誓言















「ここは…、どこだ。」

気付くとエドワードは見たこともない場所にいた。

いや、そもそも場所とかそういう問題ではないようだ。



何も無い空間。上も下も見事に真っ白だ。

自分が立っているのか浮いているのかすら判らない。



「俺、夢でも見てるのか。」

でも夢にしては妙にリアルだ。自分の存在感をしっかりと感じる。

なのに周りには生き物の気配ひとつしない。



「何も無い所でボーっとしてるのもな。夢ならさっさと覚めたい所だけど。」

頭をガリガリと掻きながらぼやく。こんな退屈な夢を見る暇があったら本の一冊でも読みたい。

もっとこの世界の知識を身につけて、そこから元の世界に戻る為の手段を探さないといけないのだから。

そこまで考えてエドワードは溜息をついた。





この世界に来てもうすぐ1年が経とうとしている。

幸いと言うには癪だが、くそ親父という協力者もいたおかげでこの世界を勉強する術はいくらでもあった。

それでも足りない。望む道は見えてこない。

元の世界に、…アルフォンスのいる世界に戻る為の方法が、どうしても見付からない。

他人から見れば、まだたったの1年だと言うのかも知れない。

でも俺にしてみれば、もう1年も経ってしまったのかという思いだった。



焦っても仕方ないのは分かっている。

それでも苛立ち始める心を治める術は無い。



会いたかった、ただ一目アルフォンスに会えればそれだけで良かった。

俺はお前をちゃんと錬成出来たのか。お前は還る事が出来たのか。

お前、今どうしてるんだ…?





あの時、俺は死を覚悟していた。自分の命と引き換えにアルフォンスを戻したつもりだった。

それなのに気付くとこの世界に飛ばされていた。

信じているけど。錬成は成功し、アルフォンスは元に戻ったと信じているけど。

こうして生きてこの世界に飛ばされるくらいなら、アルフォンスのいない世界に来るくらいなら。

あの時死んでいた方がマシだったのに。



「ははっ!…俺も随分気弱になってるな。」

自分の思考に苦笑する。死んだ方がマシだなんて、アルが聞いたらきっと怒るだろう。

それでもそれも本音ではある。



帰る為の手段も見付からない中、アルフォンスのいない世界で生き続ける苦痛。

それは永久に出口の見えない迷路に迷い込んでしまったようなものだった。

歩いても探しても、ゴールは見付からなくて。壁にばかりぶち当たる。

肉体が滅びるのが先か、精神が狂うのが先か。そこに希望はまったくない。

あるのは絶望と言う名の虚無だった。



あんなに苦しい旅を続けられたのは、隣にアルフォンスがいたからだ。

必ず弟の体を取り戻すと、何の迷いも無く進めたのは、愛しい魂が傍にいてくれたから。

今この世界にアルはいない。

それでも前だけを見てがむしゃらに突き進めるほど俺は強くはない。



「アル…。」

限界が近いと感じていた。ただアルフォンスに会いたくて仕方なくて、喉が裂けそうな程に名を呼んだ。


「アルフォンス…!!」


「兄さん!!」



その時背後から聞こえた声に、エドワードは慌てて振り向いた。

聞き間違うはずがない、どれ程時が経っても忘れるはずのない愛しい声。

相変わらず何も無い真っ白な空間の中、突然光が差し込むかの様に浮かび上がった姿。



「アル…フォンス…?」

「兄さん!やっと会えた…!!」

一心不乱に駆け寄り、エドワードの胸に飛び込むアルフォンス。

その体を少々よろけながらも抱き留めて、その姿をじっと見る。

あの時失った10歳当時のアルよりは少し成長しているようだけど。

それは紛れも無く、あれ程会いたくて焦がれていた弟に間違いなかった。



震えながら、未だ抱き付いて離れないアルフォンスの背に腕を回す。

触れた途端、幻の様に消えてしまいそうで恐かったけど。

それでもその存在を確かめたくて、そっと抱き締めた。



「アル、アルフォンス。会いたかった…!」

「僕もだよ兄さん。きっと会えるって信じてた…!」

アルフォンスの言葉に、滲んでいた涙が溢れ出すのを感じる。

そうして二人して、暫く抱き合ったまま。

堪える必要の無い嬉し涙を流し続けた。













「じゃあ、兄さんは僕を錬成してくれた後、別世界で暮らしていたんだね。」

「ああ、今はミュンヘンって街で暮らしてる。アルはリゼンブールにいたのか?」

俺の言葉にアルは首を静かに振った。



「最初はリゼンブールに戻って暮らしてたんだ。それでウィンリィやピナコばっちゃん達に色々聞いた。

 ボクは母さんの錬成で体を失った時からの記憶が無くなってるって言ったでしょ?

