照りつける夏の太陽

息も凍り付きそうな冬の空気


人としての感覚を取り戻し、季節を感じられる事が嬉しいのに

同時に寂しさを感じるのは


当たり前の様に自然の恩恵を受けるべき人間ではないと、どこかで感じているせいだろう







存在の理由










自然は常に平等で、雨も風も太陽の日差しも、誰の上にも降り注ぐ

季節の移ろいをその身で感じない生物などいない

時の流れも平等に。その流れに逆らえる者などいない

人も動物も物言わぬ植物も。少しずつ時を重ね、そして老いていく



だけどあの時の僕は確かに、そういった摂理から外れた存在だった

暑さも寒さも感じない、時と共に老いる体のない、異形の存在だった



窓の外。静かに降る雪を見る

寒々と生き物の気配のしない小さな庭に、落ちては地面に吸い込まれてゆく



今の僕は雪の降る朝の刺すような空気の冷たさも、身を包む毛布の暖かさも分かる

だからといって、僕の存在が異質では無くなった訳ではないのだ



兄と共に取り戻したこの体

一度真理に融けて分解された肉体

その事だけでもう、人とは言えないだろう



更にそれを再構築して魂を定着させるなんて

そうやって生きてるだなんて、それで生きてるだなんて

そんな存在を異形ではないと、誰が言い切れるだろうか



息をして脈打つ心臓を持つ、この体は確かに人間だけれど。それは間違いないのだけれど

それでも自然の摂理から外れた存在である事も間違いないのだ



窓の外には今年初めての雪

積もる事の無い雪が地面に溶けていくのを、僕はただじっとみつめていた
















目を覚ますと、いつも隣に感じる温かな体温がない

その事に妙な胸騒ぎがして、慌てて俺は身を起こして辺りを見回した



探した弟は窓辺にいた。毛布にくるまって外をただ見ている

いつも毅然としている弟とは違う、どこか儚げな姿だった



「兄さん、起きたの?」

自分をみつめる視線に気付いたのか、こちらを振り返って声をかけるアルフォンス

耳に優しい柔らかな声は相変わらずで



だけど振り返ったその顔が、冬の朝の弱々しい日差しの中に融けてしまいそうで

その輪郭が崩れていくような錯覚を覚えて

俺は思わずベッドから飛び起き、窓辺へと駆け寄った



震えそうになりながらそっと触れた頬は、ドキッとするくらいいつもよりも冷たくて

思わずコクリと唾を飲み込む。その時


「…兄さん」

小さく俺を呼ぶ声に導かれて、アルフォンスの体を腕の中に閉じこめた



こうしてアルフォンスは傍にいるのに。首筋にかかる吐息も脈打つ鼓動も感じられるのに

時々どうしようもなく不安になる



木々に囲まれている時、照りつける太陽にその身を晒している時、穏やかな風に吹かれている時

アルフォンスの瞳が寂しそうに揺れる。少しだけ表情が陰る

何を思っているのか、漠然と分かる気がした



そんな時のアルフォンスは、そのままいなくなってしまいそうで。大地に融け込んでしまいそうで

焦燥感だけがつのっていく



綺麗なアル、優しいアル

強くて、だけど弱くて脆いアルフォンス

こんな存在、誰だって欲しくなるに決まっている

そう、例えば神だって



一度は神と呼ばれる存在とひとつになったアルフォンス

そこからやっと取り戻したんだ。もう二度と奪われたりはしない。そんな事許さない



だからアル、自分の存在を否定するな

お前はいる。ここにいる。その体は確かにお前の物なんだから








「そんな薄着じゃ体が冷えるよ」

アルフォンスはそう言って、自分がくるまっていた毛布に兄を入れた



「暖かいな」

「兄さんが冷えてるんだよ。見て」

促されて外を見ると、ふわりと舞うように雪が降っている



「今年は早かったね」

窓の外を目を細め、眩しそうに見詰める

その表情が、またあの寂しそうなものだったから

こめかみにそっと口付けて、問いかけてみた



「雪を見ながら、何を考えていた…?」

「…何も」

アルフォンスの視線は変わらず窓の外を見ている



「アルは嘘が上手いけど下手だよな」

矛盾した兄の言葉に、兄が自分の考えを察している事を確信する

隠しておけるなんて思っていなかったけど



「ごめんね」

口に出たのは謝罪の言葉だった。ごめんね、こんな事考えて



「謝るな」

いつもと同じ口調だった。普段通りの声だった

決して荒げたりはしない、いつもと同じような



「アルが謝らなきゃいけない事なんて何もないだろう?

 俺達は失ったアルの体を取り戻した、ただそれだけだ。」

「兄さん…」

「俺達のやった事は確かに間違っていたかも知れない。

 だけど本当に許されない事なら、きっと取り戻す事は出来なかったはずだ。

 それがイレギュラーな事だったとしても、それでも構わないだろう。

 今目の前にこうしてアルがいる。抱き締める事ができる。

 それ以上に大切な事なんてないよ」


慰めようとしている訳ではない、それが本心からの兄の台詞

相変わらず真っ直ぐで、迷った僕の心を眩しく照らし出す


「俺達は赦されてるんだよ。世界に」


許されてる。僕達は、僕の存在は


たとえ異質な存在だとしても、存在する事を赦されているなら

僕もまた世界を構成する一部として認められているなら

ー貴方の傍にいる事を赦されているのなら





「そうだね、兄さん」

そうだ、それだけで良い。他に何を望む事もない

こうして温もりを感じられる。それだけで良い。それが全てだ



そっと目を閉じる。静かに涙が零れていく

拭う事もせずに、溢れるままに涙を流す

何かが浄化されていく。嵐の去った後の海のような感覚


今、僕の心の中はこんなにも穏やかだ



貴方の言葉が、貴方の存在が、いつだって僕を許し救ってくれる








窓の外では音も立てずに雪が降り続ける


お互いの体温を愛しく思いながら、ただそっと寄り添って

凍りそうな窓ガラス越しにそれを眺めていた





















Back