「甲斐性なし」

ぼそりと出たウィンリィの言葉に、エドワードは顔を顰めた












それぞれの幸せーside Eー













「お前な。人の家に来てコーヒー強請って飲みながら言う台詞かよ」

思いっきり不機嫌な顔で、自分の分のコーヒーを片手にテーブルにつくエドワード


「甲斐性なしで悪けりゃ、唐変木。もしくは朴念仁」

「だから何なんだよ、一体!?」

「言葉通りの意味よ」

良い薫りのコーヒーを一口啜る。別にエドワードが煎れたわけではない

出掛ける前にアルフォンスが作り置きしておいた事は知っている

本当に甘やかされちゃってさ



小さく溜め息をつくと、目の前で口の端をピクピクさせている幼馴染みを見てみた

顔つきがキツイので機嫌が悪いと凶悪だ。整った顔立ちが、それを逆に際だたせる

これに怯えないのは、極一部の人間だけだろう


その極一部の人間の一人であるウィンリィは、平然としながら言った


「惚れた相手と一緒に暮らしてて、何も出来ない誰かさんにはピッタリでしょ」

ゴブボォッ!!と奇妙な音がして、エドワードが口にしていたコーヒーを噴いた


「うわっ、あちぃ!」

「やだ、何やってんのよ!」

ウィンリィは立ち上がると、タオルを持ってきてエドワードに渡す



「おお、サンキュ…って、元はと言えばお前のせいだろうが!」

口元と周りを拭いたタオルをテーブルに叩き付けながら怒鳴るエドワード

そんな癇癪を起こした姿にも平然としている。伊達に長い付き合いではない



「そうね。私もそこまで愉快な反応されるとは思わなかったけど」

ある意味予想通りとも言えるのかも



「…気付いてたのか」

「気付かれてる事に気付いてなかったの」

「これでも必死に隠してたつもりだったんでな」

ったくあいつらといい、どうしてこう感の良い連中ばっかりなんだ、俺の周りは
 


何やらブツブツ言っている台詞から考えると、他にもバレてしまった人がいるらしい

きっと軍のあの人達だろう、と大凡の検討はつく



「確かに俺はアルに惚れてるさ。だけどあいつは俺にとって大事な弟だ。 その事だって変わりはない」

誤魔化しは効かないとわかったのだろう。不満げに言う顔は不機嫌そのものだった。

そう言うエドワードの台詞も本心からのものだとわかる。アルを傷つけたくないという気持ちも

でも駄目ね。あんたって自分の事ちっともわかってないわ



「そうやっていつまでも痩せ我慢が続けられると思ってるの?
 あんたが変に我慢強い事は知ってるけどね。その内プツンと切れちゃっても知らないわよ?」

「うるさい。出来ない我慢だろうと何だろうと、そうするしかないんだから仕方ないだろう」

「そんな事言ってて、もしアルに彼女でも出来たらどうするの。あんたちゃんと喜んであげられるの?」

それはエドワードにとっても、危惧していた事だったのだろう。表情が曇る



「わかってると思うけど、アルはモテるわよ。優しい甘い顔立ちしてるし、性格良し。
 物腰は優しく
背は高いし。狙ってる女の子なんて数え切れないわ」

「…何だか妙に強調された単語がなかったか?」



遅い成長期だったが、10代後半にエドワードの背は伸び始めた

だから今の彼は決して背は低くない。同世代の青年と比べても

ただアルフォンスの方が、それよりも高いというだけだ。それをエドワードは少々気にしていた



「気のせいよ。そんな事よりも気にしなくちゃいけない事があるでしょう」

「…そんな事だったら、お前に言われるまでもない。何度も考えたさ」

僅かに苦笑しながら、エドは苦しげに言った



「俺には出来ない。兄貴失格だと言われても、祝福は出来ない。心の中では。
 でもそれを表に出したりはしないさ。それがアルの為だからな」

それはずっと前からの覚悟。この気持ちに気付いてから、そして体を取り戻してからの

アルフォンスの幸せの為なら、何だってしてみせると、そう誓ったのだから



そんな兄の決意の言葉を聞いて、ウィンリィは溜め息をついた