 そこからの話、兄さんが国家錬金術師になって二人で旅をしていた事とか。4年間の事。

 それから、…ボクが兄さんを錬成して消えた後、今度は兄さんがボクを錬成した事は、ボクを見つけてくれた

 ロゼに聞いた。だからみんな、兄さんは死んだんだって半分諦めてる。口には出さないけど。」

「まあ、普通はそう思うだろうな。跡形も無く消えちまったわけだし。」

「…でもボクはそうは思えなかったんだ。どこかで兄さんはきっと生きてるって、何故か分からないけど確信してた。

 錬金術を続けていれば、兄さんに繋がる道が見えてくるような気がして。

 だからね、ちょっと前から師匠の所にいるんだよ。再修業させてもらってるんだ。」

「師匠の所!?お前、勇気あるな〜!!」

「形振りなんて構ってられないし、師匠はボクの気持ち分かってくれてるから。」

「アル…。」

アルフォンスの言葉が嬉しかった。形振り構わず俺に会いたいと思っていてくれた弟。



「俺も、アルのいる世界に戻りたくて、ずっと研究してたんだ。どうしてももう一度会いたかったから。」

言いながら隣に座っていたアルの頭を引き寄せた。するとアルフォンスは安心したように力を抜いて俺の肩に頭を預ける。

俺は何も言わず、アルフォンスの髪を撫で続けた。

少し前までの、あの狂わんばかりの葛藤が嘘のようだ。今はもう、こんなに穏やかな気持ちになっている。

隣にいるこの存在が自分にとって全てなんだと、今更ながらに実感していた。





「でも、ここって何なんだろうね。」

暫くして、アルフォンスがぽつりと言った。

「そうなんだよな、最初は夢かと思ったけど、そうじゃないようだし。」

「…もしかしたら夢なのかも知れないけど、でもただの夢じゃないよね。空気と言うか何かが違うもの。」

「単なる夢だったら俺泣くぞ。せっかくアルと会えたのに夢オチで終わりなんて。」

「それはボクだって同意見です。」

「うーん、でもな。何かこの感じ、前にもどっかで…。」

そこまで考えて思わずあっと声を上げた。そうだ、この空間はあの時の。



「思い出した。扉だ。」

「え、なに扉って?」

「あ、そうか。お前アレを見た事も覚えてないわけか。」

不思議そうに聞いてくる弟に説明する。



「人体錬成をすると真理を見る事になる。その時現れる扉があるんだよ。俺はそれを通って別世界に飛ばされたんだ。

 その扉が現れる空間と、今のこの場所がとてもよく似てるんだ。雰囲気とか空気が。」

省略しすぎの簡潔な説明だったけど、アルは大体の事は理解したらしい。さすが俺の弟。



「ええっと、つまり扉ってのが異世界を繋いでるって事で。だとすると今ボクらがいるのも、その一種なのかな?」

「多分な。扉はないし、人体錬成はしてないから危険な場所ではないと思う。」

「でも、そうだとすると…。」

そこで言葉を切り、急に黙り込んでしまったアルフォンス。



「アル、どうした?」

「うん…。考えたくないけど、今のボクらが異次元みたいな空間にいるんだとしたら、この体は実体じゃないって事になるよね?」

だってボク普通にダブリスで眠ってたはずだもの、と言われてエドワードも頷く。

「俺も最後の記憶はいつもの部屋で横になったとこだな。ここにいる俺達は魂か意識体だけって事か。」

そう考えても何だか変な感じだ。だってアルに触れる事も、体温をちゃんと感じる事も出来るのに。



「単なる夢では無いのは分かるよ。だからこうして兄さんに会えたのは夢じゃなくて現実で、それは凄く嬉しい。

 だけど眠っている間異世界を繋ぐ空間で偶然会えただけなら、現実世界で目が覚めたら終わりだよね。」

目に見えて落ち込み始めた弟の台詞にハッとした。そうか、会えた事で浮かれていて、そこまで考えてなかったけど…。

「これじゃ、兄さんを元の世界に戻せない。それどころか、いつまでこうしていられるかも分からないなんて…。」

