兄弟の悲願が成就し、元の体を取り戻して暫く後
その報告の為に二人がセントラルにやってきた
もちろん人体錬成の事など公には出来ないので
半ばでっち上げの報告書を提出しに来たのだ
ロイ将軍の執務室に、二人を知る軍人達が集まり二人の悲願の成就を祝った
軍部の人間達は、弟のアルフォンスに出会ったのがその体を無くした後だったので
初めて見るその姿に一様に驚いた
兄弟はこれ以上ない程幸せそうな満面の笑みを絶えず浮かべていた
だからみんな心から喜んだ。涙もろいフュリー少尉などは臆面もなく号泣していた
悲願達成したからといって、直ちに軍を辞めるという訳にもいかない
色々と手続きやら面倒な事は残っている
とにかく報告を済ませた後は、そういった細々とした事を片づけていかないと
立つ鳥跡を濁さずとも言うし
二人は暫くセントラルに留まる事になった
そうして兄弟は今日も軍部にやってきた
一部の報告はずっと兄の助手という形で仕事を手伝っていた弟にも出来るので
兄は他の手続きを済ませて来ると言って、事務棟の方へと向かう
報告を聞く為に、アルフォンスと二人になったロイ将軍
目の前の綺麗に整えられた書類の束を、手際よく分類しながら説明していく弟の姿を眺めた
以前写真は見た事があったのだが、それもじっくり眺めた訳ではなかった
こうして間近に見るアルフォンスは、金髪金目という特徴は兄と同じだが、その色合いが少し違う
弟の髪は少し暗めの蜂蜜色で、目もそうだった。そして兄よりも柔らかく甘い顔立ち
将来的には大層凛々しくなりそうなほど整っているが
そうやって、やや不躾にアルフォンスを見ていたロイだったが、ある事に気付くとニヤリと顔を崩した
成る程、まああの兄なら当然と言えば当然か
こんな楽しそうなネタを見逃す手はない
ロイ将軍は目の前で作業を進める弟に声を掛ける
はい、と言って顔を上げたアルフォンスの目に、将軍の何だか機嫌の良さそうな顔が映った
「どうやら君達はうまくいっているようだな」
その唐突な内容にアルフォンスはきょとんとした顔になる
「君達って、僕と兄さんの事ですか?」
「もちろん、君と鋼のの事を言ってるんだよ」
「うまくって…。僕達以前からそれなりに仲良くやってきたと思いますが?」
不思議そうに首を傾げながら話すアルフォンスの姿に、微笑が洩れる
まったくこの子は昔から可愛らしい事この上ない
だからこそ、からかいたくもなるというものだ
「兄弟としてではなく、という意味なんだが」
含み笑いをしたまま言えば、一瞬の間を置いて意味を理解したらしい
アルフォンスの顔が見る見る真っ赤になっていった
「きょ、兄弟としてではなくって、あの…!」
「そんなに慌てる事ではないだろう?隠す事もないしね」
平然とそう言えば、アルフォンスは呆気にとられた顔をしている
その顔が訝しげなものになると、少し口を尖らせて小声で問いかけてきた
「どうして分かったんです?」
「どうしてと言われても…。鋼のの君への偏愛ぶりは仲間内では周知の事実だったし。
それと今回はこれかな?」
言葉と同時に、私は目の前の弟の首筋に手を滑らせた
柔らかそうな白い首筋。小さな耳の後ろと髪の生え際の境目
目に付きにくい場所を選んで付けられた、赤い特殊な痕
「一応配慮はしたらしいが…、こんな所に痕を残すとはね」
「・・・・・っ!!」
その意味を正確に把握したらしい弟の顔が、今度こそこれ以上ないほど真っ赤になる
そしてパッと私が示唆した辺りを手で押さえた
体が小刻みに震えているのは、羞恥の為か、怒りの為か
「ああ、心配する事はない。その場所では殆ど誰も気付かないだろうからね」
私はそんな慰めになっているか分からないような言葉をかけた
実際はどうだろう。私が気付いたんだから、他の誰も気付かないという保証はないし
髪で隠れるギリギリのラインだから、分かり難いとは思うのだが
なんだったらテープで隠すか?と言うと、いえ結構ですと疲れたような返事が
そうだな、却って目立ちそうだし、あからさまだものな
「そこでそう嬉しそうな顔をしないで欲しいんですけど」
憮然とした表情のまま、弟は言葉の端に棘を含ませながら言った
「いやなに。鋼のも結構自己主張が激しいものだと思ってね」
見えそうで見えない際どい所に付けられた所有印
それはさり気なくも堂々と「こいつは俺のもの」と主張していた
もしかすると単に自分が気付かなかっただけで、これまでにも付いていたのかもしれない
弟に好意を持った人間が、その白く滑らかな首筋に目がいった途端、気付くだろう赤い花
先手を打ったというべきか
弟はもういつもの平静さを取り戻していた。回復が早いな。ちょっとつまらん
ただその平静さは、恥ずかしさを怒りで押さえたという感じで、何だか背後に異様なオーラが漂っている
その怒りがどこへ向かうかなど、分かり切った事だった
これは…、もしかしたら血の雨が降るかもな
そんな事を考えていると、ドアの向こうから聞き慣れた足音が
それに気付いた弟がスッと立ち上がると、顔だけこちらを向いて話しかけてきた
「将軍。兄さんの報告ですが、少し後になっても宜しいでしょうか」
伺うような台詞だが、声色的にはそれは決定事項のようだった
「構わないよ。どうせ私は今日は帰れないのでね」
ありがとうございます、と弟は感情のこもらないような声で言うと、隙の無い身のこなしでドアへと向かう
そこへ丁度部屋へと辿り着き、いつものようにノックもしないでドアを開けた兄の姿
目の前に立つ弟の姿に、一瞬呆けたような顔になった兄の首根っこをグイと掴むと、弟は有無を言わせず歩き出した
「お、おいアル!?どうしたんだよ?俺まだ報告が残ってるんだぞ!?」
「それは後回しで良いから。ちょっと話があるんだ」
「後回しって…。俺としてはこっちを先に済ませてさっさと宿に帰りたいんだけど」
「こっちの話が先。良いから黙って着いてこい」
その声の冷たさから、やっと弟が何やらとてつもなく怒っているらしい事に気付いた兄はタラリと冷や汗を流しす
こうなった時の弟には逆らってはいけない。それは兄の経験から来る知恵だった
というより怒ると恐いアルフォンスの姿を思い出すと動けなくなるという
ある意味パブロフの犬のような反応だったが
弟に首根っこを掴まれながら、顔を上げた兄の目に入ったのは
すでに遠くなった執務室の入り口に寄り掛かり、にやにやとこちらを見ているロイ将軍の姿
あー!無能てめー何かしやがったのかー!?
叫ぶ兄のダミ声は、長い廊下に余韻を残しながら消えていった
忌々しい残業は、どう頑張ろうと片づきそうも無い
だったら何か面白いイベントくらいはないとな。人間気分転換は必要だ
これで暫く兄を突っつくネタは出来たし
恨むなら、自分の独占欲の強さを恨めよ鋼の
決して気付いた私のせいじゃないぞ
兄弟の消えた廊下に背を向けて、室内にあった冷めた紅茶を一口啜ると
ロイ・マスタング将軍は満足げな息を吐いた