その時アルフォンスは怒っていた。物凄く、普段の彼からは想像出来ないほどに。

原因は彼の兄。たった一人の家族で恋人でもあるエドワードだった。



今日はエドワードの仕事が休みだったので、久しぶりに二人で買い物に出掛けた。

天気も良く、絶好の買い物日和に大好きな人とショッピング。アルフォンスは上機嫌だった。

あらかた必要な物は買い揃え、夕食の食材を吟味して。

アルフォンスは、今日は兄の好きな物をたくさん作ってあげよう、なんて考えていたのだ。

そんな気分はすっ飛んでしまったけれど。








仕方のない人


















「どうしよう、帰ってこない。」

すでに日はとっぷりと暮れてしまった。

兄さんだって子供じゃないんだから、多少遅くなったって心配する事はないんだろうけど。

でも夕方の事があったので、後ろめたい気分半分、気になってしまう。



あれは兄さんが悪い。あんな人の多い所でいきなりキスしてくるなんて。

ボクがそういうの苦手だって知ってるくせにさ。

それでいつもお決まりの台詞。「だってアルにキスしたくなったんだ。」



別にボクだって、兄さんにキスされるのが嫌って訳じゃなくて。

むしろ…、え〜とまあそれはいいや。

とにかく人目のある所では嫌ってだけなのに。家とかでは拒んだ事ないんだし。

どうしてそれだけの事を聞いてくれないかな。



道端でいきなりキスされて、ボクも咄嗟の事で容赦できなくて。思いっきりボディーブローをかましてしまった。

低い呻き声を上げながらその場に座り込んだ兄を見下ろしながら。(きっと真っ赤だったはず)

