、殆ど片づいてるんだ。後3時間もかければ全て終わるだろう
ちなみにこの原本は中央司令部の特殊文献室にいっている。閲覧許可を貰うのは時間と手間がかかるだろうな
そう言うと、きったねぇ、せこいぞ大佐などと文句を言いつつ、兄は渋々と承諾した
見た目はあれだか、流石に最年少国家錬金術師。その頭脳は並じゃない
がさつな普段の態度とは裏腹に、変に生真面目な所もあるエドワードは、黙々と仕事をこなしていた
一緒に仕事をしていた弟が、資料を取りに書庫に向かったのを見て、私は先程の弟との会話を思い出す
弟は10分くらいは戻らないだろう。よし
「なあ、鋼の」
「なんだよ」
「君が弟への気持ちを自覚したのはいつ頃からかね?」
その時バキッという音と共に、兄の握っていた万年筆が真っ二つに砕けた
手と書類にインクが飛び散る
「・・・・・・・今何か言いやがったか?」
「聞こえなかったのかね?」
「聞こえた」
「ならその通りだが」
しれっとして答えると、兄が複雑な顔をした
「何であんたが知ってる」
「知られてないつもりだったのか?」
私は少々呆れた。あれだけあからさまなくせに、周りが気付かないとでも?
そう言うと、兄は顔を真っ赤にした。茹で蛸みたいだ
「なあ」
「何だね」
「・・・まさかアルにも気付かれてるのかな?」
「いや、それは無いな」
何しろ先程の会話じゃ、弟に自覚は全くないし
兄の存在が特別だとは理解しても、それがどういう種類の特別かはまだ解っていない
兄の気持ちに気付いていれば、もっと早くに違う結論を出していただろう
何だかあー、とかう゛ー、とか珍妙な唸り声を上げて頭を抱えだした兄に、で、さっきの答えだが、と声をかけた
「何でそんな事聞きたがるんだよ」
「好奇心に決まってるだろう」
至って正直に答えると、兄は呆れたような顔をしたが、却って反論出来なかったようだ
「いつ頃って言ってもなー。…自覚し始めたのはあの時、かな」
「あの時?」
「…錬成に失敗して、アルが向こうに持ってかれた時」
その言葉に驚き、思わず兄の顔を凝視した。すると少々自嘲ぎみに続きを話し始める
「兄さんって叫ぶアルに伸ばした手が届かなくってさ。気がつくと左足と共にアルの姿は消えていた。
その時思ったんだよ、失えないんだって。他の何を失っても、アルだけは駄目だって」
「…そうか」
魂の錬成。それは奇跡としか言いようのない所業だ
恐らくほんの少しでも自身を失う恐れや躊躇いがあれば、成し遂げる事は出来ないだろう
全身全霊をかけて、全てを捧げる覚悟で挑む。それは並大抵の事ではない
それが出来たのは、一度目の前で失ってその存在の大切さを、自分にとってどんな存在だったかを思い知ったからか
失ったら生きていけないと、思い知らされたからか。それはとても苦しかったかも知れないがー
「少々羨ましい気もするな」
「あ?」
何言ってやがる、とばかりに胡乱な目を向ける兄に答えた
「そこまで想える相手に、そんなに早く出会えていた事がだよ」
自分自身よりも大事だと思える、そんな相手に果たして誰もが出会えるものだろうか
そんな相手が幼い頃から、兄にとっては1歳、弟にとっては生まれた時から傍にいたのだ
「そーいう考えもあるな」
そう言うと兄は不敵に笑った
「でもあんたさ、何でそんな普通に話せるの?」
「普通に、とは?」
「だからさ、兄弟なのにとか男同士なのにとかいう反応無いわけ?」
「何だ、そんな事か」
不思議そうな兄の様子が少し可笑しくて、私は思っている事を正直に話した
「別に構わんだろう。確かに男同士は婚姻できんし、親子兄弟での恋愛はタブーとされている。
だが、それを軍が取り締まっている訳ではないしな。
法に触れていないなら、後は個人の趣味思考だ。そこまで口出しするほど野暮じゃない。
まあ、将来君達が身体を取り戻した暁に、君が弟の意志を無視して無体を働こうとするなら黙ってはいないが」
「なっ!なんだよそれっ!!俺がアルにそんな事する訳ないだろっ!!」
大体無体ってなんだよ!と顔を真っ赤にして怒鳴る兄に、無体な事は無体な事さ、何だ想像したのか?と言うと、
兄はパンっと手を打ち、右手の機械鎧を変形させた。しまった、からかいすぎたか
殺気立つ兄からどう逃れようか、炎を使うにはこの部屋は狭すぎる。
どうにも分が悪いなと考えていると、ふと兄が何かに気付いたかのようにドアを振り向いた
それと大して間を置かずに、特徴的な足音が真っ直ぐこちらに近づき軽くノックをした後ドアを開けた
そこでドアを振り向いたまま固まっている兄の右手に気付いた弟は、兄さん、何やってんの!?と怒り出す
それを必死に宥めようとする兄を見ながら、どうやら助かったようだと心の中で胸を撫で下ろした