天国と地獄






あの時、その手を離した時。オレはこの事を一生後悔するだろうと解っていた。

それでもそうするしか罪を償う方法は無いと思ったから。

本当はやっと会えたお前を手放したくなんてかなった。

だからお前が来てくれた時は、夢なんじゃないかと思ったんだ。





2年ぶりに再会した弟は、5歳年下になっていた。

本来ならオレの一つ下のはずだが、今のアルフォンスは13歳だ。

背は…、まあなんだ。この年にしてはある方だと思う。

だがまだ少年らしいほっそりとしたラインは、中性的な感じがする。

錬成時は失っていたという、旅してた頃の記憶も戻ってきたアルフォンス。

今までの期間を埋めるように、オレ達はお互いの事を話し合った。





長い髪をひとつに束ね、溌剌と話し、よく笑う弟の姿。

ずっと心配だった。ちゃんとアルを錬成出来ていたのかと。

あの混乱の最中、賢者の石も無しでの錬成なんて成功する方が奇跡だ。

だからこうして無事な姿を見る事ができて、本当に嬉しい。

だけどその無事な姿によって別の葛藤を抱える事になるなんて、オレは考えてもなかった。

参ったよなぁ。こいつ、想像以上に可愛くなってるんだもん。

体を失った当時と凄く変わったわけじゃない。多少髪と背は伸びたけど。

元からこいつは顔立ちとか母さん似で、結構可愛かった。

小さい頃なんて妹に間違われてたくらいだ。

目の前の弟は相変わらず可愛いとはいえ、妹には見えな…くもないな。声変わりもまだだし。

ぼーっとしている兄に気付いて、アルフォンスが怪訝そうな顔になる。


「…兄さん、話し聞いてる?」

「え、ああ。聞いてるぞ。」

覗き込むようにじっと見られて少し慌てる。その首を傾げる仕草も昔のままだ。

鎧の時もこういう所可愛かったけど、生身でやられるとかなりやばい。

え〜と、そう言えば何の話ししてたんだっけ。そうそう、ウラニウムだったな。


「エッカルト達が情報を持ってたって事は、あいつらの勢力圏であるヨーロッパ地方で見つかった可能性が高いと思う。
 どうせあてがないなら、この周辺から探した方が良さそうだな。」

オレは指で地図を指しながらアルフォンスに説明した。

オレ達が居た錬金術世界とこの世界では地理からして違う。アルフォンスにとっては知らない国ばかりだ。


「何だか随分勝手が違いそうだね。言葉だって違うし、ボク覚えられるかな。」

「お前なら大丈夫、すぐ慣れるよ。言葉だってきっとオレより早く覚えるさ。」

昔っからアルフォンスは順応性が高かった。人懐こい性格は誰からも好かれる。

頭も良いんだから言葉なんてすぐ覚えるだろう。その辺の心配はまったくしていない。

その時ふと気付いた。アルフォンスの顔が少し煤けている。よく見ると微かな擦り傷もあるみたいだ。

考えてみると当然だった。あれだけの大乱闘やらかして、怪我のひとつもしていないはずがない。

オレは無意識に手を伸ばしていた。


「アル、ここ痛いんじゃないか?」

オレの言葉にアルフォンスは、え、と小さく呟いてオレが撫でた所に手を当てる。


「大して痛くはないけど…。もしかして傷になってる?」

「大してって事は少しは痛いんじゃねーか。よし、今日の話は終わり。風呂用意するからお前先入れ。」

この分じゃ他にも怪我してるかもしれない。綺麗にしてから手当してやらないと。

まだ話し足りないと渋る弟を、オレは無理矢理バスルームへ追いやった。





「兄さ〜ん、上がったよ。」

トタトタと足音が近づいてくる。さて、それじゃ怪我をみてやるかと振り向いたオレはそのまま固まった。


「ああああああ、アルフォンス!お前何て格好してるんだっ!」

アルフォンスが着ていたのは用意してやった部屋着の上着だけだった。

オレの言葉にアルフォンスは平然と答える。


「だってこれ少し大きいんだもん。ズボンも緩くて、履いてみたら脱げそうだったんだ。」

上着が大きいからこれだけで良いかなと思って、と裾を軽く摘んで見せる。

確かに長衣だから、上着だけでも部屋着っぽい。言いたい事は解らなくもないんだが。

その姿、どう見たって膝丈のワンピースみたいだ。しかも風呂上がりで長い髪を下ろしてる。

…この姿は凶悪すぎだぞ。まさかわざとやってる訳じゃないよな。

恐るべき天然フェロモンの誘惑に必死に耐える兄の葛藤など露知らず。弟はにっこり笑ってこう言った。


「この家にいるのはボクらだけなんだし、別に構わないでしょ?ちょっとだらしないかもしれないけどね。」

テヘっと語尾にハートマークが付きそうな勢いの弟の姿に一気に脱力。いや…弟よ、大いに構うんだ兄ちゃんは。

だがそれを説明するわけにもいかず、反対する理由も浮かばず。


「…………オレも風呂入ってくる!」

アルの治療をしようと思っていたのだが、切羽詰まった事情により後回しだ。

オレは用意して置いた着替えを引っ掴むと、そのままバスルームへと駆け込んだ。



好きな相手のあんな無防備な姿を見せられて、何も反応しなけりゃそんなの男じゃない。

オレ、大丈夫かな。アルと暮らせるのは嬉しいけど、その内理性の限界を突破しそうで恐い。

これから始まる天国と地獄の日々を正確に予感して、エドワードは大きな溜息をついた。

















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