悔しそうに、悲しそうに俯いたアルフォンス。その目に見る見る涙が溜まっていく。

「また離れるくらいなら、ずっとここにいられたら良いのに。目なんて覚めないで兄さんと一緒にいたいよ。」

溜まっていた涙が一筋流れていく。俺はそんな弟を抱き締めた。

その気持ちは俺だって同じだ。残された体がどうなろうとも、ここでアルといられるならその方が良い。

だけど今は悲しむアルフォンスを、何とかして元気付けたかった。



「アル、俺だってお前とずっと一緒にいたいよ。でもな、異世界にいるお前にこうして会えたのだって凄い事だ。

 お互いが望みを捨てない限り、道は続いてる。大丈夫だ、例え離れても、俺達はきっとまた会える。」

俺の言葉にアルフォンスが顔を上げる。



「俺は絶対に諦めない。必ずお前のいる世界に、お前の所に帰るから。」

「ボクも諦めないよ。もっと錬金術を勉強して、兄さんを取り戻してみせる。」

涙を拭いながら懸命に微笑むアルフォンスに、愛しさが募った。

もう一度その体を強く抱き締めると、アルフォンスもギュッと抱き返してくれる。

その縋るような指先が切なくて、このまま離したくないと心から思う。その時だった。

少しずつアルフォンスの輪郭が薄れていったのは。



「アルフォンス!?」

「あ…、兄さん…!?」

ぼやけていくアルフォンスの姿。目の端に映った自分の腕も透明に透けていた。

実体が目覚めるのか、二人ともこの世界から弾き出されようとしている。



「アル!待ってろよ、必ずだからな!絶対にまた会えるから!!」

「兄さん…!」



そこで世界が白く爆発した。






















窓から差し込む日差しで目が覚める。



「あー、何かスッキリしてんな…。」

壁にかかった時計を見ると、横になってから4時間くらいしか経っていない。

その割には随分と眠った気がしていた。

ゆっくりと起き上がると、ぽたりと滴が布団に落ちる。

「何で…俺、泣いてるんだ…?」

零れ落ちる涙と、すでに乾いた涙の跡で顔はぐちゃぐちゃだった。



悲しい夢でも見たのだろうか。いや違う。それならこんなに穏やかな気持ちになるはずがない。

眠る前まであった焦燥が嘘のように消え、満たされているのが分かる。



「訳分かんねーけど、悪い気分じゃないしな。」

今ならどんな事も出来そうな気がする。こんな良い気分で目覚めたのは久々だった。



元の世界に戻る事を諦めるつもりは無かった。

でも心のどこかで、無理なんじゃないだろうか、もうこの世界で暮らすしかないんじゃないかという気持ちがあったのは確かだ。

気持ちは焦るばかりなのに、時間はどんどん過ぎていって。苦しくて仕方なかったけど。

今はそんな気持ちがまったく無くなっている。



大丈夫だ。俺はまだ頑張れる。

絶対に元の世界に、アルフォンスの所に帰るんだ。





晴れ渡った空を見上げ、エドワードは新たに誓った。



いつか必ず会える弟の姿を思い浮かべながらー。 























サイト1周年企画その伍。リクエストはみどりさん。

リク内容は

兄エド×持っていかれたときのままの弟アル(10歳の肉体と記憶)でほのぼの

でした。

最初に謝っておきます、申し訳ありません〜!リクから外れてしまってます;
アルは11歳だし、ほのぼのじゃないし!
しかもラスト、折角会えたってのに二人にはその記憶がありません…。
ただ、覚えて無くても二人の中に希望は残った、前に進む為の力をお互いに分け合った、
という感じにしたくって。。。どっちにしろリクからは外れてますね〜(汗)

せっかくリクエストして下さったのにすみません!こんなんで宜しければお受け取り下さい!!(返品可)


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