「兄さんの馬鹿!もう兄さんなんて知らない!」と怒鳴って一人帰ってきてしまったのだ。



やっぱりどう考えても兄さんが悪い。でも…、ちょっとだけやりすぎだったかな…。

こんな時間になっても帰って来ないなんて。ボクが一人でさっさと帰ったから、兄さん帰りづらくなったのかな。

それともまさか、あの時怪我でもしてたとか。



自分の考えた事にサッと血の気が引いた。多少の事では大丈夫だと思うのだけど、あの兄さんだし。

でも万が一にも具合が悪くなってたりしたらどうしよう。

普段どんなに不死身だろうとケダモノだろうと、一応兄だって生身の人間だ。

ボクもあの時は手加減なしだったし、ありえない事でもない。

考えれば考える程それ以外考えられなくなってしまって。ボクは居ても立ってもいられずに家を飛び出した。

















どこを探そう。昼間の市場の周辺か。それとも…、病院とか。

嫌な考えを振り払って、取りあえず日も暮れて人気の無い市場を走り回る。

家から市場までの道のりを帰ってきたのとは逆に回り、念のため周辺のカフェや飲み屋も覗いてみる。

もし兄さんが家に帰らないつもりだったら、ホテルを利用してたりするのかな。

だとするとこの辺はセントラルの更に中心部。大小合わせて宿泊施設は多い。探し出すのは至難の業だ。

それだったらまず軍の宿泊施設から当たってみても良いな。兄さんは豪華なホテルは好きじゃないから、その手のは除外して…。

そんな事を考えながら、ボクは少々息を切らしつつ走った。こんなに走ったのって体を取り戻して初めてじゃないだろうか。

体は汗だくで、肺は正常な呼吸を求めていたけど。ボクは足を弛める気はまったくなかった。











目星をつけたホテルを探す事にして、ボクは市場と街とを区切るように横たわる川へと向かった。

石造りの重厚な橋を渡ろうとして、一度だけ市場を振り返る。見落とした店はなかっただろうか。

そんなボクの視界の端に何かが掠った。僅かに届く街灯の明かりに浮かび上がる仄かな金色。

考えるより先に本能が体を止める。

息が切れて苦しいのを、目を閉じて何とかやり過ごした。そのままそっと近づいてみる。



探しに探した兄は、土手に座り込んでボーっと前を見ていた。

近づくボクの気配にすら気付く様子のないその姿に、ちょっと不安になる。



「兄さん。」

「え、あれ、アル?」

声を掛けると兄は弾かれたように振り返り、心底ビックリしたようにボクを呼んだ。

それからキョロキョロと周囲を見渡す。



「…なんでこんな暗くなってるんだ?」

兄のすっとぼけた台詞にガクリとなる。人が心配して探してたってのに、なんなのそれ。



「兄さん、もう11時だよ。暗くなるのも当然でしょ。」

「11時!?嘘だろ、だってアルと別れたのって。」

「夕方の4時頃だったね。つまり7時間もこんな所にいたわけだ。」

呆れたように言うボクを見て、兄さんはバツが悪そうに頭をかきながら苦笑いしている。



「アルの嫌がる事しちゃったからさ、反省しようと思ったんだけど。いつの間にかこんな時間になってたんだな。」

「こんな所にまでその並外れた集中力発揮しなくて良いから。反省してくれたのは良いけど時間を無視しすぎだよ。」

心配して損した。あんなに必死に探しちゃってさ。

複雑な気分になるボクを見ながら、兄が不思議そうな顔になる。



「ところでアルは何でここにいるんだ。家に帰ったんじゃなかったのか。」

…この人いまさら何を言ってるんだろう。本気で言ってるのが分かるのが痛い。

胡乱な目で兄を睨むと、一瞬の間を置いて状況を理解したらしい兄が途端に慌てた。



「もしかして迎えに来てくれたとか?許してくれるのか?」

嬉しそうに顔を輝かせる兄を見て、大きな溜息をつく。



「迎えにというより探しに、だけどね。暗くなっても帰ってこないし。」

そう言うと兄は更に慌てて、「心配かけちゃったな、ごめん。」と謝ってくれた。





こういう素直な所、実は好きなんだ。兄さんが素直な所を見せるのって、限られた人間だけだから。

焦った気持ちや焦燥や、それより前の怒りとか。そういうのが溶けていくのを感じる。



それに兄さん7時間も反省してたって事になるよね。

それって凄く馬鹿、と思うけど。でもそんな馬鹿な所も可愛いかもって思っちゃうボクも大概兄馬鹿だ。



無事に見つかって良かった。それで今日はお終いにしよう。





「兄さんも反省してくれたようだし、もう良いよ。でももう人前でキスとかはしないでね。」

ボクの台詞に兄はウッと詰まり、「善処します…。」と情けない声で言った。



兄の気持ちも少しは分かるんだ。兄さんは好きだとかそういう気持ちを、単に表現しているだけ。

キスしたい時には考える間もなく体が動いている。だから気をつけるっていっても難しいのだろう。

分かるけど努力はしてもらわないと。許して調子に乗られると人前でえらい事になる。



大体ボクだってキスしたいなって思っても人前では我慢してるんだから。兄さんだって出来るはず。

そう思っている事は黙っていよう。







未だ申し訳なさそうな顔をしている兄の背を押して、帰ろうかと言うと兄が嬉しそうに笑った。

その笑顔に気持ちが柔らかくなっていくのを感じながら、帰ったら兄にたくさんご飯を食べさせようと考えるボクだった。
























サイト1周年企画其の拾参。リクエストはリカさん。

リク内容は

・アルがエドを無視する。それによってエドは不安定になっていなくなる。
・エドがいなくなった事に気付いたアルが探しまくる
・人気のない所でエドを見つける。無視された事でエドはかなりのショックを受けていた。
・「嫌われたと思って死のうと思った」というエドにアルは泣きながら謝る。
・これをきっかけに兄弟の絆は今よりもっと深まる。(一部略)

でした。

…リク通りになっていません。エド不安定になってないし、そもそもアル無視してない。怒っただけ。
どうにもシリアスというより軽いノリになったのが敗因でしょうか。
お待たせした上にこんな感じで申し訳ありませんが、リカさんどうぞお受け取り下さいませ〜;;


Back