ずっと疑問だったんだ。
あんた一体何を考えてる?
たとえ隣を歩めなくとも
「何を言い出すかと思えば。」
いつもの様に平然とすました顔。余裕の態度を崩さないロイ・マスタング将軍。
その顔をエドワードは軽く睨んだ。
「はぐらかしたり誤魔化したりするなよ。こっちはマジで聞いてるんだからな。」
「誤魔化そうなどとは思っていないが。」
人にものを尋ねる態度とはとても思えない程、不機嫌さを隠しもせずに聞くエドワード。
それを見ながらロイ将軍はやっと一段落した書類の束を纏め、決済済みの木箱の中に放り込んだ。
「私が何故アルフォンスを軍に入れたのかだなんて、自らの意志で軍に入りたがっていたからに決まっているだろう。
それが優秀な人物なら尚のことだ。君よりも素直で真面目だから、命令を無視して勝手な行動を取る心配などしなくてすむし。」
「そんな形通りの答えなんか聞いてねえ。オレが知りたいのはあんたの気持ちだ。」
「…私の気持ち?」
心底訳が分からない、という顔をして見せるロイに、エドワードは軽く舌打ちをした。
エドワードが聞きたい事など分かっているだろうに。本当にタチが悪い。
「あんたはアルを気に入っていた。出来るなら軍になんて入れたくなかったんじゃないか。」
その言葉に、ロイ将軍はフッと笑った。それは嘲るようなものではなく、仕方ないなという軽い溜息混じりの笑みだった。
「私が彼を気に入っていたからといって、それが何になる。私が止めた所で簡単に諦めるようなアルフォンスか?」
「…アルが望んだから、あいつの願いを叶えただけだって言うのか。」
「それも少し違うな。アルフォンスの望み通り、彼をみすみす軍に入れた事。それも私の望みのひとつでもある。」
「あんたが、望んだ事?」
軍に入れたくはなかった。だけど軍に入れた事も望みだったという。その矛盾にエドワードは戸惑う。
「体を取り戻しても君が軍に残る事を強制されれば、その分アルフォンスは苦しむだろう。自分を一生責め続ける。
彼が楽になるには、彼の望みを叶えるしかない。それが例え茨の道だろうと、それをあれが望むのなら仕方ない。」
「アルが苦しまないようにって事か?だけどそれであいつが幸せになれるはずがないだろう!」
ロイの言葉に逆上したエドワードが目の前の机を勢いよく叩く。頑丈なマホガニーの机に嫌な音を立てて亀裂が入った。
「あんなに優しいやつが、人を傷つけて命を奪って!それこそ一生消えない傷を抱えて苦しむだけだ!」
「あのまま君の傍にいても、苦しみ続けたはずだ。」
エドワードはハッと息を止めた。ロイは静かな表情でエドワードを見ていた。とても静かな声だった。
だけどそこに僅かばかりの怒りが含まれている事に、彼は気付いた。
「君達はとてもよく似ているよ。知識欲の強い所、頑固な所、辛抱強い所、情に脆く心根が優しい所。」
一通り上げた後、似なくていい所までそっくりだ、とロイ将軍は言った。
大切な人が傷つくくらいなら、自身の身を躊躇いもなく差し出してしまえる所。そんな所までそっくりだと。
「君達はずっとお互い一番傍にいて、理解し合っている。だけど近すぎて見えていない部分もある。
あれは自身に負った傷ならば、それがどんなに深くても、抱えて生きるだけの強さを持っているだろう。」
そこまで言ってからフッと息をつく。君と同じようにね、とロイは少しだけ口の端を上げた。
「どの道を選んでも苦しむのなら、アルフォンスにとって耐えやすい道の方が数倍マシだ。
あれにとって君以上に大切なものなどないのだから。」
「…そんなに。」
「ん?なんだね。」
言葉を切って、珍しく躊躇っているような表情を見せるエドワードを促す。
するとやや言いにくそうに話し出した。
「そんなにあいつの事考えるくらい気に入ってるのに、何でオレの頼みをきいた?」
「君が戻らなければ、私がアルフォンスを独占出来たのに。そう言いたいのか?大した自信だな。」
「そ、そんな意味じゃねぇ!」
「そんな意味だよ、そしてその通りだ。」
真っ赤になって否定するエドワードを真顔で見る。
「君から離して私の傍に置く。彼もそれを拒みはしないだろう。形だけ、体だけ独占する事は出来る。だけどそれじゃ意味がない。」
感情の隠らない声。だけどその表情は少しだけ、ほんの少しだけだが寂しそうに見えて。
「心が手に入らなければ意味はないと思わないか、鋼の。」
ロイ将軍の言葉に、エドワードは何も言えなかった。
同じ相手に向けた感情。その人の心を手に入れた自分には、何も言えなかった。
立場は違えど同じ人を愛しく想い、同じ人を愛した。
その表現方法は違っていて、片方は想い人を手に入れる事が出来たけど。
どちらがより彼の人を愛していたのかなど、比べられるものではないだけにわかりはしない。
立ち竦むエドワードにロイは小さく笑いかけた。ほんの少しだけ滲む苦さを隠さないまま。
「幸いと言って良いのか分からんが、君と彼と私の最終目的は重なる。
私は大総統になり、この国を今とは違う方向へ導きたい。そして私が大総統になれば、軍が君達を拘束する事はない。」
「その為にオレ達にあんたの手足になれと?」
「同じ目的を持つならば、途中多少傷つこうが、手を組んだ方がより近道が出来る。」
もういつもと同じ澄まし顔で話すロイに、エドワードが眉を顰めながら尋ねた。
「…あんたどうせ分かってたんだろ。アルが軍に入ればオレが戻ってくる事くらい。」
「もちろんだよ。君がいつまでも嘘に騙されていてくれるとは到底思えないからね。
アルフォンスもそれは覚悟していたようだが…、彼の誤算は君の彼への執着を甘く見ていた事だ。」
チッと舌打ちするエドワードに、ロイは口の端を上げてニヤリと笑う。
「これから君達は軍属ではなく、正式に軍人だ。遠慮無く扱き使うから覚悟するといい。」
その代わり、と彼は言った。
全てが終わった後は完全なる自由を約束しよう、とー。
あんたは心からオレ達の事を心配し、そしてアルフォンスを愛してくれていた。
だからこそ自分の本当の望みは押し殺し、アルを導いてくれたんだ。
確かにあのままでいてもアルは一生悔やみ続けたに違いない。だからといって、オレからアルを軍に巻き込む勇気はない。
悔しいがまだまだこいつには敵わない。年の差分、経験値が違うからなのか。
…仕方ないから感謝してやるよ。口にはぜってーしないけどな。あんただってオレからの礼なんていらないだろう。
だからオレの礼は、あんたを大総統にする事で返してやる。
心の中でだけ決意して、エドワードは部屋を後にした。