この兄弟は、どうしてこうも似ているんだろう。相手の事ばかり考える所も、自分を押し殺そうとする所も

簡単な事ではない事は解っている。だけど一歩踏み出せば、この二人は誰よりも幸せになれるのだ

だから・・・



「ばーか」

そのウィンリィの言葉に、エドワードは唖然として言った



「お前、心の奥に秘めた決意を語った幼馴染みに言う言葉かよ、それ」

「決死の覚悟だろうと悲壮な覚悟だろうと、馬鹿だから馬鹿って言ったのよ。
 やっぱりあんたは甲斐性なしの唐変木の朴念仁よ」



目の前の幼馴染みを、ウィンリィはキッと睨み付けた



「そんなの無理よ。わかってるんでしょう?あんたはアルがいなくちゃ駄目なの。
 アルが全てなんでしょ?あの子がいなきゃ、息をする事も出来ないくせに」


反論の言葉は無かった。だから一気に畳みかけるように言葉をぶつける。それが辛くきつい言葉でも



「それを知っていたから、あの時、アルの魂を錬成したんでしょ?」



それは正しくエドワードにとって図星以外の何物でもなかった

失えなかった。家族だからとか兄弟だからとか、そんな事ではなく

自分のせいでという気持ちもあったが、それ以上に

ただ失う事に自分は耐えられないのだと、本能的に知っていたのだ

たったひとつの、この世で一番愛しい魂をー



「アルに嫌われたらとか考えてるのかも知れないけど、そんな訳ないでしょう。
 どんな事があったって、アルはあんたを軽蔑したりしない。そんな事で壊れるような絆じゃないはずよ」


真剣な表情で真っ直ぐに自分を見て話すウィンリィを、エドワードは言葉も無く見ていた



「アルに全てを打ち明けてみなさいよ。そうしなきゃ、何も始まらないわ。
 例え受け入れてもらえなくても、アルはあんたの苦しみを無視したりしない。
 アルにとってあんたは、誰よりも大切な存在なんだから」

「ウィンリィ・・・」


じっとウィンリィを見詰めていたエドワードだったが、ふと表情を和らげると微かに笑った



「こんな事でお前に説教されるなんてな」

「あんたがあんまり馬鹿なんだもの」

「確かに」

今度こそエドワードは声に出して笑い声を立てた




「失えないって骨身に染みて解っていたはずなのに、それを我慢出来ると思ってたなんて俺も馬鹿だったよ。
 アルが生きていて幸せならそれで充分だと思ってた。だから俺は耐えられると思ってた。
 でもそんなの欺瞞だ。自分を誤魔化してるだけだ。きっといつか爆発する日が来る」

その顔はいつものエドワードの顔だった



「後になって全てが解ってから苦しむのはアルだ。気付けなかった事を悔やんで、きっと自分を責めるだろう。
 そんな思いをさせる訳にはいかない。そうなる前に、俺があいつの全てを手に入れる」



随分と晴れ晴れとした表情のエドワードを見て、少々呆れつつも安堵した

悩んでいた割には切り替えが早い気もするけど。こんな顔の方がこいつらしい



「少々唯我独尊的な台詞だけど、そこまで決意してくれたのなら良いわ。何としてでもアルを捕まえなさいよね」

ふぅと小さな溜め息をついて、苦笑しながらエールを送る








これで良い。どちらが先になるかは解らないけど、きっと二人は動き出す

その手を離さなくてすむように、そんな事を考えなくてすむように

お互いの手を掴む為の一歩を歩き出した



余計なお世話だってわかってた。それでも見たかったのだ、二人の幸せな姿を







だから私は

小さな声でちょっと照れながら、「今の言葉はスパナよりも効いたぜ」と言ったエドワードの頭を

ペシリと叩いて笑ってみせた










感謝なんてしなくて良いの。だから幸せになって

それだけで充分なんだから




もっと見せてよ、今よりももっともっと幸せな姿を

幸せになってよ、私の大好きな大切な貴方達










そんな二人を見られるのは、きっともうすぐそこの事























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