小春日和というのが相応しい温かい休日
その日、俺とアルの部下が結婚式を挙げた
人の美醜にとんと疎い(というよりアル以外可愛く見えない)俺でさえ
白いウェディングドレスを着て、頬を染めて微笑む花嫁は輝いて綺麗に見えたし
いつもはちょっと頼りない部下が、何だか頼もしく見えて
幸福そうな二人の姿は見ていて喜ばしいものだったけど
そんな当たり前の幸福を、アルから奪った自分に気付いた
幸せの定義
何だか最近、兄さんの様子が変だ
最近というより、ある日の翌日からというか
僕達の直属の部下の結婚式からだ
今だってソファにゴロリと寝転がって、ポカンと空を見詰めている
何を考えてるのか、何となく解る気がする
幸せそうな結婚式を見て、考え込んだり落ち込んだりなんて
僕達の境遇から考えると、思い当たるのはひとつだけだ
僕はソファに横たわる兄の横に立ち、思い切り頬を両手で挟み込んだ
「あ、面白い顔」
「…なにをなさるんですか、アルフォンスさん」
唐突な僕の行動に、驚いた兄の目が僕を見上げる
うん、そういう目の方がいいな。さっきの生気のない表情よりも
ずっとずっといいよ、兄さん
「この所ずっと考え込んでるでしょ兄さん。そろそろ僕に打ち明けてみない?」
にっこり微笑みながら言うと、兄はウッと詰まって視線だけ逸らした
無駄な抵抗だよ。兄さんの顔は僕が捕まえてるんだから
逸らした視線の分、兄さんの顔をずらしてこちらを向かせる
兄は困ったような顔をしていた
「…何も考えてない」
「うそばっかり。兄さんその台詞、僕に誓って言える?」
兄の口がへの字に曲がる。認める気になったかな
「兄さんが考え込みだしたのって、この間の結婚式からだよね?
それで何を考えたの。あの二人と僕達の違い?」
僕の台詞に兄は驚きの為か目を見開いた
「気付いてたのか、アルフォンス」
「気付くよ、兄さんの事だもの」
ゆっくりと兄が体を起こす。ソファに座り直した兄の横に僕も腰掛けた
結婚式、と小さく兄が呟く
「俺、堅苦しいの嫌いだけどさ。何か良かったな」
「そうだね。二人とも本当に幸せそうで素敵だったね」
「…アルは前よく彼女が欲しいとか、綺麗なお嫁さんをもらうとか言ってたよな」
「ウィンリィには振られちゃったけどね」
僕のその台詞に兄はちょっとだけ笑って、でもすぐに苦笑いの表情になった
「結婚とかそんなの、俺ぜんぜん考えてなかった。アルといられるだけで充分だったから。
俺とは結婚出来ないのに、俺はアルから当たり前の幸せを奪っちまった」
「…やっぱり、そんな事考えてたんだ」
もう本当に、うちの兄さんったらどうしてこうなんだろうね
僕の事になると、悩まなくていい事でまで神経使いすぎだよ
大事に大事にしすぎて、でもその前に自分が壊れちゃうよ
「今更だよ」
僕はキッパリと言った。この兄には言葉にしてハッキリ伝えた方がいいんだ
言わないでいるとあらぬ誤解が生じる。それは過去にも経験済みだった
「当たり前の幸せって何?結婚して家族を作る事?それが幸せって?
そんなの誰が決めたのさ。それじゃあ、今僕達は幸せじゃないの?」
「そんな事ない!少なくとも俺は今幸せだ!!」
「僕もだよ。ねえ兄さん、幸せの形に定義はないんだよ?人それぞれで良いんだ。
結婚なんて形式だよ。婚姻届を出さなくてもずっと一緒にいれば同じ事でしょ。
家族は作らなくたって、僕にはもう兄さんがいる。
血の繋がりがあるから結婚は出来ないけど、だからこそ誰よりも近くて深い絆で結ばれてるって、僕は信じてる」
「アル…」
「兄さんがいてくれるなら、僕はそれだけで充分幸せなんだよ」
僕の言葉に兄は一瞬だけ泣きそうな顔をして
次の瞬間、強く抱き締められていた
「…ありがとう、アルフォンス」
肩口に触れた兄さんの唇が、少しだけ震えている気がした。背中に廻された力強くて優しい腕も
そっと兄の背に腕を廻すと、兄のシャツに縋り付く指に力がこもる
何だかとても切なくなった
こんな兄さんを可愛いとか抱き締めたいって思うのは
僕が兄さんを好きだからなのか、それとも今の僕が女だからなのか、どっちなんだろうって思う
それともどっちもなのかな
こうして僕は少しずつ、身も心も女性になっていくのだろうか
女として兄さんを受け入れたあの時から、僕は変わっていっている気がする
でもそれを恐いとか嫌だとは思わない。それはとても自然な流れのような気がするから
どうせなら兄さんを包み込めるような、包容力のある女性になりたいな。そんな風に僕でもなれるかな
妹として、恋人としてだけではなく。時には姉のように、時には母さんのように
貴方を優しく包み込める存在でありたい
高ぶっていた感覚がようやっと治まって
兄さんと二人ソファで肩を寄せ合ってくつろぎながら、ふと思った事を口にしてみた
「でも兄さんってやっぱり変だよね」
「アル、変ってなんだよ変って。しかもやっぱりって何だ」
「だってさ、兄妹でっていう禁忌は平気なくせに、結婚とかでは悩むなんて変だよ」
「だけど禁忌である事で悩むとしたらアルが嫌がった場合だけであって、そうじゃないなら悩む事ないだろ?
でも結婚は相手が俺であるせいで出来ない訳だから、そりゃ悩むの当然だと思うぞ」
「…その理屈は解らないでもないけど、何か違う気がする」
微妙に納得出来なくて唸ってしまう。すると兄が堂々と
「仕方ないだろ。アルの事で悩むのも愛するが故、だ」
なんて真顔で言うので
思わずプッと吹き出してしまった僕を、兄さんが眉を上げて睨んでたけど
その後耐えきれなくなったように、兄さんも笑い出してしまった
こんな風にずっといられたらいいね。ずっと一緒にいようね
形なんてどうでもいいんだ。誓うなら神様じゃなくてお互いに誓おう
どんな時も二人、絶対に離れない事を